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レビュー

芦沢央が贈る痛快ミステリ。無関係の4つの事件が劇場を軸に絡まり合い、鮮やかに繋がってゆく『バック・ステージ』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:なる ゆたか / 劇作家・演出家)


 映画や演劇には、「バックステージもの」と呼ばれるジャンルがある。
 それは映画や演劇を作る側、すなわちキャストやスタッフを描いた作品群で、昔から人気が高く、たくさんの名作が作られてきた。有名なのは『雨に唄えば』『バンド・ワゴン』『恋におちたシェイクスピア』、近年ならば『アーティスト』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『ラ・ラ・ランド』あたりだろうか。
 本書ももちろん、「バックステージもの」の一つ。七つの章から成るが、一つ目が「序幕」、二つ目が「第一幕」というふうに銘打たれて、全体が一本の芝居のような形式になっている。さらに、小品の「カーテン・コール」までついている。
 七つの章の主人公はバラバラだが、第一幕を除くすべての章に登場するのが、中野大劇場ホールで上演されている、嶋田ソウ演出の芝居。この芝居の周辺で起きた七つの出来事が本書、バック・ステージというわけだ。
 私が本書の解説に指名されたのは、演劇を作る側の人間だからだろう。バックステージの住人から見た、小説『バック・ステージ』、じっくり語らせてもらおうと思う。
 が、その前に説明しておきたいのだが、私はもともとあしざわようさんのファンで、指名を受けるまでに、本書を含めて七作を読んでいた。指名を受けて、慌てて未読だった『悪いものが、来ませんように』と『火のないところに煙は』を読み、『今だけのあの子』と『バック・ステージ』を再読した。
 芦沢さんの書く小説の主人公は、いつも不安を胸に抱えていて、悩み苦しみながら生きている。原因は様々だが、どの主人公もその不安を他人に責任転嫁したり、飲酒や過食などの快楽に逃避したりしない。歯を食いしばって、耐え続ける。
 芦沢さんはある対談の中で、「生きづらさに向かい合いたい、寄り添いたいというのが私のモチベーションです」と語っている。
 この「生きづらさ」というのは、実に厄介な問題だ。いっそのこと、死病にかかったとか、勤め先が倒産したとか、はっきりした理由があれば、自分は不幸だと言える。が、自分の思い通りに生きられないとか、他人とうまくコミュニケーションが取れないとか、そんなあいまいな理由では、文句は言えない。不安を胸に抱えたまま、生きるしかない。
 現代には、不幸の一歩手前の不安がまんえんしている。誰もが不安を抱えているからこそ、芦沢さんの小説にフッと感情移入してしまう。主人公の不安を、自分の不安のように感じてしまう。そして読み終わった後、自分の心が少しだけ軽くなったことに気付く。今回、四作を読んで、私自身もそう感じた。それはまるで魔法のようだった。
 以下、章ごとに解説していく。
「序幕」は、上司の不正の証拠をつかもうとする先輩OL・康子と、それに無理矢理付き合わされる後輩・松尾の物語。
 オフィスの場面から始まり、芝居とは何の関係もないのかと思いきや、後半で主人公たち二人は中野大劇場ホールに辿たどり着く。この中野大劇場ホールという劇場は、実際には存在しない。なかのZEROの大ホールがモデルかと思われる。私も一度だけ使ったことがあるので、ちょっと懐かしかった。
「第一幕 息子の親友」は、内気な小学生・浩輝の母親・望が、息子に対して感じる不安を描く。まさに芦沢さんらしい小説で、私も二児の父親なので、感情移入せずにはいられなかった。だからこそ、浩輝の健やかさが胸に染みた。
 この章には芝居は全く出てこないが、登場人物の一人が後の章で登場する。カメオ出演という感じで、おもしろかった。
第二幕 始まるまで、あと五分」は、中野大劇場ホールの入口が舞台。チケットを二枚持つ大学生・奥田が、中学時代の同学年・伊藤を待っている。
 これは非常に質の高いミステリーで、悔しいが、私はまんまとだまされた。が、同時によくできたラブストーリーでもあるため、騙されたからこそ、ラストで感動することができた。中学で同学年だった女の子が、同窓会で見違えるほどの美人になっていた、という経験が私にもある。奥田のラノベ好きという設定もおもしろかった。
「幕間」は「序幕」の続き。ここでいよいよ嶋田ソウ本人が登場する。康子は開場中の劇場内に侵入するため、嶋田に噓をつく。康子はOLのかたわら、小劇団で女優をやっていて、本人いわく、天才になりたかった偽物。トランス状態に入ったフリをして、アドリブを飛ばすらしい。こういう役者は最近あまり見かけなくなったが、演出家からすると本当に迷惑な存在なので、売れないのは当然。しかし、協調性さえ学べば、大きく伸びる可能性があるため、今後が期待できる。康子の成長が楽しみだ。
「第三幕 舞台裏の覚悟」は、嶋田ソウの芝居に出演する俳優・川合春真が、「シーン32には出るな」という脅迫状を受け取る物語。正真正銘のバックステージもので、舞台俳優の心理を描く。
 川合春真はれ場が下手で、演出家の嶋田ソウから「相手役の女優と寝ろ」としつせきされる。嶋田のモデルは、故・にながわゆきさんだろうか。ひでさんときたむらそうさんの合体とも考えられるが、今時こんな暴言を吐く演出家はいない。だからダメだと言うのではない。そんな時代だからこそ、嶋田の天才ぶりが際立ち、おもしろいと思った。
「第四幕 千賀稚子にはかなわない」は、嶋田ソウの芝居に出演する女優・千賀稚子と、マネージャー・信田篤子の物語。
 千賀稚子のモデルは、故・りんさんだろうか。名前だけなら、劇団「猫のホテル」の主宰者のまささんによく似ているが。老齢になった役者の一番の問題は、セリフが覚えられなくなること。私は認知症の役者に会ったことはないが、映像ならともかく、舞台に出演するのはとても難しいだろう。稚子のために奮闘する篤子を、思わず応援したくなった。
 小説なのだから、実際にはほとんどいないと思われる「暴言を吐く演出家」「認知症の女優」が登場していい。その方がおもしろい。しかも、「もしいたら」という仮定が、きわめてリアルに小説化されている。演劇を職業とする僕が見ても、「もしいたら、当然こうなるだろうな」と納得できる。全く文句のないリアリティだ。
「終幕」は「幕間」の続き。事件が見事に解決すると同時に、主人公たち二人の未来を感じさせるラストがすばらしい。上司の不正を暴こうとする二人は、会社という舞台のバックステージで悪戦苦闘しているとも言える。だからこそ、このラストも、二人のその後を描いた「カーテン・コール」も、明るくてうれしかった。芝居のカーテンコールはすべての照明がいて、ステージは最高の明るさになるのだ。

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