【第263回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第263回】柚月裕子『誓いの証言』
佐方は法廷を見回し、この場にいるすべての者に向かって静かに語り掛けた。
「証人の安藤文子さんがこの場に来られない事情は、いま私がお話ししたとおりです。それを踏まえてお願いしたい。もし、自分が原告の立場だったら、どうなのだろうかと。自分がもう立ち上がれないほど辛い思いをしているときに、その発端――祖父の死にかかわっていた人物が人生を楽しんでいる姿を目にしたらどう思うだろうかと」
「異議あり」
岩谷が止めに入った。
「弁護人のいまの発言は、原告が偽証していることを前提にした想像の犯情です」
乙部は両側にいる裁判官に、小声で話しかけた。意見を求めたのだろう。話し終えると前を向いて言う。
「異議を認めます。弁護人は発言に注意してください」
佐方は乙部に向かって、素直に頭を下げた。顔をあげて傍聴席を見る。裁判がはじまったときは、誰も久保の有罪を疑ってはいなかっただろう。だが、いまは比重がかわった。法廷内にいる者の半分は、被害を受けたと主張する晶が偽証しているかもしれない、そのように思いはじめている。
それは傍聴人の顔を見れば明らかだった。公判がはじまったときは、久保を見る目に敵意が浮かんでいた。しかし、いまは違う。誰もが顔に困惑の色をにじませていた。なかには、晶に対して疑惑の目を向けている者もいる。この場にいる誰もが、この事件の真相がわからなくなっている。
「これで証人尋問を終わります」
佐方はそう言うと、自分の席へ戻った。
(つづく)
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