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(本記事は「小説 野性時代 2025年7月号」に掲載された内容を転載したものです)
書評連載「物語は。」第137回
阿部智里『皇后の碧』(新潮社)
評者:吉田大助
本格ファンタジーであることと
本格ミステリーであることの完璧な融合
完結まであと一巻となった和風ファンタジー「八 咫 烏」シリーズの阿部智里が、新作長編『皇后の碧』で真新しい異世界を世に送り出した。精霊たちの世界を舞台にした本作は、本格ファンタジーであると同時に本格ミステリーでもある。ただし、物語の序盤で明示される謎は、謎の一端に過ぎない。いったい何が本当の謎なのか。これこそが、本作の最も大きな謎だ。
幕開けとなる序章では、土の精霊の子供・ナオミの故郷に火竜が現れ、家族が目の前で炎に包まれる様子が描かれる。立ち尽くす少女に声をかけたのは、眉目秀麗な風の精霊・孔 雀 王ノアだった。それから五年後、十六歳のナオミは、ノアが暮らす鳥籠の宮で女官見習いとして働いていた。第一章冒頭の「風送り」の儀式が、これから異世界に入っていく読者のためのチュートリアルとなる。青金石でできた円形の舞台で、ノアとその妻アビゲイルが向かい合っている。この世界の創造手は、精霊たちに「美しくあれ」と命じた。しかし、真っ白な腕に小さな黒子ができたことで、アビゲイルは自分の美しさが損なわれた、と感じてしまった。ならば自分は、死を選ぶ。そして彼女は「風送り」のしきたりにのっとり、風の元素へと還っていった……。現代のルッキズムにも通ずる美への執着が、この世界の根底をなす価値観となっている。その価値観は残酷さや無慈悲を物語に招き入れるが、精霊たちの美意識が建築物などにも反映され、キャラクターたちもまた宝石で自らを飾り立てることが当たり前となっているこの世界は、隅から隅まで豪華絢爛で美しい。読むアートだ。
ノアの新たな妻を決める権利を持っているのは、風の精霊たちを総べる蜻 蛉 帝シリウスだった。鳥籠の宮へやってきた巨大な蜻蛉のシリウスは、あろうことかナオミを夜伽の相手に指名した。ところが、閨では指一本触れられないばかりか、会話を面白がったシリウスから意外な話を持ちかけられる。「そなた、どうせなら本気で私の寵 姫の座を狙ってみないか?」。そう語るシリウスの胸元には、皇后イリスの瞳の色に似た緑の宝石を選び抜いて作った首飾り「皇后の碧」が輝いていた。第一寵姫の火の精霊フレイヤ、第二寵姫の水の精霊ティア、そして孔雀王ノアの元妻でもある皇后の風の精霊イリス。寵姫となるためには、三人の姫に認められなければならないとシリウスは言う。一連のやり取りの中に登場するのが、「謎(解き)」の一語だ。どうしてシリウスはあまた存在する美しい精霊たちの中から、ナオミを選んだのか? この「謎」に好奇心を抱いたナオミは、シリウスと三人の寵姫たちが暮らす巣の宮へと旅立つことを決める。
第二章以降は、巣の宮が物語の舞台となる。宦 官長の老いた甲虫ジョウと師弟関係を結びながら、「謎」について独自に調査を進める過程で、ナオミは新たな「秘密」と遭遇する。この宮殿には何かが隠されている。それは、何か。当初は関係がないように思えた「謎」と「秘密」が絡み合っていった先で、本作のミステリーとしての特殊性が明らかとなる。本作の根幹にある謎は、フーダニット(誰が行ったのか?)でもなければ、ハウダニット(どのような方法で行ったのか?)でもなく、ホワイダニット(なぜ行われたのか?)でもない。「何が起きたのか?」をど真ん中の謎に措定し、その解明を物語の主軸に据えたホワットダニットだ。これまで阿部智里という作家には「八咫烏」シリーズで数々のどんでん返しを喰らわされてきたが、今回の真相が明かされた瞬間「それこそが解かれるべき謎だったのか!」となる驚きには、全く新しいタイプの衝撃が伴っていた。
現実には実現不可能なその謎、映像美を伴う驚きの演出は、ファンタジーだからこそ表現することができた。本格ファンタジーであることと本格ミステリーであることが完璧に融合した、傑作だ。
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