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特集

紗久楽さわ×蝉谷めぐ実 メイキング・オブ『化け者心中』 めくるめく江戸歌舞伎の世界 〈後編〉

取材・文:小説野性時代編集部 漫画:©紗久楽さわ/祥伝社 on BLUE comics 

発売当初から大反響で現在5刷!『化け者心中』の装画を担当された大人気BL漫画シリーズ『百と卍』の紗久楽さわさん。江戸文化に造詣が深く大の歌舞伎好きでもあるという紗久楽さんが今回の装画に込めた想いとは? 魂を共鳴させる夢の対談が実現しました。

※この対談は、2020年12月12日、KADOKAWA本社にて、オンラインイベントとして開催されました。全対談の様子は2月末まで、ニコニコ動画サイトのアーカイブでご視聴いただけます。
〔 PC用購入ページ 〕
https://ch.nicovideo.jp/kadokawaseminar/video/so38032482
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>>【前編】紙の本だからこその仕掛け・視る者と視られるもののエロス・紙の本だからこその仕掛け

めるのBL的な原点回帰


蝉谷:紗久楽さんの作品は、絵が素晴らしいことはもちろんなんですけれど、コマ割りの配置や一人一人の決め台詞がものすごいカッコよくて、心に刺さるんです。


紗久楽:もともと戯曲が好きだから、そのへんはこだわって描いていますね。


蝉谷:江戸は意気(いき)があって、息を吐くけど、大阪の粋(すい)は息を吸う。「息」「意気」と「粋」を掛けてるところとか、もうほんと初めての新鮮な視点で、うわっとなりました。しかも、それが後々、百と卍の関係性においても、掛け言葉のように続いていく。卍が百樹ももきのことを語るときに、その息がないと、笛は吹けないっていう。


紗久楽:『百と卍』で、百樹さんは上方の人だけど、卍さんは江戸の人。それを最も表すのがやっぱり江戸の意気と、上方の粋だと思ったんですよね。私も蝉谷さんも大阪出身だから、江戸文化と上方文化の違いが何となく肌でわかるのかもしれません。溜める文化と捨てる文化、っていうか。そういうのはこれまであまり漫画では見たことがなかったので、そのあたりの面白さを入れられたらと思っていて、次に出る4巻でも触れています。


漫画コマ

『百と卍』より


蝉谷:わあ、楽しみです! 私、『百と卍』では、ぬえせんがメチャクチャ男前でカッコよくて、好きなんです。ちょっと執念深いところとか……きざしと千の関係性が、気になって気になって。


紗久楽:ああ、なるほど(笑)。『化け者心中』を拝読していて、どこか『JUNE』っぽい系譜を感じたんですよね。元々BLがお好きで、こういうものを書かれたのか、それとも、ほんとうに自然と湧き上がって書いたらこうなったのか、実は気になっていました。


蝉谷:BLとして書いた、という意識はあまりないんですが、応募原稿の段階では、現状のバージョンよりもう少しはっきり、魚之助と藤九郎が結ばれるラストになっていました。それを、単行本化にあたって、恋愛とも友情ともつかない関係に改稿していったというか。ただ元々、夢枕ゆめまくらばくさんの『陰陽師おんみょうじ』が好きで歌舞伎にハマったこともあり、やっぱり男ふたりの切っても切れない関係性みたいなところは個人的にも大好物です。


紗久楽:私は職業柄、今の流行のBLをいろいろ読んで、昔のBLと比較するのが好きなんですけど、『化け者心中』のなかでは、魚之助にご執心の蘭方医見習、めるがめっちゃ気になります! いま、ああいうキャラクターはあまり書けないというか、実は好きな人は多いんだけど、第一線ではあんまり見ない。めるみたいな人、いま出していいんだ!と思って、勇気をもらいました。私も描きたいキャラですね。



蝉谷:めるみたいなキャラって何でなくなっていっちゃったんでしょう。世間が変わってきたんですか。


紗久楽:やっぱり攻めの怖さというか、描き方によっては、それってちょっとDVじゃない?とか、ストーカーや洗脳じゃないの?みたいな感じで、扱いや描き方をきちんと考えなくてはいけない、難しくなったラインなんだろうなと思います。でも、海外の方のBL作品にも根強くいたりするし、謎があってキャラが濃くて、誰かに固執している男っていうのは世界規模でみんな好きは好きなんですよね。いいな~と思いました。

脳内キャスティングの愉しみ


蝉谷:紗久楽先生のデビュー作の『かぶき伊左いざ』に登場する、市村いちむら伊左衛門いざえもん(五代目尾上菊五郎)と、河原崎かわらざき権四郎ごんしろう(九代目市川團十郎)、あと、澤村さわむら矢之助やのすけ(三代目澤村田之助)の3人の役者さんの関係性もすごく好きです。


書影

◉かぶき伊左 全4巻
時は幕末。若くして太夫元となった市村伊左衛門。ある日、火事場見物に出かけた先で男装の美女おつみと出会う。人気女形で彼の親友でもある澤村矢之助にどうしても会いたいと訴えるおつみに、伊左衛門は興味を持つ。その頃、彼が太夫元を務める市村座では、顔見世興行の準備が進んでいた。今回の顔見世興行は伊左衛門にとっても一世一代の勝負の舞台。だがその裏で、一座の乗っ取りを企む金主、河原崎権左衛門が、舞台をつぶそうと策謀を巡らせていて――。実在した歌舞伎役者たちの青春に材をとった歌舞伎グラフィティー!


紗久楽:幕末期の梨園で、実際に悪ガキたち三人が切磋琢磨しつつも仲が良くて、っていうところが個人的にメッチャ萌えだったので。『化け者心中』の魚之助さんも、同じ、三代目澤村田之助さんのイメージを下敷きにしていらっしゃいますよね。他の登場人物も、もしかしたらこの役者さんをモデルにされてるのかなって想像する愉しみがありました。鏡を見て「俺ってカッコいいな」って言う雛五郎のモデルは三代目尾上菊五郎じゃないか、とか。


蝉谷:そうです、そうです!


紗久楽:勝手に脳内キャスティングして、もう最高、好きだわ!と。


蝉谷:いや、そこまで知っていただけてありがたい……作者としても、1オタクとしても嬉しいです。


紗久楽:ちなみに、歴史上で好きな役者さんとかっているんですか。ご当代でも。


蝉谷:そうですね、いまは坂東ばんどう玉三郎たまさぶろうが好きです。玉様!


紗久楽:やっぱり、女形さんが好きなんですね。


蝉谷:はい、どうしても女形に目が引きつけられてしまいます。


紗久楽:私は逆に立役さん派。中村なかむら勘九郎かんくろうさんがいちばんで、でも、同率で片岡かたおか仁左衛門にざえもんさんも好き。新星だと、市川いちかわ染五郎そめごろう君も絶対いい立役になるから、もう早く観たい~って感じです。


書影

蝉谷めぐ実『化け者心中』
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


時代考証の難しさ


紗久楽:紗久楽先生の作品は、どれも時代考証がものすごくしっかりしていて江戸文化に精通していらっしゃいますが、普段はどうやって調べていらっしゃるんですか?


紗久楽:『かぶき伊左』を描いているときは、ちょうど美大在学中だったので、大学図書館にある浮世絵のコーナーにこもって、ずっと史料を眺めていましたね。今日持ってきたこの本は、江戸の役者絵を集めた図録なんですけど、こんな感じで、当時の役者さんや、芝居小屋の中村座の中の様子とかも、絵の史料はいっぱい残っているんです。だから、絵より文章で表現するほうが大変なんじゃないでしょうか。



 私が『百と卍』のネームで苦心しているのは、読者を狭めず、いろんな方に読んでもらいたいと思う一方で、当時ならではの言葉も入れ込みたい、っていうその塩梅ですね。あんまり難しくて読みづらくなってもいけないし、でもこの言い回しはメッチャ萌えるよね、という当時の言葉も知ってほしい。その兼ね合いやバランスは、担当さんと一緒に毎回すごく相談しています。最近では、引っ越しを「しっこし」とか、お尻のことを「おいど」っていうのとかも、みんな慣れてきてくれて、「おいど、おいど」って(笑)。


漫画コマ

『百と卍』より


蝉谷:『百と卍』を読むと、江戸言葉、すごく使いたくなりますよね。式亭しきてい三馬さんばの言葉とかも『百と卍』の世界にうまく馴染んでいて。


紗久楽:明治以降にできた二字熟語が、こういう創作物にポッと出てくるのが、個人的に気になるたちがあって、たとえば「恋愛」っていう言葉は江戸時代になかったから、そういうのはあんまり入れないように気をつけています。でも、そうすると、使える言葉が限られて大変になるから、もうちょっと緩めてもいいのかなと悩んだり。


蝉谷:『化け者心中』でも、最後に「愛」っていう言葉を出しているんですけど、私も最後までここはすごく迷いました。


紗久楽:「愛」は難しいですよね。『百と卍』でも基本は「惚れたはれた」「好いた」という言い方ですが、1箇所だけ、卍さんの「俺ってなぜだか誰からも愛される」っていうのを入れてます。三島由紀夫先生の『近代能楽集』で、俊徳丸しゅんとくまるに同じセリフがあるんですけど、卍さんもまさにそんな感じだよな、と思って。


漫画コマ

『百と卍』より


蝉谷:私も三島由紀夫、大好きなんです! でも『百と卍』は、「愛してる」っていうところにひと言でまとめちゃわないで、いろんな表現で相手の好きなところを伝え合っていて、だからこそ多様な感情が表れてくるのかもしれませんね。百樹が卍さんに「可愛い」って言うところとかも、すごく好きです。


紗久楽:『化け者心中』も、業とか嫉妬とか、何かが欲しい、でも何かが足りない、あいつが羨ましい、でもそれが言葉にならないからこそ、いろいろ足掻あがいちゃうのかもしれない。その先には「愛」があるのに、現在の「愛」に近しい言葉がない。読んでて、役者さんたち、みんな一回全員で話し合えばいいのにって(笑)。


蝉谷:たしかにそうすれば一発で解決する!


紗久楽:みんなでいい芝居作ろうぜ、って体育会系のノリの人がいなかった(笑)。でも、私、何度も言ってしまいますけど、ほんとうに『化け者心中』を拝読していて、波長が合ったんですよね。今日お話ししたら、共通項がほんと多くて、私が漫画でやりたかったことを、蝉谷さんが文章で表現していらっしゃるような感じというか。私としても、これまでいろいろな絵を描いてきたなかで転機となる装画になったなと思いますし、それを描かせて下さった『化け者心中』という作品と蝉谷先生が、これからもっとご活躍されることを、応援しています。


蝉谷:ほんとうに畏れ多く、もったいないようなお言葉で……。がんばります。今日はありがとうございました。

作品紹介


化け者心中書影

◉化け者心中
時は文政、所は江戸。当代一の人気を誇る中村座の座元から、鬼探しの依頼を受け、心優しい鳥屋の藤九郎は、かつて一世を風靡した稀代の女形・魚之助とともに真相解明に乗り出す。しかし芸に心血を注ぐ“傾奇者”たちの凄まじい執念を目の当たりにするうち、藤九郎は、人と鬼を隔てるもの、さらには足を失い失意の底で生きる魚之助の業に深く思いを致すことになり…。第11回小説野性時代新人賞受賞作。


『化け者心中』書誌情報
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000161/


1巻書影

◉百と卍 1巻
時は江戸時代・後期。真夏の蒸し暑くせまい長屋で、熱い吐息交じりにまぐわう男がふたり。元・陰間の百樹は、ある雨の日、元・火消しの卍に出逢い、拾われた。やさしく愛おしく、恋人として抱かれる瞬間はまるで夢のよう。たとえ過去に、どんなことがあったとしても――。溺れるほど愛おしい江戸男子の艶ごと極上エロス。


2巻書影

◉百と卍 2巻
陰間あがりの百樹は、卍と義兄弟の契りをかわし、恋人として愛おしい日々を送っているが、ふとした折に卍が見せるつらそうな表情に胸がつまる思いを感じていた。そんなある日、ふたりの前に卍の過去を知るという男・千が現れる。火消し時代、卍の相棒だったという千は、かつて卍と身体の関係があったことをほのめかし……。


3巻書影

◉百と卍 3巻
昼夜ふりそそぐ、卍からの蕩けるような愛撫と睦言は百樹の心を癒やす。いっそう深くつながり合ったふたりの甘やかな暮らしを守るように、卍は笛指南の仕事を始めた。そんな蜜月のなか、百樹は偶然再会した陰間時代の先輩・十六夜に、昔も今も囲われ者のまま、と言い放たれる。「卍に見合う己になりたい」と憤る百樹。そこへ、再び千と相まみえることになった百樹は――?


4巻書影

◉百と卍 4巻
「好き」の気持ちが、あたたかく身も心も満たす小春日和。百樹には、どうしても云わねばならないことがあった。卍にも、怖れず過去と向き合ってほしいから……。火消し四天王たちの絆、千と兆のいびつな繫がり、そして、絶世の美少年陰間・十五夜の生き様を描き出した番外編も収録。絡まる縁は、さらなる深みへ! 陰陽いりまじる最新刊!

『百と卍』特設サイト
https://www.shodensha.co.jp/momotomanji/

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紗久楽 さわ(さくら・さわ)

大阪府出身。漫画家。インターネット上で自主公開していた、江戸の浮世絵師たちを描く「猫舌ごころも恋のうち」が書籍化出版。その繊細で色気溢れる絵で人気を博し、幕末の歌舞伎を題材に取った『かぶき伊左』で連載デビュー。『百と卍』は文化庁メディア芸術祭でBL作品として初の優秀賞を受賞、35万部を超える大ベストセラーシリーズとなる。

蝉谷 めぐ実(せみたに・めぐみ)

1992年大阪府生まれ。早稲田大学文学部で演劇映像コースを専攻、化政期の歌舞伎をテーマに卒論を書く。広告代理店勤務を経て、現在は大学職員。2020年、『化け者心中』で第11回 小説 野性時代 新人賞を受賞し、作家デビューする。

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