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特集

あなたも絶対に心を摑まれる! ミステリ作家・芦沢央がおすすめする「二人の関係性」にハマる作品5選

取材・文:タカザワ ケンジ 

「神さま」と呼ばれるほどの推理力をもつ小学生の水谷くんと、彼をどこまでも信奉する同級生の僕。『僕の神さま』のキーともなるこの2人の関係性を、著者の芦沢央さんは「ホームズ」と「ホームズに『出会ってしまった』ワトソン」だと言います。僕が水谷くんに出会ったことは果たして幸せだったのか、それとも……。どちらにしても、その切なさに心を掴まれること間違いなし!今回は本作の著者の芦沢央さんに「ふたりの関係性」が魅力的で、思わず心を掴まれる作品を紹介していただきました。

『僕の神さま』とは?


書影

芦沢央『僕の神さま』(KADOKAWA)


僕たちは何かトラブルが起きると、同級生の水谷くんに相談する。例えば友だちから意地悪されたら、運動会で出たくない競技があったら、弟が迷子になっても……。学校中のみんなから頼りにされる名探偵。彼が導き出す答えに決して間違いはない。だって水谷くんは「神さま」だから。夏休み直前、僕と水谷君は同じクラスの川上さんからある相談を受ける、その内容は意外なものだった……。小学生の日常で起きた「悲劇」、そしてラストで変化する「僕」と「水谷くん」の関係性に胸を揺さぶられる、切なく残酷な連作ミステリー作品です。


――「ふたりの関係性が魅力的な小説」というお題でお話をうかがいます。1冊目は何でしょう?


芦沢:最初に思いついたのが『クリスマスに少女は還る』でした。グウェンとサディーというふたりの少女が誘拐され、監禁されるのですが、そのふたりの関係性がとても印象的で、まずこれ確定、と。


クリスマスに少女は還る

『クリスマスに少女は還る』
キャロル・オコンネル 著、 務台夏子訳  創元推理文庫


――グウェンとサディーは10歳。ふたりは親友ですが、性格は対照的で、サディーはいたずら好きで活発、グウェンは箱入り娘です。


芦沢:少女たちは監禁場所で身を寄せ合ってすごすのですが、グウェンは怪我をしていてだんだん弱ってくる。サディーは1人で逃げられる元気があるのに逃げようとしない。

 グウェンはサディーに「あたしのことは気にしないで」と1人で逃げることをすすめるんですが、心の声は「あたしを置いていかないで」。サディーはこう答えます。「あたしにあんたを置いていけるわけがないでしょう?」。しびれましたね。この場面で完全に虜になりました。分厚い小説ですが、絶対に読んで損はありません。


――次は『なめらかな世界と、その敵』。SFですね。


芦沢:著者の伴名練さんはSFを土台にエモーショナルな関係性を書くのがとても上手い方で、収録作はどれも大好き。関係性という点でも語りたい作品ばかりなんですが、「ホーリーアイアンメイデン」の鞠奈と琴枝の関係がとくに心に残りましたね。


なめらかな世界と、その敵

『なめらかな世界と、その敵』
伴名 練著 早川書房


――琴枝が姉の鞠奈に宛てた手紙だけで構成されている書簡体小説です。


芦沢:表面に出てくる言葉は姉への怒りと憎しみ。「私は、姉様と二度と面と向かい合わずに済む、それだけで心底、安らかな気持ちです」のように。でも、裏には一貫して姉への思慕、愛情がある。姉が持つ能力を使うことについて、姉様やめて、という悲痛な声が聞こえてくるんです。


――妹から姉への一方向のみの手紙で、しかもすでに妹は亡くなっている。かなり特殊な書簡体小説です。


芦沢:書簡形式って、ワンパターンになりかねなかったりするので、退屈にならないようにするのが難しいと思うんです。この作品の場合、これがいつ読まれるのか、もしかしたら読まれないかもしれない、ということも含めて意味があるんですよね。


――森絵都さんの短篇集『風に舞いあがるビニールシート』。その人にとって大切なものをめぐる作品集です。


芦沢:好きすぎてもう何十回も読んでます。とくに表題作の「風に舞いあがるビニールシート」は関係性という点で忘れられません。元妻と元夫という、すごく微妙な関係性だからこそ生まれるドラマが見事に描かれています。


風に舞いあがるビニールシート

『風に舞いあがるビニールシート』
森 絵都著 文春文庫


――主人公の里佳は投資銀行から国連難民高等弁務官事務所に転職し、エドと知り合って結婚します。しかしエドは世界中の難民キャンプを飛び回っていて、すれ違いの生活が続き、最終的に離婚してしまう。そのエドが亡くなったところから物語が始まります。


芦沢:エドが亡くなったことを知ったときに、自分には悲しむことも許されないという感情を、こんなふうに表現しているんですよ。「愛しぬくこともできなかったのにと、ともすれば涙に溺れそうになる自分を自分の心がとがめるのだ」。一文一文が味わい深いんです。

 離婚することを決めたふたりがともにすごす最後の晩の場面も大好きです。ワニの人形を握って眠っているエドの手から、里佳がそっとワニを引き抜いて、自分の手を握らせる。朝、エドの一言に、里佳が出会って以来の幸せを感じて泣く場面は、何度読んでも感極まりますね。

 私にとって、ふたりの関係って、ずっと同じまま続くことがいいんだろうか、と考える契機になった作品です。ずっとつながっていくことだけがいい関係じゃなくて、この一瞬だけ輝くものがある関係性も素敵なんじゃないか、と。


――小野不由美さんの「十二国記」シリーズからは、Episode 0『魔性の子』を挙げていらっしゃいます。芦沢さんは「十二国記」の大ファンだそうですね。


魔性の子

『魔性の子』
小野不由美著 新潮文庫


芦沢:「十二国記」はどの作品も好きで何回も何回も読んでいます。どれを選ぼうか迷ったんですが、ふたりの関係性というところに絞ると『魔性の子』の高里と広瀬の関係がすごく胸に残っています。

 実は『魔性の子』が最初に読んだ『十二国記』で、何も知らずにジャパニーズ・ホラーかなと思いながら読みはじめたんです。周囲から特異な能力を持っていると思われる高里という男子高校生と、彼の味方になる広瀬という教育実習生の先生の関係が軸になって、物語が展開します。

 広瀬は高里を守る心強い味方なんですが、だんだんとそののめり方に危うさが出てくる。広瀬が高里に執着していく理由がはっきりした瞬間に、当時、高校生だった私はしびれたんですよ。読書好きの子どもって誰でも自分はここにいる人間ではないと感じたりすることがあると思うんです。自分のなかにもそういう部分があることをバーン! って突きつけられた気がしましたね。


――最後は小説ではなく映画を選ばれていますね。SF映画の『ガタカ』です。


芦沢:せっかくWebで掲載されるなら、映像作品も混ぜたほうが幅広く読者に喜んでもらえるかな、と。映画だったら、と思ったらすぐに『ガタカ』が思い浮かびました。


――洗練された映像とファッション、美術がいま見てもかっこいい。名作ですね。


芦沢:生まれる前に遺伝情報を操作して理想の子どもが生まれるようになった未来が舞台。自然受精で生まれたけれど、遺伝子的に劣っている「不適正者」とされたビンセントが、「適正者」だけれど事故で脚が不自由になったジェロームから血液や尿の提供を受けて適正者になりすまし、宇宙飛行士になる夢を叶えようとします。

 このふたりの関係性がいいんです。不適正者として差別を受けてきたビンセントと、水泳で金メダルをとれるような遺伝子を持つ適性者なのに銀メダルしかとれなかったジェローム。最初はたんに金銭を介した利害関係でしたが、やがてそれだけではなくなっていく。特殊なシチュエーションならではの関係性が丁寧に描かれていて、こういう世界に生きていない私たちにも考えるきっかけを与えてくれます。


ガタカ

『ガタカ』
デジタル配信中
Blu-ray 2,381円(税別)/DVD 1,410円(税別)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント


――ここまで芦沢さんおすすめの「ふたりの関係性が魅力的・印象的な小説・映画」をうかがってきましたが、新刊の『僕の神さま』は小学五年生の「神さま」こと水谷くんと、語り手である同級生の「僕」の関係が重要な役割を果たしています。このふたりはどのように生まれたのでしょうか。


芦沢:「水谷くんに解けない謎」という2000字ほどの短いミステリを書いたのがきっかけでした。ホームズ的な推理力がある子どもが解けない謎を書きたいと思って、何でもわかっちゃう水谷くんが、バレンタインデーを知らなかったばかりに謎が解けなかったという(笑)。


芦沢:名探偵の落とし穴ですね(笑)。その作品が水谷くんの初登場。


芦沢:ええ。書いてみたら水谷くんが予想外に気に入ってしまって、また書きたいなと思って書いたのが『僕の神さま』の最初に入っている「春の作り方」です。このときも単発のつもりだったんですが、ラストのはまり方が気に入ったこともあって、もっと書きたくなったんです。


――それが二話目の「夏の『自由』研究」ですね。


芦沢:はい。子どもが依存症の大人にやめるしかないようなシチュエーションをつくろうとする話です。


――子どもたちの力でどうにかできる問題なのか、大人の読者として悩ましい気持ちで読みました。しかも幕切れが切なくて。


芦沢:ありがとうございます。でも、このあとなかなか書けなくなってしまったんです。彼らが背負っているものの重さに悩んでしまって。もう続きは書けないかも、と思ったくらいなんですよ。


――解決の糸口はどこにあったんですか。


芦沢:雑誌「怪と幽」で子どもに読ませたい怖い本の特集に短篇を書いてほしいという依頼があって、子ども、怖い本……水谷くんだ! と(笑)。ぱーっと冬のアイディアが浮かんだんですね。春・夏と来て秋よりも先に冬の話が思いついたんです。

 短篇だけ読めばホラー。でも、連作として読むと、「僕」が何かに気づいているのがわかって、エピローグが見えてきました。


――三話目は「作戦会議は秋の秘密」。運動会の騎馬戦でどう戦えば勝てるのか。ちょっとホッとさせてくれるお話です。


芦沢:夏から冬への橋渡し的な意味と、夏と冬の話が重いので、ここは動きのある話にしようと思いました。一話と三話はほっこり目なんです。


――エピローグでは、水谷くんと「僕」との関係性がある変化を起こします。今日のインタビューのテーマでもありますが、このふたりの関係についてはどうお考えでしょうか。


芦沢:水谷くんが名探偵で「僕」が助手という関係はシャーロック・ホームズとワトソンの関係に似ています。でも、「僕」は、ホームズに「出会ってしまった」ワトソンなんですよ。

 ホームズとワトソンの関係は決して揺らいだりすることがない。揺らぐのは彼らが解決する事件の関係者なんですよね。でも、ホームズのような強烈な人間に出会うことは恐ろしいことでもあるように思うんです。自分の世界観、価値観を揺さぶられることでもあるから。

 とはいえ、「出会ってしまった」というと不幸なことのように思えるんですけど、私は揺さぶられることを肯定的にとらえたい。変化していくことに希望があると思っているからです。


――関係性は変わっていっていいんだ、と。しかしそこには「痛み」がつきまといますね。


芦沢:『僕の神さま』のエピローグは、人によっては「厳しい」ととらえる方もいるかも知れません。でも、私はハッピーエンドなんじゃないかと思っています。

 人間は成長し、変化していく過程で別離を迎えます。今日、挙げさせていただいた5つの作品に描かれている関係性も、不変のものではなく、変化していくなかで、一瞬の輝きを放っています。私はそこにぐっと来るんですよ。みなさんにも、その瞬間の感動を味わってほしいと思います。


書影

芦沢央『僕の神さま』(KADOKAWA)


芦沢央『僕の神さま』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000165/


芦沢 央(あしざわ・よう)

1984年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。17年『許されようとは思いません』が第38回吉川英治文学新人賞の、19年『火のないところに煙は』が本屋大賞、第32回山本周五郎賞の候補になった。他の著書に『悪いものが、来ませんように』『今だけのあの子』『いつかの人質』『雨利終活写真館』『貘の耳たぶ』『バック・ステージ』『カインは言わなかった』がある。

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