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レビュー

人か鬼か、芸道に執着する男たちの物語『化け者心中』

 どんでん返しというと昨今はミステリ用語のイメージが強いけれども、元来は歌舞伎の世界の用語である。歌舞伎の舞台で、大道具を九十度後ろに倒す仕掛けを「強盗がんどう返し」と呼び、それが「どんでん返し」に転じたのだという。そうした語源は別にしても、そもそも歌舞伎という演劇ジャンル自体、悪人に見えた人物が実は善人だったり、庶民が実は身分を隠した貴族や武将だったり、ミステリ的な意味でのどんでん返しには事欠かない。

 そういう両ジャンルの相性の良さもあってか、歌舞伎の世界を背景にしたミステリは少なくない。古くは横溝正史、戸板といた康二やすじらの作例が思い浮かぶし、現役作家では皆川みながわ博子ひろこ近藤こんどう史恵ふみえ松井まつい今朝子けさこ稲羽いなば白菟はくとらが優れた作品を発表している。第十一回 小説 野性時代 新人賞を受賞した、蝉谷せみたにめぐ(応募時は蝉谷魚トとと名義)のデビュー作『化け者心中』も、そのような歌舞伎ミステリの系譜に連なる最新の作例である。

 舞台は文政年間の江戸。「百千鳥ももちどり」という鳥屋を営む青年・藤九郎ふじくろうは、大坂出身の元歌舞伎役者・田村たむら魚之助とのすけにいつも呼び出され、雑用係扱いされている。魚之助はかつて立女形として熱狂的な人気を誇っていたが、三年前、ある事情で両足の膝から下を失って引退していた。そんな魚之助が芝居小屋・中村座の座元である中村なかむら勘三郎かんざぶろうに呼ばれ、藤九郎もそのお供で出向いたが、そこで依頼されたのは「鬼探し」だった。五日前、六人の役者が車座状態で新作台本を読んでいたところ、その真ん中に人の頭が転げ落ちたというのだ。

 この依頼の段階で、起こった事件というのが尋常なものではないことがわかる。何しろ、誰かの頭が落ちた筈なのに、再び灯がついた時には六人の役者の頭は全部ちゃんと揃っていた……というのだから、どう考えても人間業であるわけがない。鬼が誰かを食い殺し、その人物に成り代わっていると推測されるが、六人の誰も、性格や仕草にその後変わった様子はない。

 下手人げしゅにんが人間であれ鬼であれ、人殺しがあったことは間違いない。しかし、事件はお上に報告されることもなく揉み消された。勘三郎は、芝居の世界をよく知る魚之助ならば、岡っ引きの代わりに下手人捜しを任せるに最適であると考えたらしい。魚之助と藤九郎は六人の役者と会い、事情を探りはじめる。

 歌舞伎役者が探偵役を務めるミステリ小説というと、戸板康二の「中村なかむら雅楽がらく」シリーズ、栗本くりもとかおるの「お役者捕物帖」シリーズ(主人公は女形のあらし夢之丞ゆめのじょう)、近藤史恵の「猿若町捕物帳」シリーズ(主人公の南町奉行所同心・玉島たましま千蔭ちかげの協力者として女形の水木みずき巴之丞ともえのじょうが登場する)などが存在する。本書の場合、探偵役の魚之助は元役者なので芝居の第一線とは少し距離がある存在であり、また藤九郎という芝居の素人を助手にすることで、一般的な社会とは異なる論理で動く芝居の世界を印象的に描き出している。

 聞き込みによって、誰それが鼠の死骸を食っていた、別の誰それは赤い爪を伸ばしていた……等々、俄かには信じ難い奇怪な情報が次々と入ってくる。しかも新たな殺人未遂まで起こって、事態は混迷の度合いを深めるばかりである。

 魚之助から「鬼は化け物やさかい、残忍なんや。なら、どれだけ人間のふりをしとっても、人間には真似でけへん残忍さが鬼には現れてくるんとちゃうか」と示唆を受けた藤九郎は、「そうか、人間とは思えない心を持っているやつが鬼ってことか!」と、役者の本性を暴くことで鬼を見つけ出そうとするが、そう簡単にはいかない。魚之助が言う通り、「役者の言葉はそないにぽんぽん信じるもんやない。舞台に乗れば、役者は鳥にも、女にも、そして鬼にもなれる。客を騙すんが役者の仕事」なのだから。

 後半、そんな役者たちの本性が次第に浮かび上がってくる。彼らは芸のためには人を人とも思わず利用し尽くす精神の持ち主であり、互いの嫉妬心も並大抵ではない。江戸の役者と、大坂から来た役者とのあいだに生じる対抗意識も凄まじいものがある。芝居の世界の論理から縁遠い藤九郎からすれば、「鬼」とも見える者ばかりだ。

 しかし、そこまで芸に執着するというのは、見方を変えればこの上なく人間臭い営為とも言えるのではないか。探偵役である魚之助自身、引退後も女言葉を話し、艶めかしい女姿のまま日常を送っているけれども、実態としては堅気の一町人でしかない。芝居の世界に執着を残し、過去の栄光にしがみついているそのどっちつかずぶりを指摘される後半の展開は残酷そのものである。

 そう、本書は六人の役者の秘密を暴くミステリであると同時に、後半は魚之助という主人公の深層に迫ってゆく物語でもある。憎々しいほどの毒舌を飛ばす、およそいけすかないキャラクターである魚之助は、いかにして現在の魚之助となったのか。彼が両足を失うことになった過去の出来事の真実とは何だったのか。

 足のない歌舞伎役者というと、どうしても連想するのは幕末に実在した三代目澤村さわむら田之助たのすけである。稀代の天才女形であり、脱疽で四肢を失いながらも舞台に立ち、江戸歌舞伎最後の花を咲かせた役者だ。ただし本書では、このあまりにも有名な実在の役者のイメージを魚之助に重ねつつ、足の切断というエピソードに全く異なる意味合いを持たせている。

 それにしても、選評で森見登美彦が「あたかも江戸時代をひらひらと自在に泳ぎまわりながら書いているような文章である」と評しているように、江戸の景色が浮かんでくるような文章のセンスは驚異的である。著者が今後も歌舞伎の世界を描くのかは現時点では未知数ながら、今後に期待したくなる有力新人であることは間違いない。



蝉谷めぐ実『化け者心中』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000161/


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