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特集

蝉谷めぐ実『化け者心中』刊行記念インタビュー「自身のどうしようもないところを、いかにして乗り越えるか――」

取材・文:編集部 

新人離れした破格の筆力で、刊行前から話題になっている『化け者心中』。江戸の芝居小屋を舞台にした鬼暴きというミステリ仕立てのエンターテインメントでありながら、作品には、才能や美醜、そしてジェンダーといった、現代にも通じる切実で骨太なテーマが息づいています。デビュー作を手にした著者に聞きました。


蝉谷めぐ実さん


「女形」という存在に魅せられて


――本書は、江戸時代の歌舞伎の元女形と、鳥屋の青年の凸凹バディが鬼暴きをする、というミステリ仕立ての物語ですが、もともと歌舞伎がお好きだったのですか?


蝉谷:小さなころに祖母に連れられてよく歌舞伎を見に行っていて、好きではあったのですが、大学で歌舞伎の講義を聞き、女形の存在に興味をひかれたことが大きかったです。今でこそ、歌舞伎って伝統芸能で、高尚な趣味のようにとらえられているところがありますが、史料を読んでいると、江戸時代は今よりもっと庶民に身近で、会いに行けるアイドル、じゃないですけど、当時の民衆の生活に深く浸透していた。それぞれにいわゆる「推し」がいたり、役者がファッションリーダー的なアイコンになっていたりもしたようです。だから、歌舞伎って、実はすごく面白いんだぞ、と伝えたかった気持ちはありますね。


――主人公の魚之助は、もともと一世を風靡した女形でしたが、足を失って檜舞台を去ることになり、失意の底で毒舌を吐く、ちょっとクセの強いキャラクターです。男でもなければ女でもなく、今は役者でもなければ町人でもない。定義から常にはじかれるアウトサイダーな存在である、という独特の立ち位置です。


蝉谷:そもそも役者自体が、町人より身分は下、さらには役者のなかでも立役より女形は低く見られていたそうです。仰ぎ見られるスターであると同時に、社会制度上は下に見られるという、非常に両義的な存在であるこの女形って何だろう、と興味が出てきました。自身をほんとうに女としてとらえ、日々の暮らしでも女としてふるまおうとする。自分の芸とするために日常さえ修行の場として侵食されていく、そういう特殊さを拾い上げてみたい、深く知ってみたい、と。役者が芸に傾注していくのはいつの時代も同じでしょうが、日常の所作まで女に寄せていく女形の存在は今にはないものだと思いますし、この存在を他人と分かち合いたいという欲望から、のめりこんでいった感じです。

小気味良い江戸語りの素養


――学生時代の卒論は、東西の歌舞伎の違いで書いたと伺いましたが、そのころから小説を書こうというお気持ちはあったのですか。


蝉谷:まさに卒論に取り組み始めた大学4年くらいから小説を書き始めていて、構想を練るところまではやっていたのですが、そこでは今のような形にはならず、しばらく寝かせていました。卒論のテーマは江戸時代の上方役者と江戸役者で、そのエピソードのひとつとして、大坂と江戸の激突、坂東三津五郎と中村歌右衛門の贔屓同士の争いが当時頻繁に起きていた、ということを取り上げました。同じ歌舞伎の演目といえども、定型上、荒事と和事で東西で演じ方が分かれていたというのも、普通の演劇とは違う特殊要因ですし、そこを中心に据えて卒論を書いていました。が、今正直に告白すれば、いつかこれを小説にしたいという魂胆もあって、指導教官にどんな史料にあたればいいかを質問して準備していた気もします(笑)。その後、現代ものとか、軽めの小説を何作か書いて投稿したものの、受賞には至らず、やはり今自分が本当に書きたいものを書こう、と一念発起して書き上げたのが本作です。


――蝉谷さんも大阪のご出身とのことですが、選考会でも、生粋の関西人である森見登美彦さんが、作中の会話の関西弁にまったく違和感がないと評価していらっしゃいました。選評でも「江戸時代をひらひらと泳ぎまわるような文章」とその自在な語りに驚嘆され、ご自身のブログでも、「蝉谷めぐ実氏のご近所には、この奇々怪々な“江戸”がそのまま残っているのではないか、そんな風にさえ思われた」と刮目される、この文章のグルーヴ感、凄まじいです。


蝉谷:指導教官に勧められるまま、歌丸さんだったり、圓生だったり、古典落語を聴きこんで、その節回しとかはかなり参考にしました。地の文でも、江戸の人物を登場人物にしている以上、ちゃんとそこは刻みよく、小気味よく聞こえるようにしたいと思ったので、一文考えるのに1日かかったり……確かに、文章のテンポはすごく大事にしましたね。



バディの関係性とキャラクター造形


――魚之助は、根っからの役者魂を持ったキャラクターですが、バディとなる藤九郎は、芝居とは全く関わりのない素朴な鳥屋の青年、という設定です。フラットな藤九郎の目線で描かれるからこそ、歌舞伎の門外漢である読者に対しても水先案内人の役割を果たし、作品世界になじみやすいと感じました。


蝉谷:もともと、藤九郎は芝居の世界になにも興味がなく、魚之助とは違う世界の住人だったのに、生来のお人好しのせいで鬼探しに手を差し伸べ、一緒に行動していくうちに、魚之助を受けいれていく。自分を害することのないちいさな生き物に囲まれて、ある種平穏な世界に安住していた藤九郎が、些細なことでいがみあい、憎しみあう役者の地獄を垣間見ることで、自分とは異なる他者を受容し、変化していく様子も、この作品で描きたかったことです。これまで、特に江戸ものを書こうと思ったら、その時代背景を結構こまかく書きこんだりしていたんですが、今回は藤九郎を主人公にしてその目線から描くと決めたので、そういう情報的な背景はむしろ必要ないんじゃないかと、敢えて削っていきました。


――この二人の、名状しがたい関係性の変化は、本書の読みどころの一つでもあります。


蝉谷:はい。恋愛とも友情とも違うなにか。お互いがどう思ってるのかっていうところは私もあずかり知らないというか、どういうふうに進んでいくのかはまだ全然決めてはいないところなんですけど、もしも次、シリーズとして続きを書く機会をいただけましたら、考えてみたいです。自分自身も、ジャンルにくくられる作品というよりは、人間を深堀りした、心の深淵を提示する作品を好んで読んできた気がします。小説なら夢枕獏さんの『陰陽師』であったり、漫画なら『うしおととら』とか、二人の関係性で人格が形成されていく、という作品は読むのも大好きです。



――本書に登場する人物たちは、それぞれ出自や背景が鮮やかに描き分けられていますが、人物造形の工夫はどのようにされたのでしょうか?


蝉谷:一人ひとりを、固定的なキャラ付けにしたくなくて、その人にとって、何を一番大切とするか――才能なのか、若さなのか、それとも恋愛の成就なのか――誰しも、どこかしら感情移入できるように、と思って書きました。特に役者に関しては全員に、私の個人的な思いをそれぞれ仮託したような気もします。作家としてデビューできなかった時の苦しみや才能への渇望、嫉妬心。私の人生の、何を投げ出せば受賞できるんだろうという切迫感とか、たとえは悪いんですけど、誰かを殺して命をとったら受賞させてやろうと悪魔の取引を持ち掛けられたとして、究極の私は、どういう選択をするのかわからない、みたいな切実な葛藤がいろいろあったので、それを登場人物一人ひとりに語らせていったところはあります。


――みんながみんな、ある種の欠落感を抱えていますよね。美のイデアのはずだった魚之助すら、そこには安住していられない。


蝉谷:魚之助は、女形として、美の権化であらねばならないという強迫観念にかられ、それを崩すことができなくて、自身の性のあいだで苦しみ抜きます。美しいからこそ、逆に汚いところ、醜いところを小説のなかで順繰りに出していって、剥き出しになった魚之助をどう藤九郎が受けいれるか、というのがラストシーンです。自身のどうしようもないところを、いかにして乗り越えるかというところは、本作のテーマにも関わってきている気がします。


――だからこそ、これは歌舞伎だけの話にとどまらず、切実な問題を内包した物語となり、現代の読者も共感できる普遍性をそなえるわけですね。魚之助が抱える性への葛藤にも、すごくリアリティを感じました。


蝉谷:女形は女なのか男なのか、そこを問うのであれば、人と鬼の境はいったいどこにあるのか、というところまで掘り下げていかなければ、と思いました。

 魚之助と同朋のような位置づけにある吉原の花魁、蜥蜴にしても、嘘を誠にする、誠を嘘にする、というところが、芝居と遊郭、もっといえば、小説という構造とも、入れ子のようになっている。作中の『曾根崎心中』にしても、死を選ぶ必要がないのに、愛する男に添い遂げたい一心で喉を掻き切るお初に女性の強さを感じ、惹かれました。そうやって登場人物たちがそれぞれ身を立てるために、命を燃やし尽くすパワーみたいなものを、この作品から、感じとっていただければ幸いです。



蝉谷めぐ実『化け者心中』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000161/

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蝉谷 めぐ実

1992年大阪府生まれ。早稲田大学文学部で演劇映像コースを専攻、化政期の歌舞伎をテーマに卒論を書く。広告代理店勤務を経て、現在は大学職員。2020年本作『化け者心中』で第11回 小説 野性時代 新人賞を受賞する。

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