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レビュー

無差別殺人はなぜ起きたのか? 犯人の元同級生が追う“ホワイダニット”!――貫井徳郎『悪の芽』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:千街晶之 /ミステリ評論家)

 ミステリの世界にはホワイダニット(Whydunit=Why done it?の略)という言葉がある。「何故殺したか?」という意味で、要するに動機探しを主眼とするタイプの作品である。動機の意外性が大きければ大きいほど衝撃性を持つが、現実社会で起きる犯罪においても人は「本当の動機」を知りたがるものであり、動機への興味というのは人間の本性とも言うべき好奇心と密接な関係があるようにも思える。
 貫井徳郎の新作長篇『悪の芽』も、このホワイダニットに分類される作品である。ただし、作中で描かれる犯罪は無差別的な通り魔殺人だ。この通り魔というタイプの犯罪は、本質的にはホワイダニットと相性は良くない筈である。というのも、殺す相手が特定の対象ではなく誰でも良かったのなら、具体的な動機を論理的に推測するのは不可能に近いからだ。その難関に、敢えて挑戦したのが本書である。


貫井徳郎『悪の芽』
定価: 1,925円(本体1,750円+税)
※画像タップでamazonページに移動します。


 物語は、ある凄惨な無差別殺人事件から開幕する。犯人はアニメコンベンションの会場で、火炎瓶や刃物を用いて居合わせた人々を殺傷し、自らもその場で焼身自殺を遂げる。この事件の報道に接した銀行員の安達は、犯人の斎木が自分の小学校時代の同級生だったことに気づく。思い返せば三十年前、斎木はいじめられっ子だった。安達はそのいじめの主犯ではなかったものの、最初にきっかけを作ったことは間違いなかった。
 安達が最初に斎木を目の敵にするようになった理由は、実に些細なものである。「そんなことで」と大人なら誰もが思うだろうが、もし自分が小学生だったらと考えた場合、この理由を他人事と笑殺してしまえる人も少ないだろう。人生経験に乏しい小学生にとっては、大人なら気にもしないようなことが往々にして一大事であるからだ。
 やがて、斎木の小学校時代のいじめ被害や不登校が報道されるようになる。自らの過去の所業が事件の遠因となったのではという罪悪感からパニック障害を起こすようになった安達は、斎木の犯行の背景について独自に調査を始める。とはいえ、安達は警察官でも私立探偵でもないので、調査のノウハウなど持ち合わせている筈もなく、その探索の過程は難航を極める。ましてや犯人自身が既に死んでいる以上、正解に辿りつける保証もない。一体何が、斎木を無差別殺人に駆り立てたのか。

 最後に安達が見出す答えは、どう考えても理不尽極まるものだ。仮にその推測が正しかったとしても、斎木の動機は犯行の残虐さを微塵も正当化するものではないだろう。しかし、小学生時代の安達が斎木を目の敵にするようになった理由をはじめ、そのような理不尽は世の中にこれでもかとばかりに溢れている。それらの積み重ねがこの社会を作り上げていることへの絶望に打ちひしがれるか、それでも社会に希望を見出すか――。本書は、読者にそんな問いを突きつけるタイプのホワイダニットだ。

『悪の芽』amazonページはこちら

貫井徳郎『悪の芽』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000143/


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