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連載

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.104

【第264回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第264回】柚月裕子『誓いの証言』

 乙部が岩谷と佐方に問う。
「検察官、弁護人、ほかに証拠調べの請求はありますか」
「ありません」
 岩谷が答える。
「ありません」
 佐方も同様に答えた。
「ではこれで、証拠調べを終わりにします」
 乙部がそう告げると、法廷内の緊張した空気がわずかに緩んだ。公判を音楽にたとえるなら、いまは章がかわる節目のような感じだろう。次の曲がはじまるまでのわずかな休符だ。
 法廷にいる多くの者が、詰めていた息を吐いたとき、佐方に鋭い視線を向ける者がいた。
 小坂ともうひとり、晶だ。
 佐方の隣で、小坂は目の端で佐方を見ていた。目には、必ず久保の無罪を勝ち取るという強い意志が浮かんでいる。小坂はこのあとが、公判における勝負の場面だとわかっているのだ。
 晶は傍聴席の最前列で、うつむき加減で佐方を見ていた。上目遣いに、佐方を射すくめるようににらんでいる。
 佐方は晶の目をまっすぐに見た。ふたりの視線がぶつかる。晶は目を逸らそうとしない。さらに強い目で見返してくる。その様子から晶の、この公判は自分の側が勝つ、という固い決意のようなものを感じる。
 乙部が姿勢を正し、岩谷と佐方に訊ねた。
「続いて、双方の意見を伺います。よろしいですか」
 岩谷と佐方が、同時に頷く。
 乙部は岩谷を見た。
「では、検察官から論告をお願いします」
 岩谷が椅子から立ち上がり、気持ちを落ち着かせるように深く息を吐くと、佐方を見た。岩谷は毅然としていた。弁護側の証人尋問のときに見せていた、怒りや戸惑いの表情はない。公判がはじまったときと同じ、引き締まった顔をしている。なにがあっても、自分は検察の威信にかけて被告人を有罪にする、そんな気迫が伝わってくる。

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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