デビュー作『化け者心中』で文学賞三冠達成!
最注目の気鋭が描く、いびつな夫婦の恋物語。
デビュー作『化け者心中』で小説野性時代新人賞、日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞を受賞。いま最も注目を集める歴史時代作家小説家・蝉谷めぐ実の第2作『おんなの女房』は1月28日に発売されました。
歌舞伎を知らぬ女房と、女より美しい“女形”の夫。やがて惹かれ合う夫婦を描くエモーショナルな時代小説を、まずは試し読みからお楽しみください。
『おんなの女房』試し読み#18
鼠木戸をくぐったその先は、まるで世界が違っていた。廊下を進むたび色々とすれ違うのだが、その匂いと色と音はどれも志乃が初めて感じるものばかりだ。
廊下を走る大道具方が両手で抱える馬の頭は、これまで何人もの大部屋役者たちが頭を突っ込んできたのか、近づく前から顔中に
小屋の中身に戸惑っている間に、足はもう三階の
「おいおい、また来ちまったのかい」
男はため息を吐きながら、「しかも芝居の稽古中によお」その長い指で鬢を搔く。
「女は芝居小屋に入っちゃならねえ。何度言ったらわかってくれんだよ」
なあ、お
「それが小屋の
乗り込み女はふんと鼻息を荒くする。
「あんたは芝居の
お富とよばれた女のこんな言い草に男はゆっくりと足を進める。差し向かう二人の背中と腹には同じ紅唐色の蟹が
「知ったこっちゃないって、お前は俺っちの、大芝居の役者の女房だろうが。ちいとはそれに
言いながら、己の帯をきゅっと
「そんでもって、お前の旦那、
志乃は一人得心した。
名題ってのは、一等位が上の役者でしてね、給金だって千両を取るお人だっていらっしゃる。そこにいるだけで、ぱあっと目を引くもんでさあ、とはこのことか。名題ともなれば、
「贔屓に芝居茶屋に呼ばれて、奥方の手を握りしめることなんてざらにあらぁ」
「その手を尻に回す必要がどこにあるってんだい」
「おいおい、その話は
「打ってやったのさ。なのに、二ト月もしねえうちに別の女の手を、泥が爪の間に入り込むまで揉み込んでやがる!」
「だから、泥の女はお前の勘違いだと、今朝方もそう言ったじゃねえか」
「
お富はそう言い捨てて、後ろで縮こまっていた志乃の肩に勢いよく手を回した。そのままぐいと背中を押され、志乃は寿太郎と呼ばれた男の前に引き立てられる。
「お前の密通女をこうして連れてきてやったんだ。素直に白状しやがれ!」
お富の夫と顔を合わせるが、
「おい、お富。誰だい、このお人は」
(つづく)
作品紹介・あらすじ
おんなの女房
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年01月28日
『化け者心中』で文学賞三冠。新鋭が綴る、エモーショナルな時代小説。
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。
私はなぜこの人に求められたのか――。
芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いをめぐらす。
女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。
いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。
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