【第265回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
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【第265回】柚月裕子『誓いの証言』
岩谷が手にしている書類を見ながら、論告をはじめた。
「被告人に対する本件公訴事実は、当公判廷において取り調べ済みの証拠により明らかです。まず第一に、被告人が原告と関係を持ったことは被告人も認めており、以前から被告人が原告に好意を持っていたことも、原告の関係者が証言しています」
岩谷は手元の書類、乙部、傍聴人たちをかわるがわる見ながら、論告を続ける。
「現場となったホテル周辺の防犯カメラにも、被告人が原告をホテルに連れ込んだ映像が残っていました。被害を受けたあとに原告が駆けこんだ病院には、原告を診察した医師が記録したカルテがあります。そこには原告の身体に、被告人との行為によって受けた傷が詳細に記されています。原告の尿から睡眠導入剤の成分が検出されたことも事実です」
岩谷は手にしていた書類を閉じ、乙部を見た。
「いま世間では、不貞は〝魂の殺人〟と言われています。その言葉を用いるならば、被告人はふたりの人間を心を殺めています。ひとりは被告人の配偶者です。夫が自分を裏切り、あまつさえ薬を用いて強引に行為に及んだなど、知ったときのショックはいかばかりだったでしょう。原告に関しては心だけでなく、身体まで傷つけた。しかも薬を用いるという悪質な方法で。原告が心身に受けた傷は、一生消えないでしょう。以上の事情を考慮し、被告人に相当法条を適用のうえ懲役十五年を処するのが相当と思料します」
傍聴席から――正しくは傍聴席内に設けられた報道関係者席から、驚きの声があがった。不同意性交等罪の刑罰は、五年以上二十年以下の拘禁刑だ。仮に久保が罪を犯していたとしても、初犯で脅迫や殴る蹴るといった暴力はしていない。それらを考慮し、佐方が岩谷の立場だったとしたら、求刑七、八年にする。
おそらく報道陣も、それくらいの求刑だと考えていたのだろう。その倍近い求刑に驚くのも無理はない。求刑十五年という長さは、岩谷の罪に対する憎しみの深さと、検察の威信を守るという使命感の表れだろう。
(つづく)
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