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特集

「疑似家族は自分で自分を生んだ場所」〈前編〉『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』刊行記念対談 桜木紫乃×新井見枝香

撮影:原田 直樹 

祝! 第13回新井賞受賞


――このたび、新井見枝香さんが選ぶ「新井賞」を『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』が受賞されました。おめでとうございます! 桜木さんの受賞は第7回に『砂上』で受賞されて以来2度目。2度受賞された作家は桜木さんが国内では初めてですね。


桜木:新井賞ありがとうございます。まさかの発売前の受賞で、驚きつつ、感激しました。


写真

桜木紫乃さん


新井:どの作品を新井賞に、というのはいつもギリギリまで考えてないんですけど。ないならないでいいかなと思っていたところにKADOKAWAさんからゲラ(校正紙)が送られてきて。すごい面白かったけど、さすがに発売前だからどうしようかなと思ったんです。それをうちの店長の花田(菜々子)さんに「いちばん面白かったのは桜木さんのなんだよね」と言ったら「それでいいんじゃない」と(笑)。


桜木:花田さんも豪快だからねえ。


新井:彼女の一押しもあって、正直に面白かったのを選びました。いちばん面白いと思ったのがこの作品なのに、それを黙っておいて違う作品を選ぶみたいなことは、私にはうまくできないので。


桜木:私たちの、自分たちで気づいている唯一の良さは「正直」(笑)。『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』を書いていたときに思っていたのも、この4人はなんて正直な人たちなんだろう、ということだったんです。気持ちよく楽しく書いた本に、こうやって、わかってくれる人がいるっていうのはものすごく励みになりました。本当にありがとうございます。

 ところで、見枝香さん、踊り子デビュー1周年おめでとうございます!


新井:ありがとうございます。


桜木:最近、見枝香さんはすごく笑顔のいい女になったんですよ。どうしたんだい? っていうくらい。私、もうかれこれ10年くらいおつきあいさせてもらっていますけど、以前はコンディションが悪いときにはニコリともしない人だったから(笑)。でも、コンディション良かろうが悪かろうが、舞台の上では笑顔じゃなきゃいけないじゃない? どうですか、この1年舞台に上がってみて。


新井:いろんな気持ちになる、めまぐるしく気持ちが変わって忙しい。


桜木:そういうことっていままでなかったんだ。


新井:人がいることによって心が変わることってあまりなかったけど、舞台だと、いつも見てくれている人がいないだけで違う。『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』の「俺」、章介が3人と出会って、自分の心が動くことにまだ慣れていなくて戸惑うみたいなこととすごくリンクした。だから面白かったのかな、といま話しながら思いました。


キャプチャー

リモート対談の様子(写真左から、桜木紫乃さん、新井見枝香さん)

リアル家族と疑似家族


桜木:いままで見枝香さんが書いてきたエッセイを読ませてもらっても、あんまりものごとに心が動かない人だったじゃない? 私と同じで「共感」という言葉にすごく懐疑的で、「共感」と「同情」をいっしょくたにしたくない、分けて考えたい人でしょう。そうすると、人間関係がうまくいかないときがありますよね。もしかしたら、そこのところを舞台で埋めたんじゃないかって。ああ、人って、自分の居場所に向かってちゃんと歩いていくもんなんだ、と思ったわけです。そういう実感はないですか。


新井:実感はあんまりない。けど、そうですね。人って変わるなって思いました。思うことも感じることも変わっていく。うまく言えないけど、師匠(桜木)が書いているものもどんどん変わってきていると思っていて。『家族じまい』を読んだときに「あれ~!」って意外に思った。私、あの小説がすごく好きで。


桜木:『家族じまい』も書いていてすごく楽しかったの。ぜんぶ出したの、家族について思っていること。書くことで自分のなかのごちゃごちゃした、濁った部分が澄んでいく感じがしたんです。『家族じまい』でリアルな家族を書いて、『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』で疑似家族を書いた。バランスが取れましたね。バランスが取れると気持ちよく笑えるようになりました。


新井:家族っていちばん苦手なテーマで。小説を読んでも面白く感じなくて、逃げたかったテーマのはずなんだけど。『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』を読んで、家族が苦手でも、家族じゃないところで家族みたいな関係ができることがあるんだなあ、と。


桜木:あるのさあ(笑)。思うんだけど、人はなんでこんなに「家族」と名の付く集まりがほしいのかなって、不思議ですね。書いていて、リアル家族が自分が生まれた場所だったら、疑似家族は自分で自分を生んだ場所だって思った。

 人には居場所が必要なんだよね。生んでくれた母親はこの世に居場所をつくってくれたけど、成長したら自分で居場所をつくらないと生きていけない。座布団とかお布団とか、安心して座っていられる、寝ていられる場所を自分でつくっていかないと。

 自分で自分を生むって、それが大人になるってことなんじゃないかなと思ったの。子供が自分で自分を生める場所をつくることができたら、親はそれを素直に喜んであげたらいいと思う。


新井:そうかも。


桜木:小屋(ストリップ劇場)と舞台はあなたがあなたを生んだ場所かもしれない。あと書店も、エッセイもだね。


書影

桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


疑似家族は終わらない


新井:最近、人といて「家族みたいだなあ」と思うときがたまにあって。そういうのっていいものだなあ、と思う日が来るなんて思わなかった。自分でもちょっと驚いてる。

 章介たち4人の生活はキャバレーとの契約で成り立っているから、いつか終わるとわかってる。だからいいのかな。リアル家族には期限がない。いつまでも終わらない。学校みたいに、ああもう終わりって思うからその大切さがわかるのであって、終わりがないとわからないのかなと思ったり。


桜木:リアル家族にも終わりがある、と書いたのが『家族じまい』。私ね、疑似家族のほうが終わりがない気がするの。義務感がないから。いつでも終わりにできると思っているものは、実は終わらないのよ。


新井:そっか。うんうん。


桜木:疑似家族が終わらない理由。それは自分で自分を生んだ場所だから。自分で選んで自分で生んだ。人のせいにしなくてすむもんね。自分で終わりにできるなら、終わらせる必要なんかないのさ。


新井:それはそうだな。


桜木:私は人のせいにするのいやなんだ。見枝香さんも同じでしょう?(笑) 人に判断を任せない。それが自分で自分を生んだ場所という感じがするんだなあ。


新井:『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』でも、師匠もソコ・シャネルもフラワーひとみも、みんなやりたくてやってる仕事で、いつ辞めたっていいのに、寒いわとか文句言いながらもここに留まって。相手に期待もしてなくて。そういうのがちょうどいいかな。いい感じの距離があって。



桜木:期待なし、責任なし。だから純粋に好きでいられる。


新井:もしみんながそうだったら、もっといっぱい好きになれるのかもしれないな。


桜木:そうだね。

〈後編へつづく〉

桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322010000875/


桜木 紫乃(さくらぎ しの)

1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年に同作を収録した『氷平線』を刊行。13年『ホテルローヤル』で直木賞を受賞。20年『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。著書に『ワン・モア』『砂上』『無垢の領域』『蛇行する月』『緋の河』など多数。

新井 見枝香(あらい みえか)

1980年東京生まれ。アルバイト時代を経て書店員となり、現在は東京・日比谷の「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で働く。また、エッセイスト、踊り子としても活躍。独自に設立した文学賞「新井賞」は13回を数え、21年『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』が発売前に受賞した。

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