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特集

ネットが無い戦国時代の情報戦【伊東潤『家康謀殺』インタビュー】

撮影:福島 正大  取材・文:タカザワ ケンジ 

『武田家滅亡』で注目を集め、『巨鯨の海』『西郷の首』『真実の航跡』など、幅広い時代を題材に、臨場感たっぷりの歴史小説を書き続けてきた伊東潤さん。その原点と言えるのが戦国時代だ。
今回の短編集は桶狭間合戦から大坂の陣まで代表的な合戦を題材にその裏側にあったかもしれない骨太の人間ドラマを描き出している。
伊東さんにとっての歴史小説/戦国時代について伺いました。

雑説が飛び交う戦国時代

── : 『家康謀殺』は戦国時代を舞台にした短編集です。年代順に並んでいることもあり、天下取りをめざす権力者とその周辺の人たちの物語として連作的に読めますね。

伊東: 連作短編集を書く場合、テーマ、時代、舞台など普段はもっと縛りを強くするんですが、今回は戦国時代の合戦を舞台にした人間模様だけにし、自由に筆を振るいました。

── : 六作品読んでみて、浮かび上がったキーワードは雑説(情報)です。

伊東: 雑説に惑わされる人々というテーマは、書いているうちに浮かんできました。戦国時代には真偽定かならぬ情報が飛び交っていました。現代と違って情報を掴む手段も限られています。そこに錯綜する情報に翻弄される人たちの人間模様が浮かび上がってきます。

── : 噂話のようなものが多かったでしょうから、何を信じていいかわからない。戦国時代という裏切り、裏切られる日常が雑説から見えてきました。

伊東: 戦国時代の雑説をめぐる逸話として有名なのは、豊臣秀吉が本能寺の変の直後に行った「中国大返し」の時のものです。「信長様は生きている。家臣もみな元気だ」という惑説——惑わせる説、デマです——を流すことで味方を安心させると同時に、明智光秀に付こうとしていた者たちの不安をあおる。秀吉は情報を有効に使う名人ですね。

── : 最初の「雑説扱い難く候」はそのキーワードそのものがテーマの作品です。雑説をうまく使って出世した男と、すべてを失った男。対照的な二人が登場します。

伊東: 雑説によってのし上がった男が、雑説によって滅ぼされていく。雑説が有効だと知っているがゆえに、それを逆手に取られるという物語を書いてみたかったんです。

── : 桶狭間の合戦で信長がなぜ今川義元を奇襲できたかという裏話も描かれています。

伊東: 簗田やなだ広正ひろまさ信長公記しんちょうこうきなどでも桶狭間で大功を挙げたとされています。今川義元の動きを信長に知らせた人間がいなければピンポイントで桶狭間山を攻撃できるはずがないので、一次史料の裏付けはないにしても、地元の土豪の簗田広正が何らかの形で関与したのは間違いないでしょう。もちろん、その雑説の価値を認めた信長もたいしたものです。

── : 次は「上意に候」。主人公は豊臣秀次ひでつぐ。叔父の秀吉に翻弄された人生を描いています。秀次は秀吉の操り人形のように言われがちですが、書画骨董に「虚構の値打ち」をつくりだし、恩賞に代えようと考えたというエピソードが印象的です。

伊東: 実際、秀次には書画骨董の収集癖があり、刀剣にも造詣が深く、文化事業的なこともやっている。これまで伝えられてきた馬鹿殿ではないんです。「上意に候」で書きたかったのは、秀吉に押し付けられた役割を演じ続けなければならなかった秀次の悲劇です。

── : 秀次の原風景が描かれた場面が印象的です。また、秀吉が出世したことで親類縁者が被った悲惨でもありますね。

伊東: 戦国時代の女性の政略結婚は有名ですが、男性も秀次のように手駒として扱われました。秀吉には子がいないので手駒が少ないこともありますが、秀次はあちこちに養子入りさせられ、しまいに関白までやらされている。しかも秀吉に子供ができてしまい、自分の地位が不安定になる。秀次にしてみたら自分の人生は何だったんだということですよね。だから最後、腹を切ったというのはものすごい反発だったわけですよ。数年前に『関白秀次の切腹』(矢部健太郎著、KADOKAWA)という本が出たんですが、そこに書かれている解釈をベースに、独自の観点を付け加え、秀次の人生に迫ってみました。

(※「上意に候」全文公開→【伊東潤「上意に候」全文公開!①】秀吉の甥・豊臣秀次の悲運とは。最注目の合戦連作集『家康謀殺』より

── : 最初の二編は対照的な作品ですね。片やストーリーの意外性で読ませ、片や秀次の内面に迫っています。続く「秀吉の刺客」では雰囲気が変わり、鉄砲の名手を主人公に、海戦を描いたアクション小説です。

伊東: 謀略物と悲劇の後ですから、すかっとした夏空のようなアクション物がいいかなと。以前に『バトルオーシャン/海上決戦』という文禄・慶長の役を舞台にした韓国映画を観たのですが、僕ならもっと面白い話にできると思って書きました(笑)。

── : 短いながらもハリウッド映画的なダイナミズムがありますね。根来寺ねごろじで育ち鉄砲の名人になった玄照げんしょうが、秀吉に朝鮮軍の名将、舜臣スンシンの暗殺を命じられる。李舜臣の人間的魅力に触れて、玄照が揺れていく様子が読ませ所ですね。

伊東: 文禄・慶長の役では、数多くの悲劇が生まれました。その一つが降倭こうわです。日本人でありながら、様々な理由で朝鮮軍に降伏し、朝鮮軍のために働いた武士たちのことです。玄照は降倭に化けて朝鮮軍に潜り込むのですが、次第にそういう立場に堪えられなくなっていく。最後に意外な結末が待っていますが、そこはストーリーテリングの妙。それが作家として自分の強みだと思っているので、うまくそれが発揮できた一編だと思っています。

史実は外さず面白い物語を

── : 次は「陥穽かんせい」です。中国地方の覇者、毛利家家中の吉川きっかわ広家ひろいえが主人公。家康が仕掛けた誘いに翻弄される物語です。

伊東: これも僕の強みの歴史解釈力とストーリーテリング力が噛み合った作品ですね。関ヶ原合戦の最新の説を参考にし、独自の解釈を付け加えました。歴史小説というのは史実や定説を尊重しなければならないというのが、僕の持論です。そうした縛りの中でも読み始めたら止まらないほど面白いものを書いていくのが、プロの仕事だと思っています。

── : 最後まで読むと、ロジックがぴたりとはまったときの快感がありますね。

伊東: 結果がわかっていても、いかに面白く読ませるかが歴史小説の肝です。ではどんな面白さを盛り込むのか。そのためには最新学説を入念に検討し、綿密なプロットをつくることが肝心です。

── : 歴史小説は史実が前提になっていますが、創作との兼ね合いはどうお考えですか。

伊東: 歴史は、史実と定説と解釈の三段階に分かれています。史実は一次史料に記してあるもので、まず間違いのないもの。定説は権威ある先生が提唱している説で、確固たる裏付けがあるもの。解釈は史実を基にして独自に持論を述べたもの。これにもある程度の裏付け(状況証拠)が必要となります。この定義を確立した上で、自説を展開する余地があれば物語にして提示する。それが歴史小説だと思っています。もちろん歴史を調べていくと、物語展開上、都合の悪い情報も出てきます。それをよく吟味し、妥当性があれば、どんなにいいアイディアでも捨てるくらいの覚悟が必要だと思っています。僕は小説家ですから、あくまで面白い話を書きたい。でも史実のラインだけは守っていくつもりです。だから執筆前の勉強や下調べがたいへんなんですよ(笑)。

── : 読者としては、作者が歴史小説についてどう考えているかをはっきりさせてくれると、安心して読めますね。

伊東: 作家として、自分のポリシーを確立することはすごく重要ですね。僕の真骨頂はストーリーテリングにあると思っていますが、史実と定説は重視するようにしています。

小説と音楽のコラボ

── : 次は表題作の「家康謀殺」です。家康の輿こしを担ぐ輿丁よちょうの中に家康暗殺をもくろむ者がいる、というミステリです。

伊東: 短編集を出す際、少なくとも一編はミステリ・テイストのある作品を入れるようにしています。今回はこの「家康謀殺」ですね。

── : 主人公の吉蔵きちぞうも輿丁の一人。誰が暗殺者なのかをさぐるうち、戦国の世に翻弄された彼らの人生が見えてきます。

伊東: 歴史小説では、輿丁のような人たちは道具としてしか描かれません。そこで思い切って彼らを主人公にした物語を書いてみました。

── : 輿丁は歴史書に書かれない人たち。どんな人物を配置するのかは腕の見せ所ですね。舞師の天十郎てんじゅうろうという人物が出てきます。

伊東: この作品では、様々な前職を持つ人たちを描こうと思いました。そうした人たちにこそ、戦国の厳しさが浮き彫りにされているからです。天十郎は舞師という祝い事の時に舞を見せることで糧を得ていた人物です。しかし彼も戦国の荒波に翻弄され、輿丁になっています。実は、天十郎は実在の人物なんです。小田原北条氏に仕えて禄までもらい、何代にもわたって天十郎という名で舞を見せてきた家柄の末裔です。滅亡後の足跡は途絶えていますが、知っている人なら「あっ」と思う、歴史小説ならではのスパイスです。

── : 最後の一編は「大忠の男」。豊臣家滅亡を目前にして、秀頼のもとに最後まで残った速水はやみ守久もりひさが主人公です。ラストにふさわしい胸を打つ物語です。

伊東: 短編集の最後の一編は読後感がいいものを持っていきたいのが常ですが、たまたま理想的な作品を最後に配置できました(笑)。この一編では「真の忠義とは何か」を突き詰めようと思いました。果たして忠義とは主君の繁栄を支えることなのか、それとも創業者の大義に殉じることなのか。軽々しく「滅びの美」などとは言いたくありませんが、そこに説得力があれば、滅んだ方がよいこともあると思います。武骨で不器用にもかかわらず、秀吉にこよなく愛された武辺者・速水守久を通し、戦国時代の終焉を描くことができました。

── : たしかに! もう一編、電子版のみですが、ボーナストラックが収録されていますね。タイトルは「ルシファー・ストーン」。

伊東: 『戦国秘史 歴史小説アンソロジー』(角川文庫)のために書いた一編です。編集さんから、そのコンセプトを聞き、「思い切りぶっ飛んだものをお願いします」と言われて書いた作品です。ところがほかの作家さんたちは、さほどぶっ飛んでいなかったので、一人だけ浮いたものになってしまいました(笑)。その一編を改稿し、今回は電子書籍だけに収録してもらいました。その理由は、ほかの短編と少し趣向が異なっているからです。内容は、ヴァティカン内局に勤務する異端審問官がルシファー・ストーンという謎の石を探しに日本へ行くという伝奇ロマン小説です。山田風太郎兄貴を少し意識して書きました。

── : ロックバンドとのコラボ企画もあるそうですね。

伊東: ええ。金属恵比須きんぞくえびすという日本のプログレッシヴ・ロック・バンドが「ルシファー・ストーン」を題材にした曲をつくってくれました。僕のファンということで、以前にも『武田家滅亡』のサントラ的なアルバムをつくってもらったことがあるんです。どちらも僕が歌詞を書いています。KADOKAWAの公式YouTubeで発表されます。これからの時代、小説は小説の領域に収まっているだけではだめで、様々な領域に打って出なければならないと思っています。出版不況で籠城戦を続けていても活路は見出せません。攻勢を取ることで、勝機が出てきます。何事も孫子の「人を致して人に致されず」ですよ(笑)。

── : 曲を聴きながら読むとイメージが広がりそうですね。楽しみです。

ご購入&冒頭の試し読みはこちら▶伊東潤『家康謀殺』
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伊東 潤

1960年横浜市生まれ。「小説 野性時代」で「悪しき女 室町擾乱」、「本の旅人」で「もっこすの城 熊本築城始末」を連載中。

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