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特集

【野性時代新人賞受賞作『化け者心中』 刊行記念師弟対談】児玉竜一(早稲田大学文学部教授)×蝉谷めぐ実/芸界の情念に手をつっこんで

撮影:小嶋 淑子  取材・文:瀧 晴巳 

「いったいどこでこんなお勉強したの!?」と当の師匠も舌を巻く『化け者心中』の小気味好い江戸語り。この生き生きとした物語の胚胎は、歌舞伎と出会い、さらなる興味を深めた恩師からの学びに遡るといいます。今回の作家デビューを言祝ぎかけつけてくださった児玉先生と久々の再会を果たし、本書が生まれるまでのルーツを心ゆくまで語りあっていただきました。

新人とは思えない
洒脱な文章に惹き込まれる


蝉谷:お久しぶりです。


児玉:おなじ大学にいても、なかなかすれ違ったりはしませんね。女優の白石加代子が区役所の窓口にいたことが伝説になったように、作家の蝉谷めぐ実が大学の職員をしていたことも、いずれ伝説になるかもしれない。


蝉谷:いえ、それは(笑)。広告代理店で営業をしていた頃は、とにかく忙しくて、小説を書く時間がとれなかったので、これではいけないと思って。転職した今は、図書館にも通えるので、ありがたいです。


児玉:初めて観た歌舞伎は何ですか。


蝉谷:子どもの頃から祖母に連れられて、歌舞伎は観ていたのですが、すごくちっちゃい頃だったので、演目までは覚えていないんです。ただ、大向こうをかけたら、祖母に血相変えて客席から連れ出された記憶だけは鮮明に残っています(苦笑)。しばらく劇場から足が遠のいていたのが、女形という存在に興味を持ったきっかけは、先生の授業でした。「女形は人前でとろろを食べるようではいけない」とか「血の道(生理)も芸のひとつとして取り入れようとしていた」という話がすごく記憶に残って、自分でも調べるようになったんです。今も美しい男性はいると思うんですけど、日常さえも自分の芸の修行の場ととらえて、女性として生活していたというところがあの時代の女形の特殊さだと思うので、そこをぜひ小説に描いてみたいと思いました。


蝉谷めぐ実さん


児玉:最初から時代ものを書いていたの?


蝉谷:いえ、現代ものの恋愛小説を書いて何作か投稿したんですが、箸にも棒にもかからず。実は卒論を書き始めたくらいから小説も書き始めていて、ゼミでいろんな質問をさせていただく時に、当時の女形を知るにはどんな資料を読んだらいいかとか、江戸時代の口語、会話を知るには何がいいかとか、卒論とは違った質問もさせていただきました(笑)。


児玉:小説の取材をされていたわけですね。なんて答えたんだろう、私(笑)。19世紀の口語って言ったら『浮世床』とか『浮世風呂』が定番だけど、たしか、落語を勧めたんでしたよね。


蝉谷:はい。それでもう、全集、名人集みたいなのを全部借りてきて『孝行糖』とか『死神』とか古典落語を一気に読みました。江戸の人物を描く以上、小気味好く聞こえるようにしたいと思ったので、桂歌丸さんや六代目三遊亭さんゆうてい圓生えんしょうさんを聴いて、その節回しをすごく参考にしたんです。


児玉:歌丸と圓生の二人に共通するのは何かって言ったら、人情噺を語っていくストーリーテリングの妙味ですよ。『化け者心中』を読み始めてびっくりしたのは、歌舞伎という題材以前に、とにかくこの文章です。選者の森見登美彦さんも「江戸時代をひらひらと自在に泳ぎまわりながら書いているような文章」と評していらしたけれど、するするーっと惹き込まれるこのスピード感は何? いったいこの人はどこでこんなお勉強したのって(笑)。史料にあたって一生懸命調べたことを、うっかり使うと浮くんですよ。ところがその類を非常にうまく溶かし込んである。三味線の擬音ひとつにしても、ありきたりだと「ちんとんしゃん」なんだけど、わざわざ違うふうに書いてあって、その昔、都筑道夫が『なめくじ長屋』を書いた時に、笛の擬音を単純に書くなら「ぴーひゃら ぴーひゃら」なんだけど、そうじゃない書き方をしていることに開高健が着目して、「この作家は只者じゃない。蓄積があることがこの擬音ひとつでわかる」と言ったという話を思い出しました。舌の上で転がすようにそういうことが描けるというのは、パッと読む以上に実は元手がかかってる。


児玉竜一さん


蝉谷:先生にお薦めいただいた『役者評判記』も、すごく参考になりました。三代目坂東ばんどう三津五郎みつごろうと三代目中村なかむら歌右衛門うたえもん、人気役者をめぐって江戸と大坂の贔屓同士がいがみあって、殴り合いにまで発展した話を卒論でとりあげたのも、小説に描きたいと思ったからなんです。


児玉:歌右衛門が関西から江戸に来て、非常に人気者になったので、江戸の人たちは嫌がったわけです。あの蜀山人も歌右衛門が大嫌いでね、最初のうちは。その反動で江戸の役者を贔屓するみたいな記録がいっぱいあるんですね。


蝉谷:私も関西出身なので「関西なら冗談のひとつも言ってみてよ」と求められることがよくあって、関東だ、関西だとやりあう感じは今と通じるものがあるなと。『役者評判記』もかなり言いたい放題で、今よりもっと役者と観客の距離が近かったんじゃないかって。


児玉:市松模様も、あれは佐野川さのがわ市松いちまつって役者が用いていたデザインがそのまま一般化したものですから。そういうキャラクターグッズ的なものが江戸時代からたくさんあったし、ファッションリーダー的な存在でもあった。


蝉谷:それでいて士農工商で言ったら町人よりも下。女形は立役よりもさらに下で、ある意味、世間一般の価値観をどこか逸脱した存在というところにも、すごく惹かれました。


児玉:仰ぎ見られるスターでありながら、当時の社会制度では下に見られるという非常に両義的な存在ですよね。しかも、主人公の魚之助ととのすけは、稀代の女形でありながら、今では両足を失って、舞台から身を退いている。これはもう、何度となく小説に書かれてきた幕末に実在した歌舞伎俳優、三代目澤村さわむら田之助たのすけをモデルにしているというのが見えるんだけれども、そのままじゃない。江戸時代の役者が推理していく探偵ものって、ありそうで意外となかったんじゃないか。戸板といた康二やすじの『中村なかむら雅楽ががく』という有名なシリーズがあるけど、あれは昭和だし、あとは狂言作者やその子孫が探偵役の松井まつい今朝子けさこさんの並木なみき拍子郎ひょうしろうシリーズや『壺中の回廊』ぐらいで。


蝉谷:田之助自身は、脱疽で四肢を失っても舞台に立ち続けたことから苛烈な性格だったと言われていますが、足を失って、どんどん堕ちていく裏の部分を描いてみたいという気持ちがありました。


児玉:あの強い魚之助でも弱い面があるというのをちらっと描いてみせるっていうのが、言ってみれば作者の優しさですよね。そこに芝居を知らない鳥屋の藤九郎ふじくろうが、歌舞伎の世界を絵解きできる存在として絡んできて、バディものにしたところもアイデアだなと。


既存の枠に納まりきらない
グレーな人を描いてみたかった


蝉谷:実は、先生に謝らなければいけないことがあって、ゼミで借りた『金閣寺』のDVD、まだお返ししていないんです。4年も借りたままの言い訳をさせていただけるなら、私はあの演目の爪先鼠の場面がすごく好きなんです。雪姫が縄をうたれたまま、爪先で鼠の絵を描く。そこから女形の美しい体を使った表現が出てくる演目って何だろうと興味が湧いて、調べていった時に思い当たったのが『曽根崎心中』でした。


児玉:ああ、あの足の……。


蝉谷:そうなんです。足を切ってしまった役者が何に一番絶望を感じるかと考えた時に、お初が軒下に潜んでいる恋人の徳兵衛に足で想いを伝えるあの場面が浮かんできて。


児玉:責め場みたいなのを見せ場とする、ある種の頽廃の魅力を歌舞伎はふんだんにたたえていますよね。雪姫の爪先鼠の場面は、縛り絵の大家・伊藤晴雨も描いているし、三島由紀夫の『金閣寺』にも引用されていたりして、非常に想像力を刺激する。『曽根崎心中』にしても、心中場面がえげつない。お初が死ななきゃいけない理由は徳兵衛以外にないし、徳兵衛が暖簾分けの話を断って、遊女との思いを通すというのも、当時ですら、異常な選択なわけです。



蝉谷:道行の段の「恋の手本となりにけり」という言葉も美しいし、ぜひ描きたいと思って文化文政に『曽根崎心中』が再演されていないか調べたんですが、全然出てこなかった。


児玉:時代も百年ほど違うし、芝居の心中ものが流行したせいで現実にも心中が増えたといって、お上が禁止令を出したからね。それで『曽根崎心中』をもとにしたオリジナルの新作歌舞伎『堂島連理柵どうじまれんりのしがらみ』にした、というアイデアもタイトルもこれまた絶妙。今回の対談にあたってゲラを読んでと頼まれたけど、小説なんだから、小さな間違いは直すけど、大きなウソはついていいと思うんです。『雪之丞ゆきのじょう変化へんげ』とか芝居小屋を舞台にした話は昔の映画にはいっぱいあるし、濃密な空間の割に、結構よそ者も入ってくる、というのが芝居小屋の面白いところ。犯人を忍び込ませるにはうってつけの設定だから、どんどん作っちゃえばいいですよ。学問はその道の入り口まで連れていってあげることはできても、その先の楽しみを邪魔したらいけないんですよ。


蝉谷:先生が歌舞伎の監修をされた吉田修一さんの小説『国宝』でも描かれていましたけど、役者って芸のためなら自分を捨てて化け物にだってなれる存在ですよね。でもそれはどこまで許されるのか。それで芝居小屋に本物の鬼が現れるというのはどうだろうと思ったんです。役者たちは、一流になるために、自分は何を犠牲にしたらいいのかとそれぞれに葛藤するわけですが、どこまでが人でどこからが鬼なのか。その境界線はどこにあるんだろうと。自分が作家デビューできなかった時の苦しみを、ひとりひとりに託したようなところがあります。


児玉:シリーズ化されることになれば、魚之助が役者に戻るかどうかも、大きな目玉になるんじゃないですか。


蝉谷:恋愛ものを描いていた時から思っていたことですが、グレーな人を描きたいというのがあります。女形も、ある意味、男でもないし、女でもない。そういう枠にはまらない人に対して、どんな日の当て方をするのか。それがこの話を書き始めた時のテーマでもあるんです。魚之助と藤九郎の関係にしても、恋愛にもならないし、ただの友情でもない、その名状しがたいところを描くのが昔から好きでした。


児玉:吉田修一さんが久しぶりに男性で歌舞伎の世界を描いたけれども、松井今朝子さんだったり、有吉佐和子さんだったり、芸界の情念に手をつっこむのは昔からわりと女性が多い。男性の世界に女性性を持ち込んだという意味では、女義太夫とか、マージナルな存在はいくらでもいるわけで、これからどんなものを描いていくのか、非常に楽しみにしています。

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蝉谷めぐ実『化け者心中』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000161/



児玉 竜一(こだま・りゅういち)

1967年兵庫県生まれ。 早稲田大学文学部演劇映像コース教授。演劇博物館の展示などにも携わり、2013年から演劇博物館副館長。 「朝日新聞」で歌舞伎評を担当する。専門は歌舞伎・浄瑠璃を中心とする日本の古典演劇。

蝉谷 めぐ実(せみたに・めぐみ)

1992年大阪府生まれ。早稲田大学文学部で演劇映像コースを専攻、化政期の歌舞伎をテーマに卒論を書く。広告代理店勤務を経て、現在は大学職員。2020年『化け者心中』で第11回 小説 野性時代 新人賞を受賞しデビュー。

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