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【書評】騙し絵のような結末で感情を揺さぶる傑作――杉井 光『羊殺しの巫女たち』レビュー【評者:千街晶之】

『世界でいちばん透きとおった物語』(新潮文庫nex)の著者が新たに挑むのは、二度読み必至のホラーミステリ!
杉井 光『羊殺しの巫女たち』の発売に先立って、千街晶之さんによるレビューをお届けします。

杉井 光『羊殺しの巫女たち』レビュー



騙し絵のような結末で感情を揺さぶる傑作

評者:千街晶之

 現在は令和のホラー・ブームと言われているけれども、ホラーの中には超自然的な設定のもとでの謎解きを主軸とした作品も多いので、ホラーミステリはこのブームの中でかなり大きな位置を占めていると言える。そんな中、今年のホラーミステリの大本命として登場したのが、杉井光の『羊殺しの巫女たち』である。
 杉井光といえば、新潮文庫nexから刊行された『世界でいちばん透きとおった物語』のヒットが記憶に新しい。大御所ミステリ作家・宮内彰吾の認知されない息子である藤阪燈真が、宮内の死後に彼の遺稿を探すことになる——という物語だが、最後に明かされる仕掛けは(そこに費やされた途方もない労力も含め)大いに話題を呼んだ。
 一方、新刊の『羊殺しの巫女たち』は、一変しておどろおどろしい雰囲気の小説だ。舞台となるのは、山間にある早蕨部村。物語は、二〇〇三年の現在から、一九九一年の過去を振り返るかたちで、二つの時代を往還しながら進行する(ただしプロローグは二〇二七年)。
 一九九一年、村立早蕨部小学校には、伊知華、健瑠、梢恵、美咲、夏帆、そして「わたし」——祥子という顔ぶれの、未年生まれの六年生たちがいた。伊知華は村に君臨する有力者・鶲沼家の娘で、祥子は鶲沼家の養女のようなかたちで同居しているが、伊知華とは血はつながっていない。
 この小学校は、各学年に二桁の人数が在籍しているにもかかわらず、六年生だけは彼女たちしかおらず、男子は不在。この時点で、何かがおかしいと感じさせる。
 村にある唯一の神社・睡蓮宮に祀られている「おひつじ様」のため、未年のみに行われる祭りがあり、未年に生まれた女子は巫女を務めなければならない。祭りで何が行われるかも、「おひつじ様」がどのような存在なのかも巫女役の少女たちには伏せられているが、祥子らは大人たちの不審な挙動から、何かが隠されていることを鋭敏に察知し、真実を探ろうとする。
 やがて、村では未年に変死事件が起きていることが判明するが、その死に方は単に凄惨なだけではなく、人間業では不可能なものである。神事はそれを鎮めるために続けられているらしい。
 早い段階で明かされる情報だが、一九九一年の時点で、祥子たちは何らかの手段で「おひつじ様」を滅ぼしたらしい。だが、十二年後の二〇〇三年、彼女たちが村で再び顔を合わせた時、新たな惨劇が起こってしまう。今度こそ、「おひつじ様」を滅ぼさなければならない——。
 本書を読んだ時、私が連想した小説は二つある。小野不由美の『黒祠の島』と綾辻行人の『Another』だ(著者のXの二〇二五年八月五日のポストによると、「『屍鬼』と『Another』の融合を目指した」とのことなので、私の印象も約半分は的中していたということになる)。閉鎖的な集落という舞台と、学園ホラーの要素の融合——それが本書で著者が目指したことなのだろう。ただし、話はそう単純ではない。
 何しろ著者は、あの『世界でいちばん透きとおった物語』の杉井光である。表向きの物語の裏に、思いがけない仕掛けを潜ませるのはお手のものだ。本書も、結末に至って騙し絵のように浮上する真実で読者の感情を揺さぶってみせる。
 そうしたミステリとしての仕掛けや、ホラーとしてのおぞましさを別にしても、少女たちが陰湿な村の因習に抗い、邪悪な存在に立ち向かおうとする健気さは心に残るし、プロローグの幻想的で耽美的な滅びの描写は導入部として完璧と言っていい。『世界でいちばん透きとおった物語』に続く著者の新たな代表作として強く推す。

作品紹介



書 名:羊殺しの巫女たち
著 者:杉井 光
発売日:2025年08月27日

『世界でいちばん透きとおった物語』著者による二度読み必至ホラーミステリ
「十二年後、次の祭りの日に、ここでまた集まろうよ。みんなで」
山に囲まれた早蕨部村で12歳を迎える6人の少女たちは、未年にのみ行われる祭りの巫女に任命される。それは繁栄と災厄をもたらす「おひつじ様」を迎えるため、村の有力者たちが代々守ってきた慣習だった。祭りの日、彼女たちは慣習に隠された本当の意味を知る――。そして12年後、24歳になった彼女たちは、村の習わしを壊すというかつての約束を果たすため、村に集う。脈々と受け継がれた村の恐るべき慣習と、少女たちの運命が交錯する中、山で異様な死体が発見される。
あなたは、真実に気づくことができるか。衝撃のホラーミステリが幕を開ける!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322403000619/
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