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特集

芦沢央『僕の神さま』『汚れた手をそこで拭かない』2か月連続刊行! 勝手に担当編集緊急招集ビブリオバトル!

芦沢央さんの新刊『僕の神さま』(KADOKAWA)と『汚れた手をそこで拭かない』(文藝春秋)が8月9月と2か月連続で刊行されます。全く違う作風ながら、発売前から芦沢さんの最高傑作との呼び声も高い両作。そこで今回、2作の担当編集者が勝手にビブリオバトルを開催しました。一番面白いのは、私の担当作だ!

ビブリオバトル登壇者紹介

T:『僕の神さま』連載・単行本の担当。家で快適に本を読むため「ヨギボー」を購入したが、部屋が圧迫されかえって本が読みづらくなってしまった。
R:『汚れた手をそこで拭かない』単行本の担当。深夜に親子丼を食べながら書店さんからの感想をニヤニヤしながら眺めるのが最近の楽しみ。

ボールの投げ方の全く違う2作

T 今回は、『僕の神さま』が8月、『汚れた手をそこで拭かない』が9月と2か月連続で刊行されるということで、それであればどっちがより面白いのか決めようじゃないか!という話になり、ビブリオバトル開催の運びとなりました。

R バチバチ感満載でいきましょう!

T 絶対勝つぞ! それでは早速ですが、『僕の神さま』の紹介から。『僕の神さま』は小学校を舞台として、その推理力から「神さま」と呼ばれている水谷くんと、友人の僕が、様々な謎を解いていく連作短編集です。小学生が主人公の探偵ものというと、ほのぼのした物語なのかな、と思われるかもしれませんが、さすがは芦沢さん、2話目からは読者の予想を裏切り、どんどん不穏な方向に物語が進んでいきます。書影や帯に漂う不穏さも、読んでいただければ納得かと。


書影

芦沢央『僕の神さま』(KADOKAWA)


R 帯の「第一話で読むのをやめればよかった」。読んでみて、つくづくその通りで、後悔しましたよ(笑)。

T 嬉しい! 装丁もどこか怖さが漂っていますよね。

R 一見可愛らしい少年たちが、切実なものを抱えていることがカバーからも伝わってきて。読んでみたら、想像以上にいろいろ抱えていた(笑)。

T その相談に乗って、一緒に解決しようとする水谷くん、すごすぎる!とゲラを読みながらずっと思っていました。しかし、抱えているものの重さで言えば『汚れた手をそこで拭かない』の登場人物たちもすごいですよね。

R そうなんですよ! 『汚れた手をそこで拭かない』は、ミステリ5編を収録した独立短編集です。登場人物は、ただ平穏に夏休みを終えたいだけの小学校の先生や、認知症の妻を傷つけることを恐れる夫、元不倫相手を見返したい料理研究家など、ささやかな秘密を抱える普通の人たちで。けれど、彼らが見て見ぬふりをしてきたもの、なかったことにしてきたことがいつしか「返ってくる」のがとっても怖いんです。「あ、それ私も見なかったことにするわ……」というリアルさ。

T 入口はどれも、本当にささやかで、どれも身に覚えがあるような感情なんですが、それがどんどん取り返しのつかないことになっていく……まさに芦沢作品の真骨頂のような作品集だ!と初めて読んだときに思いました。


書影

芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』(文藝春秋)


R 2作でボールの投げ方が全然違いますよね。『汚れた手をそこで拭かない』は、いままでの芦沢作品だと、『火のないところに煙は』がお好きな方にオススメだなと思います。

T 確かに! ミステリ短編集ですけど、この作品、“怖い”んですよね。

R 『汚れた手をそこで拭かない』は読んだ方みんな、もう口々に「怖い、怖い」と仰るのですが(笑)、極悪人が登場するわけでも、猟奇犯罪が起きるわけでもなくって。本当にこわいのは人間のちょっとした弱さや心の隙間なんだな、というどうしようもない真実を突きつける作品だと思います。『僕の神さま』は何だろう。意識された作品はありますか?

T 作品のテーマ的には『今だけのあの子』が近いと思うんですが、個人的にはこの作品の中で描かれる切実さって『貘の耳たぶ』にも通じるところがあるのでは……とも思っています。

「神さま」水谷くんはこうして生まれた

T 『汚れた手をそこで拭かない』、どの作品も力作ぞろいでしたが、Rさんはどの作品が一押しですか?

R 芦沢さんにはずっと、静謐な切迫感をたたえた「ミモザ」が好き、とお伝えしてきたのですが、改めて読み返したときに唸らされたのは「お蔵入り」です。文章が研ぎ澄まされていて、一切の無駄がない。「自分の中に、暴力の「語彙」がない」という一文には、思わず感嘆の声が出ました(どんな場面なのかは、ぜひ読んでみてお楽しみください!)。

T 「ミモザ」は、私も非常に印象的だったんですが、本当にちょっとした隙や、意識しないうちに侮っていたものに足をすくわれる話なんですよね。そしてラストは、そことは違う恐怖にもう一段叩き落されるという。「お蔵入り」もすごい作品でしたね。冒頭の一文、好きでした。「初めて見たときから、死体が似合いそうな森だと思っていた。」ってなかなかすごい一文ですよね。いきなりぞくりとする。

R 初めて長編を撮影する映画監督が、自身の作品に手ごたえを感じるシーンから始まるのですが、その「手ごたえ」が後半に思わぬ方向に転がるんですよね。それを暗示するかのような一文で。

T この手ごたえがどう転がるのか、というところを是非読んでいただきたいですね。
一方『僕の神さま』は、『汚れた手をそこで拭かない』とはまったく読み心地の違う本で、読み始めたら、入口と出口でこの本に対してまったく印象が変わってしまうのでは、と思います。いわゆる「どんでん返し」ではないけれど、最後まで読み終えると、もう一度読み返したくなること間違いなし! かつ、きっと二度目は一度目と全く違う印象で読み進めることができるのではと。

R ある種のビルディングストーリーとしても楽しめました。「神さま」の水谷くんは、どうやって生まれたんですか?

T 水谷くんがはじめて登場した話は、実はこの本には載っていない「水谷くんに解けない謎」(双葉社「小説推理」2016年11月号)という短編なんです。水谷くんは名探偵なんですが、「あること」を気にしていなかったがゆえに、彼だけ謎が解けないという。

R たしかに、水谷くんって自意識とか、他人の目からちょっと自由なところがあって、そこが面白いですよね。

T そんな短編が出発点となり、次に「春」の章の元となる物語があり、そこから、この水谷くんの物語をもっと読みたいです、というご相談をして。しかしその後、全体のギミックと、夏の章をどうするかが芦沢さんの中でなかなか決まらず、実は途中でご執筆がしばらくストップしていたんです。その突破口となったのは雑誌「怪と幽」に掲載された「冬」の短編でした。その号は「子どもと怪談」がテーマだったのですが、このテーマを見たときに子どもで水谷くん、怪談で『火のないところに煙は』がパッと思い浮かび、芦沢さんに「ぜひご寄稿いただけませんか」とご相談してみたところ、『僕の神さま』の肝ともいえるアイデアをご提案くださり、その後およそ1か月でほぼほぼ今の小説のお原稿を書き上げてくださって……という感じで。改めて芦沢さんの発想の引き出しの多さとそこからの勢いのすごさを感じました。

R それは編集としてはたまらないですね。核となるアイデアを思いつかれてからの芦沢さんは、本当にすごい! 『汚れた手をそこで拭かない』でも、今年執筆された3編(「お蔵入り」「ミモザ」「忘却」)は猛烈な集中力で生み出してくださった作品です。実は、当初は別の単行本未収録短編を入れる予定だったのですが、芦沢さんが「この短編集にどうしても入れたいアイデアが浮かんだ」と仰って。そうして生まれたのが書き下ろしの「忘却」です。結果、短編集として見たときに、登場人物の年齢や彼らの抱えている課題がそれぞれ絶妙に分散していて、バランスの良いものになったと思います。何より、「忘却」がいちばん好き、という感想をいただくと、「頑張ってもらってよかったー!」と勝手に飛び跳ねたい気持ちになります。

『汚れた手をそこで拭かない』の短編集としてのすごみ

T 今回『汚れた手をそこで拭かない』に収録されている5作品が、どれも遜色ない力作であることにとてもびっくりしています。というのも、短編集に収録されている個々の作品って、好みによっても好き嫌いが分かれるのが普通だと思うのですが、この作品集は、どの作品の登場人物たちも、あまりに身近で、ふっと半歩踏み外したら自分もそうなってしまいそうで、好みを超越したすごみとリアリティがあるな、と。さぞかし練り上げて時間をかけて考えられたんだろうな、と思っていたので、数か月という短い時間でこれだけの作品を描きあげられたと伺い、重ねてびっくり。

R いやあ、嬉しい感想です! 一方私は、今回『僕の神さま』を拝読して、ミステリとしての読み心地もさることながら、少年たちの繊細な心の動きに惹かれました。周囲からの期待と自己認識とのギャップに気付き始める年ごろの葛藤が見事だなあと。日々の積み重ねが彼らを大人にしていく――その集大成として最後の「僕」の決断があったと考えると、なんとも切なくなってしまいました。その切なさを胸にひめたまま、すぐに2周目を読み始めたくなる、そんな作品でした。

T 最後の決断、とっても切ないですよね。でもそうやって決断を重ね、選び取っていくことで大人になっていくんだよ、という芦沢さんのメッセージもそこに感じ取れて、グッと来てしまいました。

R いいですねえ。Tさんが思う、芦沢さんの作品の魅力って、どこでしょう?

T やっぱり、普通の人のことを徹底的に理解して描かれているところでしょうか。主人公がどんな立場であっても、その生活や、感じていることに誰もが共感してしまうからこそ、その人が一歩道を踏み外してしまうことが恐ろしく、惹きつけられる。それこそが芦沢作品の肝であり、魅力であると思います。『僕の神さま』を例にとっても、水谷くんみたいな同級生も、僕も、黒岩君も、小学校時代に絶対にいたし、そのリアリティに下支えされて、この物語の説得感が増しているんだと思うんですよね。『汚れた手をそこで拭かない』にも共通する目線ですが。Rさんの思われる芦沢さんの作品の魅力は、いかがでしょうか?

R 描写力のキレが、圧倒的なものがありますよね。特に身体感覚の表現は絶品だと思います。まだ何も起きてはいないのに、たしかに何か不穏なものが近づいている「予感」を感じるときのぞくぞくした感じを、ここまで生々しく伝えられるのは芦沢さんの表現力のなせる技だなあと。静かなシーンであればあるほどすごみが増す、それが芦沢作品の唯一無二の存在感だと思っています。

T たしかに……なにか出来事が起きているわけではないけれど、心の内側でさざめいて、増幅しているものこそが恐ろしく、すごみがありますよね。

R まさしくそうなんです。いやあ、話せば話すほど、本当に2作品ともいいですね(笑)。

T 『僕の神さま』をゴリ押しするつもりで来たんですが、『汚れた手をそこで拭かない』も素晴らしくて、勝敗がつけられませんね。

R お互い楽しく感想を語ってしまいました。これは両方みなさんに読んでいただいて決めてもらうしかない(笑)。 どちらから読んでも楽しめると思います。

T なるほどその手が(笑)! 2作品とも違った面白さがあり、今の芦沢さんの最高傑作だと確信しているので、ぜひ両方読んでいただきたいですね。

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