文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:
映画や演劇には、「バックステージもの」と呼ばれるジャンルがある。
それは映画や演劇を作る側、すなわちキャストやスタッフを描いた作品群で、昔から人気が高く、たくさんの名作が作られてきた。有名なのは『雨に唄えば』『バンド・ワゴン』『恋におちたシェイクスピア』、近年ならば『アーティスト』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『ラ・ラ・ランド』あたりだろうか。
本書ももちろん、「バックステージもの」の一つ。七つの章から成るが、一つ目が「序幕」、二つ目が「第一幕」というふうに銘打たれて、全体が一本の芝居のような形式になっている。さらに、小品の「カーテン・コール」までついている。
七つの章の主人公はバラバラだが、第一幕を除くすべての章に登場するのが、中野大劇場ホールで上演されている、嶋田ソウ演出の芝居。この芝居の周辺で起きた七つの出来事が本書、『バック・ステージ』というわけだ。
私が本書の解説に指名されたのは、演劇を作る側の人間だからだろう。バックステージの住人から見た、小説『バック・ステージ』、じっくり語らせてもらおうと思う。
が、その前に説明しておきたいのだが、私はもともと
芦沢さんの書く小説の主人公は、いつも不安を胸に抱えていて、悩み苦しみながら生きている。原因は様々だが、どの主人公もその不安を他人に責任転嫁したり、飲酒や過食などの快楽に逃避したりしない。歯を食いしばって、耐え続ける。
芦沢さんはある対談の中で、「生きづらさに向かい合いたい、寄り添いたいというのが私のモチベーションです」と語っている。
この「生きづらさ」というのは、実に厄介な問題だ。いっそのこと、死病に
現代には、不幸の一歩手前の不安が
以下、章ごとに解説していく。
「序幕」は、上司の不正の証拠を
オフィスの場面から始まり、芝居とは何の関係もないのかと思いきや、後半で主人公たち二人は中野大劇場ホールに
「第一幕 息子の親友」は、内気な小学生・浩輝の母親・望が、息子に対して感じる不安を描く。まさに芦沢さんらしい小説で、私も二児の父親なので、感情移入せずにはいられなかった。だからこそ、浩輝の健やかさが胸に染みた。
この章には芝居は全く出てこないが、登場人物の一人が後の章で登場する。カメオ出演という感じで、おもしろかった。
「第二幕 始まるまで、あと五分」は、中野大劇場ホールの入口が舞台。チケットを二枚持つ大学生・奥田が、中学時代の同学年・伊藤を待っている。
これは非常に質の高いミステリーで、悔しいが、私はまんまと
「幕間」は「序幕」の続き。ここでいよいよ嶋田ソウ本人が登場する。康子は開場中の劇場内に侵入するため、嶋田に噓をつく。康子はOLのかたわら、小劇団で女優をやっていて、本人いわく、天才になりたかった偽物。トランス状態に入ったフリをして、アドリブを飛ばすらしい。こういう役者は最近あまり見かけなくなったが、演出家からすると本当に迷惑な存在なので、売れないのは当然。しかし、協調性さえ学べば、大きく伸びる可能性があるため、今後が期待できる。康子の成長が楽しみだ。
「第三幕 舞台裏の覚悟」は、嶋田ソウの芝居に出演する俳優・川合春真が、「シーン32には出るな」という脅迫状を受け取る物語。正真正銘のバックステージもので、舞台俳優の心理を描く。
川合春真は
「第四幕 千賀稚子にはかなわない」は、嶋田ソウの芝居に出演する女優・千賀稚子と、マネージャー・信田篤子の物語。
千賀稚子のモデルは、故・
小説なのだから、実際にはほとんどいないと思われる「暴言を吐く演出家」「認知症の女優」が登場していい。その方がおもしろい。しかも、「もしいたら」という仮定が、きわめてリアルに小説化されている。演劇を職業とする僕が見ても、「もしいたら、当然こうなるだろうな」と納得できる。全く文句のないリアリティだ。
「終幕」は「幕間」の続き。事件が見事に解決すると同時に、主人公たち二人の未来を感じさせるラストがすばらしい。上司の不正を暴こうとする二人は、会社という舞台のバックステージで悪戦苦闘しているとも言える。だからこそ、このラストも、二人のその後を描いた「カーテン・コール」も、明るくてうれしかった。芝居のカーテンコールはすべての照明が
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