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(評者:仲野 徹 / 大阪大学大学院教授)
紫乃さん、こんなタイトルやったら何の話かわからへんですやん。と思いながら読み始めた。でも、まさしく「俺と師匠とブルーボーイとストリッパー」の話だった。
俺=章介が、師匠=「世界的有名マジシャン」チャーリー片西、ブルーボーイ=「シャンソン界の大御所」ソコ・シャネル、「今世紀最大級の踊り子」=フラワーひとみの三人と過ごした一ヶ月。三人の旅芸人、いずれも宣伝文句は立派だが、すこしも技が決まらない手品師と、いかつい女装の歌い手と、年齢不詳でガラガラ声のストリッパーでしかない。
キャバレーで下働きをしている章介が、母親が玄関脇に置いていった風呂敷に包まれた箱――「サソリのテツ」と名乗っていたどうしようもない博徒だった父親の遺骨がはいった箱――に手を合わせるところから物語は始まる。
「三億円事件」が時効を迎えた昭和50年の暮れからお正月にかけて繰り広げられる四人の共同生活。場所は釧路、キャバレー『パラダイス』の寮。と言っても、八畳間が四部屋しかない平屋の木造アパート。それも、ネズミが巣くっていたりするために使えるのは二部屋だけで、凍り付く水道管に汲み取り便所。
さしたる事件がおこる訳ではない。かといって平凡なドラマでもない。ぎこちなく始まった四人の生活だが、そこに不思議な関係性が生まれ、次第に育まれていく。丹念に描かれているのは人と人とのつながりである。
両親、いつも気にかけてくれる『パラダイス』のマネージャー・木崎、そして年上のホステスの由美子と章介の関係。さらには、章介の父と母、師匠と半年前に亡くなった奥さん、ひとみと娘など、過去と現在の様々な絆、あるいはしがらみと呼ぶべきものが語られ、新しい光があてられる。
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桜木紫乃の小説を読むといつも不思議な感覚にとらわれる。なんだかえげつない登場人物が多くて自分とは全く違う世界のはずなのに、共感させられてしまうことが多いからだ。すべての人間が根源的に抱いている本能に近いような考え方や性癖といったものが丁寧に綴られているためだろう。サソリのテツはさすがに無理だが、ほとんどの登場人物の思考や行動につい納得してしまう。
もうひとつ、これもいつものことだが、舌を巻くのは描写のうまさだ。年が明けた時、ひとみがシャネルに一曲リクエストする。『好きに奈良漬け炒り卵』と頼まれて、『好きにならずにいられない―Can’t Help Falling in Love-』を歌い始めるシャネル。それに合わせて踊るひとみ。そして、シンバルを持った猿のおもちゃのように拍手する師匠。安っぽい八畳間での情景が目に浮かぶ。
「エピソード記憶」と呼ばれる記憶がある。時間や場所に、その出来事が起きた時の感情が付け加わった記憶である。この小説は、いわば章介のエピソード記憶の連続だ。描写があまりにうまいので、いくつものシーンがまるで映像のように頭の中に染み込んでくる。
その映像があまりにリアルなので、つい配役を考えてしまいたくなる。長身を買ってシャネルは阿部寛あたりだろうか。でも顔のイメージがちがう。もうちょっとふっくらしていてほしい。小柄で柿の種のような目をしている師匠には、「サカイ引っ越しセンター」の徳井優しか思い当たらない。年齢がちょっと高いが、そこは演技力とメイクでカバーしてもらおう。
章介にぴったりの役者さんならジャニーズあたりにいるはずだ、よう知らんけど。難しいのはなんといってもひとみである。ガラガラ声の大阪弁で、そのうえストリップを上手に踊れなければならない。全国のストリップ劇場を行脚して探し出すしかあるまい。
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共同生活が終わり、「親も他人も恩人も、章介のなかでは同じ棚に」並ぶようになる。そして時は平成の初めへと飛ぶ。仕事で訪れた老人ホームの娯楽室で、とある情景を目にする章介。その時、「俺」の心にはいったいなにが思い浮かび始めたのだろう。
▼桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
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