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【書評】心のギプスを外すための、ほんのちょっとの勇気の物語――片島麦子『ギプス』【評者:瀧井朝世】

「普通」という名のギプスをつけた少女たちの物語。
片島麦子さんの最新長編『ギプス』の発売に先立って、瀧井朝世さんによるレビューをお届けします。

片島麦子『ギプス』レビュー



評者:瀧井朝世

 主人公と同じ経験があるわけではないけれど、彼女の痛み、諦念、静かな憤りは自分もよく知っている。そんな胸の疼きを感じながらページをめくり続けたのが、片島麦子の新作長篇『ギプス』である。
 主人公はブックカフェ「ブクレア」で働く二十七歳の間宮朔子。ある日彼女のもとに、見知らぬ女性が訪ねてくる。高圧的なその女性は葛原鳴海と名乗り、妹のあさひがいなくなったので捜しているという。朔子にとってあさひは中学時代、特別な友達だった。だが裏切りにあい、今は一切連絡をとっていない。思い出したくもない存在だが、鳴海に乞われて朔子は仕方なくあさひ捜しを手伝うことになる。

 朔子の日常と少女時代が交互に語られながら物語は進む。
 現在の朔子は、〈誰かから落胆されることにわたしは慣れていた〉とうそぶき、〈わたしにはなにもない。器量も愛想も、誰かをよろこばせるようなものがなにも〉と感じている。唯一あるとすれば「若さ」という空手形で、「若い女の子」であるがゆえに自分を連れ回そうとする店長にはうんざりしている。この店長の身勝手さ、状況の読めなさのイヤ~な感じが絶妙で、朔子と一緒になってげんなりする(その分、学生バイトの南野くんがいい味を出してくれている)。また、家族とは昔から価値観の齟齬を感じており、今も心許す関係ではなさそうだ。職場でも実家でも、朔子はその場その場をぐっとこらえて生きている。
 中学二年生の頃の朔子も自分を表に出せないタイプだった。集団行動が苦手で、積極的に友だちを作ることもしないでいた。一方、あさひも特定のグループに属していなかったが、整った顔をして気さくな彼女は男女から人気があった。対照的な二人が仲良くなったのは、あさひからの働きかけがきっかけだ。あさひは人と群れない朔子を強い人だと思い、前から仲良くなりたかったのだという。それは彼女の勘違いだと自覚しつつも、朔子も〈ふたりならきっと強くなれる〉と思っていた。特別な友達同士だった二人の仲が、なぜ壊れることになったのか。

 タイトルのギプスは実際に作中に登場する。まず、登場時点から鳴海が右腕にギプスをして不自由そうにしているのだ。朔子があさひ捜しを手伝わざるをえなくなるのも、それが理由のひとつ。また、少女時代の思い出にもギプスをした人物が出てくる場面がある。それは朔子とあさひの友情が修復不可能になったと実感させる、象徴的な瞬間だ。
 ただ、それとは別に、読み進めていくと、なんとも窮屈そうな朔子こそが、自分の心にギプスをしているように思えてくる。友人との思い出を封印していたことも、現在の自分を過小評価していることも、何事にも抗わず慎重に行動している様子も、固いギプスの内側に自分を閉じ込めているように感じてしまうのだ。
 一方、作中に繰り返し出てくる「ふつう」という言葉も印象に残る。「家族ならこれが普通」「親友ならこうしてくれるのが普通」「社会人ならこうするのが普通」。そんな「普通」という名のギプスで、人は時に自分を、時に相手を固めてしまうことはないだろうかと考えさせられる。

 後半にはあさひ側の事情や、あの頃彼女が本当はどんなことを思っていたのかも明かされるが、これが切ない。彼女もまた、心の中にギプスを抱いていたのだと分かる。
 心の傷を癒やすまでは、あるいは不快な状況から自分を守るためには、時にはそうした心のギプスは必要だろう。それを外すには、ほんのちょっとの勇気が必要だ。これは、強くなりたいと思っていた少女二人が、ギプスを外す勇気を得るまでの物語。その過程での繊細な心の成長に胸を打たれた。

作品紹介



書 名:ギプス
著 者:片島麦子
発売日:2025年08月04日

心のギプスは、いつか外せる。大切な存在を見失わなければ。
間宮朔子はすべてをあきらめている。
「若い女の子」の役割をまっとうするだけの職場、善良だが気が合わない実家の家族、なにより、なんの魅力もとりえもない自分のことを。
無難にやり過ごしていた日常に飛び込んできたのは、中学の同級生・あさひの姉を名乗る女性だった。
あさひがいなくなったので一緒に捜してほしいという。
親友だったはずの彼女とは、ずっと連絡をとっていない。
裏切られて、早く忘れてしまいたいのに、ふと思い浮かべてしまう存在――それがあさひだ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322502001991/
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