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特集

戦国版「プロジェクトX」を体感せよ‼ 加藤清正の命を受け、築城に命を賭けた職人たち――『もっこすの城 熊本築城始末』刊行記念対談

構成:編集部 

歴史作家・伊東潤さんの新作『もっこすの城 熊本築城始末』が9月30日に発売となりました。加藤清正の無理な命令に応えながら、城造りに奔走する「城取り」の一代記を熱く描いた本作。築城に目を向けることで、別の戦国が見えてくる? 伊東さんと、城造りに詳しい千田嘉博・奈良大学教授に熊本城のスゴさを語ってもらいました。


対談風景

写真左から、千田嘉博さん、伊東潤さん

「虎退治」の清正は有能な技術官僚だった!?


伊東:本作を書こうと思ったきっかけは、まさに熊本地震です。あの被害をテレビで見て、その悲惨さに言葉もありませんでした。とくに熊本城の被害には愕然としました。

 実は『城を守る 城を攻める』という実録本を出した2012年と『武士の碑』、『走狗』といった西南戦争を描いた作品を出した2014年の2回にわたり、熊本城に取材に行く機会が持てました。その時、城の細部まで見ることができ、「これだけの文化遺産が、よくぞ現代まで残ってくれた」と感動しました。それが地震によって、ひどい被害を受けてしまってショックでした。なんとか熊本の方々を激励したいと思い、自分にできることはこれしかないと気づき、本作を書き始めました。


書影

伊東潤『もっこすの城 熊本築城始末』(KADOKAWA)


千田:熊本の方にとっては熊本城というのは、本当にシンボルだと思います。加藤家は2代目で改易されてしまったにもかかわらず、清正は「清正公」として、いまだに地元の人々から親しまれている。他に例がないほどで、熊本における熊本城というのは特別だと思います。


伊東:やはり熊本城は、熊本県民のみならず日本人の誇りであり、未来永劫残していかねばならない文化遺産だと思います。

 その熊本城と切っても切り離せないのが、創築者の加藤清正です。

もっこすの城 熊本築城始末』は、加藤清正の視点から描いた作品ではありませんが、登場シーンは多いので、清正の物語と言ってもいいと思います。

 かつて清正のイメージといえば、虎退治に象徴される英雄豪傑というものでした。更に司馬遼太郎さんの『関ケ原』の影響もあって、清正には福島正則のような短絡的な武辺者というイメージもできてしまったと思います。それはそれで愛すべき部分なのですが、その一方で、清正には仕事のできる有能な技術官僚という部分があります。主計頭という官職名からも分かるように、若い頃は会計的な仕事に携わっていたようです。秀吉の長浜城時代の史料が少なく、確かなところは分かりませんが、文禄・慶長の役などで国元に細かい指示を出していることからすると、緻密で小うるさい吏僚的側面があることに気づきます(苦笑)。

 前任者の佐々成政が一揆によって改易されたのを踏まえた清正は、武力を背景にした強権政治を布かず、領民のためを思った善政を行おうとしました。具体的には、肥後国に入部するや治水や街道の整備から始めたわけです。当時の緊張状態を思えば、城の整備や構築から行いたいはずですが、清正は治水によって新田を増やし、街道を整備することで商業を振興させるという領民思いの施策から始めたのです。つまりこれらによって領民たちの心を摑み、WinWinの関係を築けたからこそ、熊本城という天下一の城が築けたわけです。


伊東さん

伊東潤さん


千田:今お話し頂いたところは、今回『もっこすの城 熊本築城始末』を拝読して、強く感銘を受けた点でした。従来の清正は小説やドラマのなかで、乱暴者で、後先考えない粗雑な人として描かれることが多く、一般にもそういうイメージを持つ方が多い人物でした。今回の作品では、最新研究を踏まえられて、緻密で思慮深い人物として清正を描き出されました。私も伊東先生が描かれた清正が、本当の清正だと思います。作品のなかで清正は、秀吉への忠誠心に厚く、不退転の決意で肥後の国を治めていきます。主人公の藤九郎たち家臣は、清正のためにと一心になって築城に挑んでいきます。これまでと全く違う本当の清正像を描いてくださったのは、本当に素晴らしいと思いました。


伊東:ありがとうございます。戦国時代のキャラクターは、とかくステレオタイプ的なものとして描かれやすいですね。とくに清正は、英雄豪傑の典型として描かれてきました。しかし実際の清正は、武辺者でありながら有能な技術者という両面があり、一筋縄では説明できない人物だと思います。それでも念入りな調査によって、清正の実像に近いものが描けたという自負があります。


千田:近年の研究成果によると、清正は石田三成に近い存在というか、内政に巧みで、官僚としての能力、経理能力のある人物だったと再評価されています。今回の作品では、河川改修を初めとして、地域の人々の信頼を得て国づくりを進める清正が登場します。これまでの「武断派」清正という切り口の小説ではなかった描き方だと思います。読者の方は、そういった意味で驚かれるのではないでしょうか?


伊東:仰せの通りですね。私自身も出てきた頃は、豪快で大雑把な作家というイメージで「剛腕作家」なんて呼ばれていましたが、作品を読めば緻密で周到な一面は分かるので、それが最近になって周知されてきたようです。


千田:皆がイメージする清正を書いたほうが、わかりやすく、書きやすいのでしょうが、そう書かないところが素敵だと思います。


伊東:複雑な人物像を書きながら、読者を納得させ、腹に落ちる作品を書くのがプロだと思います。ステレオタイプ的なものを書けば、読者のイメージと一致しているので共感も得られやすいんですけど、それではだめなんです。


復旧工事中の熊本城

ビジネスにも通ずる「城造り」という巨大なドラマ


千田:伊東先生が厳しい、世界を相手にされるお仕事をされて戦ってこられた緊張感や緊迫感が小説にリアルに表れているのではと思いました。


伊東:外資系企業にトータル20年以上は在籍していましたから、「世界を相手に」というのはそうかもしれませんが、仕事の経験から汲み取れる教訓は、どこにいても同じだと思います。つまり本作には、お仕事小説のような側面があり、私の過去作でいうと、『江戸を造った男』『男たちの船出』などに代表される系譜の小説だと思います。ですから現役ビジネスマンの方にも共感いただけると思います。

 とくに城造りという題材は、現代の建設業と共通しています。何か巨大なものを造るというのは、すべてが計画通りに行くわけではありません。想定外の問題が続出することも、多々あつたのではないかと思います。しかしそうしたものは記録に残りません。残るのは遺構に残るそれらの痕跡だけです。そこから苦闘の跡を読み取り、物語としていくのは小説家の仕事だと思います。

 とくに熊本城の築城には、多くの試行錯誤や失敗があったと思います。現に完成品を見ても、内桝形を五つも造ってしまい、城内のスペースが足りなくなり、細川氏時代には御殿は別の場所に造られたと言われています。

 本作では、こうした城造りの難しさや面白さも、一般の方に知ってもらえれば幸いと思っています。


千田:今まで城に関わる職人を主人公に据えた小説が、なかった訳ではありません。しかしこれほど丹念に築城技術者であった「城取り」「城作り」に焦点を当てた小説は、初めてだと思います。なにより感嘆したのは、技術者・藤九郎が全身全霊を込めて達成した城づくりの工夫が、城郭研究で判明した当時の築城技術の改善・改革を、恐るべき的確さで描いていることです。だから藤九郎の技術者としての苦心に、圧倒的なリアリティーがあります。城跡を実際に歩かれ、全国の研究者と議論を重ねておられる伊東先生だから『もっこすの城 熊本築城始末』はできたと思います。今までにない作品です。


伊東:職人の話というのは小説にしにくいですからね。城造り小説には、山本兼一さんの『火天の城』という不朽の名作があります。山本さんが松本清張賞を受賞し、華々しいデビューを飾った作品です。私はこの作品がとても好きで、四度も読み返しました。

 実は作家になろうとしていた直前に初版を買い、その面白さに魅せられ、専業作家になろうという決断を後押ししてくれた作品でもあります。武将物ではなく、合戦シーンがないにもかかわらず、こんなに面白いものが書けるのだと感銘を受けました。

 本作は、この名作に挑むつもりで書きました。そういえば、『茶聖』で『利休にたずねよ』に挑んでいるので、山本さんとのタイトルマッチは二度目ですね(笑)。

「まじない」から「技術」へ


伊東:戦国時代というのは、英雄豪傑だけの時代ではありません。当然のことですが、農民や商人もいました。武士の集団中にもスタッフ部門があり、官僚がいて、役人がいて、技術的な仕事に携わる人もいました。

 彼らは全員が全員、立身出世を考えていたわけではなく、それぞれの矜持を持ち、純粋に何かを成し遂げたい、造り上げたいという、現代のビジネスマンに近いスピリットを持っていた人もいたはずです。

 本作では、そんな名もなき人々を描きたかったのです。だから主役は清正ではなく、若い一人の「城取り」にしたわけです。


千田:『本願寺日記』などの戦国期の史料に、「城ツクリ(城作り)」という肩書きがでてきます。城をつくる専門の技術者で、戦国時代の信長が活躍する直前ぐらいから、そういう専門職が明確になってきます。それ以前は、実は城をつくるのは技術的なテクニックよりも、陰陽道とか呪術の影響が強かったようです。この日に工事を始めたらよいとか、方角が悪いとか、そういう決め方をしていました。マジカルなことをする人が城作りを担っていたと思われます。戦国時代になるとまじないだけでは回らなくなり、合理的な技術というのが求められてくる、まさに一つの転換期だったのだと思います。

 本作の藤九郎のような人物が、時代の最先端で新しい技術を組み合わせ、今までなかったものをつくっていく時代でした。熊本城はそうした努力の結晶が多々残っている城だと思います。本作は世の中を良くしていこうという技術者の人の心にも響くところがあるのではないでしょうか。


伊東:全くその通りだと思います。日本は製造立国と言われ、建設業も高度な技術をもっているわけですから、そういった技術者へのエールという意味でも、この作品を読んでいただきたいと思っております。


特別見学通路写真

2020年6月にオープンした特別見学通路。特別見学通路によって、本丸までいつでも見学できるようになった。

清正の石垣は熊本地震でも崩れなかった


千田:熊本城は、清正の理想を実現しようとする職人たちの築城技術が、最高潮に達したまさに記念碑的な城です。清正の後を受け継いだ細川家が最初に入城したときに、熊本城の凄さに驚いているんですよね。さすが清正だと。西南戦争では熊本城の多くの建物が失われましたが、戦後、陸軍も一生懸命に石垣を直しました。絶対にあの城を残していかなければならない、伝えていかなければならないということで、近代以降の軍人にも清正と藤九郎の城づくりは感銘を与えたのです。


伊東:石垣といえば、熊本城の天守が載っている石垣は重ね積みで、当時最新の積み方だった算木積みを採用していません。それが残念な点ですが、おそらく時間がなかったのではないかなと思いました。畿内の政治状況によっては、秀頼を迎え入れたいという緊迫した情勢との兼ね合いもあったのでしょうね。


千田:まさにそうだと思います。政治情勢が徳川方に流れていくなかで、清正自身はかなり築城を急いでいたのだと思います。ご指摘の通り、算木積みにしていくと、石を切り出し、加工するということでかなり手間がかかります。急いだ結果、あのような積み方になったのだと思います。


伊東:重ね積みでも、あれだけ重い大天守が載るのには驚きました。


千田:2016年に2度の震度7があった熊本地震でも、大天守台の石垣はほとんど崩れませんでした。崩れたのは、明治になって天守が焼けた際、熱を帯びて割れた石を入れ替えた部分だけです。清正時代の石垣はほとんど無傷だったというのは、やはり驚くべきことだと思います。


石垣写真

特別見学通路から見た熊本城の「二様の石垣」と大天守。これまで見たことのない視点から熊本城を見学できる。


伊東:当時の技術力というのは、今を生きるわれわれが考えられないぐらい高かったのでしょうね。


千田:作中でも肥前名護屋城の地震が描かれていましたが、その際、他藩の石垣が崩れても加藤家の石垣は崩れませんでした。それが何故かと技術的な面を書いておられます。石垣の力学や積み方の変遷を今までのどんな論文よりも分かりやすく、城のことを知りたかったら、まず『もっこすの城 熊本築城始末』を読みましょうと、お伝えしたいと思っています。


伊東:ありがとうございます。お城ファンはここ十年でかなり増えてきていますし、マニア級の方もいらっしゃいます。そうしたことから、中途半端な書き方は許されないと思っています。だから本作を書くために、自分自身も基本から勉強し直しました。それで城造りの深さに触れました。とくに千田先生の書かれた『石垣の名城 完全ガイド』(講談社)は写真も豊富で、たいへん役立ちました。こうした石垣に特化した本が出せるということ自体、以前に比べると、隔世の感がありますね。

 こうした写真豊富で読みやすい研究本や実録本もそうですが、小説には新しいファンを開拓していくという役割もあります。本作でお城に興味を持ってもらい、どんどん深く勉強していってもらう。本作がそういう役割を果たせれば幸いです。


千田:読んでくださった方は絶対、これからどの城に行っても見方が変わってくると思います。城というとどの武将が造ったという説明で事足りると思う人もいるかと思いますが、造った技術者にも思いを馳せつつ城を歩けば、楽しんでいただけると思います。

 研究をしていると、戦国時代は、短ければ半年や1年といった期間で、次々と新しい技術が生まれ、変わっていった時代ということがわかります。清正であれば秀吉から大きな期待を持たれ、肥後の国を任されており、それに応えなければならない緊迫感がありました。家臣たちもその思いを受け止め、なんとしても難題を解決していくという決意と緊迫感があったからこそ、1年ごとに城の形状が変わるほどの時代の変化があったのだと改めて感じました。


千田さん

千田嘉博さん

熊本城修復は日本再生の道標


千田:作品を拝読し、なぜ城がこんなに人気になっているのか、実はちょっと理由がわかった気がしたんです。多くの城は本来あった建物をほとんど失っていて、天守でいえば現存するのはわずか12しかない状況です。当時のそのままの城の姿を残しているのは、残念ながら日本には一つとしてありません。現地に行って見られるのは石垣であったり、一部の櫓や堀だけですが、どうしてこれほどみんなが城を愛してくれるのだろうか。実はみんながはっきりと意識していなくても、城には途轍もないエネルギーとスピリットが込められていて、それを体感できるからだと納得したのです。これからこの地域に、新しい時代をつくっていくという、まさに国づくりの原点になっているのが城なのです。その思いを城から感じているのだと思います。城はまさに清正が藤九郎たちと真剣勝負で造ったように、失敗したら切腹するという死ぬ覚で造られました。私たちの時代で考えてみると、目下の情勢では新型コロナの影響など、平穏な日が明日も明後日も続くとは信じられず、非常に厳しい時代に生きざるをえない状況となっています。そこに城が放つ凛とした厳しさというのか、厳しいなかで最善を求めて築かれた城が私たちの心に響くからこそ、今、城が人気なのだと思います。たまたまではなく、そういう必然があっての人気なのでしょう。本作を通じて、櫓や天守や堀を築いた多くの技術者の思いが結晶し城ができていると実感して見てくださると、ただ地域にある文化財の一つということではなく、城がそれぞれの地域にとってかけがえのない歴史的な場所であり、自分たちがこれからどういう時代にいきるのかを改めて考える充実した場所になると思います。だからこそ『もっこすの城 熊本築城始末』を多くの人に読んでいただきたいなと思っています。


伊東:現在行われている熊本城の修復作業というのは、これからの日本の将来を占うものだと私は思っております。この偉大な文化遺産が、いかに修復されていくかは、日本が再生していく道標になるような気がしてなりません。修復が進むにつれ、日本人の誰もが鼓舞され、製造立国という日本本来の姿に回帰できるのではないかと、私は思っています。

 熊本城の修復は、2039年までという遠大な計画ですが、日本の技術を結集すれば必ず成功すると思います。私は小説家なので、技術的なことまでは言及できませんが、本作で築城に携わった人々のスピリットを伝えていくことはできると思います。

 小説は架空の物語です。しかし本作を読んだ皆様が、それぞれが直面する何かに立ち向かう勇気を持っていただければ、作者冥利に尽きます。

伊東潤『もっこすの城 熊本築城始末』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000295/


伊東 潤(いとう・じゅん)

1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。外資系企業に長らく勤務後、文筆業に転じる。『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞、『黒南風の海―加藤清正「文禄・慶弔の役」異聞』で第1回本屋が選ぶ時代小説大賞、『義烈千秋 天狗党西へ』で歴史時代作家クラブ賞(作品賞)、『巨鯨の海』で山田風太郎賞と第1回高校生直木賞、『峠越え』で第20回中山義秀文学賞を受賞。『城を噛ませた男』『国を蹴った男』『巨鯨の海』『王になろうとした男』『天下人の茶』で5度、直木賞候補に。

千田 嘉博(せんだ・よしひろ)

1963年、愛知県生まれ。城郭考古学者・大阪大学博士(文学)。名古屋市見晴台考古資料館学芸員、国立歴史民俗博物館助教授などを経て、奈良大学教授。文化財石垣保存技術協議会評議員、特別史跡熊本城跡文化財修復委員会委員。2015年に城郭の考古学的研究を確立したとして、第28回濱田青陵賞を受賞。2016年にNHK大河ドラマ「真田丸」の真田丸城郭考証を務めた。

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