杉本一文さんの最新刊『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』の発売にあわせ、元木友平さんによるレビューをお届けします。
『公式 角川文庫横溝正史カバー画集』レビュー
評者:元木友平
2025年は戦後80年と同時に、角川書店創立80周年に当たる。
本書は角川書店創立80周年を記念し刊行されたものであり、イラストレーター・杉本一文の横溝正史カバー画を120点超収録している。
戦後のデザイン史を見れば、1935年前後に生まれた宇野亞喜良、横尾忠則らによって芸術と商業の融合が模索されてきた。
その約10年後、1947年に生まれた杉本は、いわば第2世代と言える。第1世代によって、それまで国内に存在しなかったイラストレーターという呼称が誕生し、高度経済成長期に突入すると、宣伝美術や装丁といった商業デザインの礎が築かれてきた。
1971年、当時24歳だった杉本は、角川文庫横溝正史作品のカバー画を手掛けるが、当時は文庫にカバーをかける黎明期だった。他の借り物ではない、独自のカバーデザインを確立し、販売を押し上げ、成功を収めた。日本の出版史で見ても、特筆すべき現象と言える。
横溝正史の次女、野本瑠美氏のエッセイ集『父、正史 母、孝子 日本ミステリの巨匠・横溝正史と家族、仲間、そして末娘』(KADOKAWA)の書評(大坪直行氏)によれば、1970年頃、角川書店は傾いていたという。編集局長だった角川春樹が、それまでの文芸路線から大衆路線へと舵を切る決断をしたが、その旗に掲げられたのが横溝正史作品の文庫化だった。
角川文庫横溝作品の最初の刊行となる『八つ墓村』第2版から、杉本はカバー画を担当。延べ130点近くのカバー画を制作し、一大横溝正史ブームを視覚の面から支えていく。角川文庫横溝正史作品は1981年当時、累計5000万部であったことから、杉本は5000万部を彩ったイラストレーターと言える。
故に、『父、正史 母、孝子』と並んで、本書が記念出版に選ばれたのは必然と言えるし、角川のあたたかい感謝の念も感じられる。
ブームを支えたのは、杉本の確かな画力。角川書店の社史『全てがここから始まる』によれば、当初、杉本のカバー画は単発の予定だったが、読者に熱く迎えられたことから、続投を決めたという。類まれなるデッサン力と、陰影に富んだ作品群。それらが今日、古びるとこも、色褪せることもなく、強烈な印象を与えていることは決して当然ではない。
記念出版として刊行された本書は、単なるイラスト集という枠組みを越えて、これまで踏み入ることが叶わなかった謎を明らかにしている。
『八つ墓村』『獄門島』『犬神家の一族』などは複数のカバーが存在するものの、これまでカバー替えの時期については不明とされてきた。今回、KADOKAWAが有する膨大な社内資料などを基に、その時期を解明。その結果、カバー替えの時期に加えて、原画の制作年をデータとして示すことに成功している。
これまでは、作品ごとの異装版として括られて来たが、いったん解体し、原画の制作年ごとに並べ替えて見ると、「抽象画から具象画へ変化した時期」「白だった背景を、細かく描き込むようになった時期」といった、作風の変化・遍歴を感じ取ることが出来る。
また、本書の制作に際して心血が注がれたのは、データだけではない。
杉本が手掛けた横溝正史カバー画は、これまで幾つかの画集、図録などに収録されて来たが、当時、行方不明だった原画を捜索。
今回、杉本が初めて手掛けた『八つ墓村』の原画(1971年)が発見されたのは奇跡であり、初の収録となる。本書に収録されたロングインタビューで発見の経緯に触れているが、「発見された場所」はひたすら驚愕するばかりである。
これ以外にも発見された原画は複数存在。今回、画集初収録となるのは18作品に及ぶ(『八つ墓村』『悪魔の手毬唄』『獄門島』『犬神家の一族』『本陣殺人事件』『白と黒』『幽霊男』初期/『悪魔の降誕祭』/『魔女の暦』『扉の影の女』初期/『夜の黒豹』後期/『貸しボート十三号』『迷路荘の惨劇』初期/『仮面舞踏会』後期/『蠟面博士』/単行本版『悪霊島』/レコード『横溝正史MM(ミュージック・ミステリー)の世界 金田一耕助の冒険』/雑誌扉絵『鬼火』)。特にレコードジャケットや初期のカバー画は、2014年に杉本が「どこにあるのか見当もつかない」と語っていて、杉本の手元に無いのではと危惧されていた。多くの努力によって現存する原画が全て収録されたことは、特筆に値する。
高精細印刷で印刷する紙にも拘り、原画に近い発色を実現している今回の画集。原画は文庫の倍ほどのサイズで描かれたものが多いが、その迫力が伝わる大きさで収録している。細やかな筆づかいが随所に感じられ、杉本の執念とも言える拘りに触れられる。
そして、杉本カバー画の魅力はイラストだけに留まらない。イラストに加え、黒枠、子持ち罫の題字配置と一貫したフォーマットに仕上げているが、その仕掛け人は杉本である。
デザイン事務所での経験を用いて結実させたものであるが、その成果と言える書影が全点収録されていて、その眺めは壮観だ。
私は今回、杉本の「横溝正史装画年譜」を寄稿。原画の制作を核としながら、作品の転用、インタビュー記事といった活動を纏めたものだが、多岐にわたって横溝作品を彩ってきたことが窺える。それと同時に、杉本のビジュアルが無ければ、今日に至る、横溝作品の普遍性は違ったものになったのでは、と気付かされる。
さらに言えば、杉本は78歳になった今もなお、横溝正史の世界と向き合いながら、現役を貫いていて、ただ頭が下がるばかりである。
杉本の画業は半世紀を越えるが、その中にあっても、画集が作られるのは当然ではない。「いま画集を出す意味」に拘り、年譜を作成した。これは杉本を始め、編集担当、インタビュアー、装丁者など、製作に関わった全ての人に共通する意志のように思う。
ひたすらに「この時代、この時間にしか作り得ないもの」を目指した。
横溝が生前、長い作家活動の中で杉本と関わったのは、僅か10年である。
それにもかかわらず、今日、横溝作品をイメージした時に視覚的に浮かぶのは、杉本の描く世界ではないか。それ程までに我々の心に深く刻まれている。
昭和、平成、令和と3つの時代にわたって我々を魅了し続ける、杉本カバー画に潜むものは何なのか。作品群と静かに対峙すると、その解が見えてくる。
作品紹介
書 名:公式 角川文庫横溝正史カバー画集
著 者:杉本一文
発売日:2025年12月01日
横溝正史の傑作はすべて、これら装画と共にあった。画集初収録作品も掲載
1971年の『八つ墓村』第2版から、横溝正史の角川文庫作品のカバー装画を手掛け始めた杉本一文(すぎもと・いちぶん)。
その後も多数の横溝作品を手掛け、それらは当時の角川映画ブームが牽引するなか、装画の効果も強く影響を持ち、支持を広げていった。
現在でもこのカバーの印象を語る読者も多く、近年の復刊作品も人気を博している。
本書では、杉本一文が手掛けた、角川文庫を中心とした横溝作品のカバー装画などを120点以上収録!
『犬神家の一族』『八つ墓村』『本陣殺人事件』『獄門島』『悪魔の手毬唄』『悪魔が来りて笛を吹く』……あの傑作たちは、これらの装画と共にあった。
杉本が最初に手掛けた『八つ墓村』の1971年版カバー画も画集初収録。
現役の画家として活躍する杉本のロングインタビュー、横溝正史装画年譜も収録。
バージョン違いのカバー画も多数掲載、角川ならではのデータ部分や小説引用なども盛り込んだファン必携の1冊。
角川書店創立80周年記念刊行。フルカラー、豪華な造本でお届けします。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322507000967/
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