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連載

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」 vol.11

片島麦子「猫と暮らすとは思わなかった」【連載コラム「告白します」】

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2023年12月号」に掲載された内容を転載したものです)

片島麦子「猫と暮らすとは思わなかった」
【連載コラム「告白します」】

 猫が苦手だった。
 祖父母の家には大きな犬がいたし、子どものころには黒い柴犬を飼った。大人になって結婚してからも念願だったのは犬を飼うこと、白い豆柴と暮らした。わが家は代々犬派で、母はとくに猫を嫌った。わたしは嫌いというほどではなかったが、猫はなにを考えているのかわからないのが苦手だった。高いところからにしたように見おろしてきたり、かと思えば、やけにこびを売るようにすり寄ってきたりする。距離感がさっぱり摑めない。犬ならば気持ちが通じるという自信があった。猫にはそれがなかった。いや、「ない」と思っていたのだ。
 田舎に引っ越したのは十年ほど前のことだ。古い平屋の一軒家で縁側がついていた。自然豊かな土地では獣も近い。タヌキ、アナグマ、イノシシ、キジ……野良猫たちもまた頻繁にやってくる。そのうち見知った顔も何匹かできた。わたしは区別をつけるために見たままてきとうな名前をつけた。シロクロ子、茶トラ、チビっちゃん……。
 その中の一匹と縁あって暮らすことになった。彼女はいつもしっぽを立て、ウニャウニャとなにかいながら庭にきた。ご機嫌さんな猫だった。とはいえまだお互い探り探りだったので無理強いはしなかった。完全に居つくのに半年はかかったと記憶している。
 はじめて動物病院に連れていったとき、名前を問われた。わたしは小声で「ねこっちです」と答えた。笑われた。猫のねこっち。なんのひねりもない、野良猫たちの中でも一番雑なネーミングだった。こんなことならオクトパスとかサイコパスとか、ぼけるにしてももう少しエッジの効いた名前にすればよかった。それか小説家の端くれらしく、文学的で含蓄のある名前をつけるべきだったのだ。そうだ、もしなにかの間違いで本が大売れして、将来「ネコメンタリー」から出演依頼がきたらどうする。だって猫と暮らすとは思わなかったから……と云い訳したところでもう遅いのだ。
 今だってほんとうはねこっちがなにを考えているかよくわからない。けれどもそれでいい。もの書くかたわらで見守るようにじっとしていたり、夜、冷たい鼻先をわたしのこめかみに押しあてすこやかな寝息を立てたりする彼女に、それ以上望むことなどなにもない。
「〇〇(苗字)ねこっちちゃん」
 云いにくいのと笑いの両方を含んだ微妙な発音で呼ばれるたび、スマンねこっち……と心の中で謝っている。唯一の救いは、どんな名前で呼ばれようと彼女が常にご機嫌さんでいてくれることだ。

プロフィール

片島麦子(かたしま・むぎこ)
1972年広島県生まれ。2013年、『中指の魔法』で作家デビュー。他の著書に『銀杏アパート』『想いであずかり処 にじや質店』『レースの村』がある。

書籍紹介



未知生さん(双葉社刊)
著者:片島麦子
発売日:2023年7月26日

協調性がなくてマイペース、それでいて人畜無害な、いい人――そんな羽野未知生が不慮の事故に遭い、41歳の若さで突然この世を去った。葬儀に参列した高校の同級生や大学時代の元カノ、会社員時代の同期や上司は、在りし日の想い出を振り返りながら、自分自身の〈今〉を見つめ直す。そして遺された家族もまた、未知生のいない日常を歩みはじめるが――。 イマイチつかみどころの無いキャラの未知生と、生前うっかり関わってしまった者たちの〈これから〉を描く書き下ろし長編小説。
(あらすじ:双葉社オフィシャルHPより引用)

掲載号紹介



小説 野性時代 第241号 2023年12月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2023年11月25日
商品形態:電子専売

東川篤哉の新連載「谷根千ミステリ散歩」開幕! 読切には山本一力の人情時代短編「おてるの灯明台」掲載。超豪華執筆陣で贈る月刊文芸誌。

【新連載】
東川篤哉――谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいる 前篇
東京・谷中には、おいしい食べ物、下町情緒、
そしてミステリが揃っている!

【読切】
山本一力――おてるの灯明台
おてるは富くじの当たり札を持ったまま亡くなった。
引き取り手を失った当選金の行方は──?

【連載】
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
秋吉理香子――殺める女神の島
伊吹有喜――銀の神話
今村翔吾――天弾
恩田 陸――産土ヘイズ
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
河崎秋子――銀色のステイヤー
櫛木理宇――死蝋の匣
近藤史恵――風待荘へようこそ
新川帆立――目には目を
増田俊也――七帝柔道記II 立てる我が部ぞ力あり
森 絵都――デモクラシーのいろは

【コラム】
告白します――片島麦子「猫と暮らすとは思わなかった」
私の黒歴史――三日市 零「提出物でそれはやめとけ」
私の黒歴史――夢野寧子「薔薇ニ棘アリ」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――逢坂冬馬『歌われなかった海賊へ』

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年に一度の特別版「小説 野性時代 特別編集 2023年冬号」登場!



電子書籍として毎月25日に配信している月刊文芸誌「小説 野性時代」。
その特別編集の紙版「小説 野性時代 特別編集 2023年冬号」が2023年11月22日(水)に発売しました。
直木賞作家・葉室麟の未発表中編「不疑」初掲載に加え、森村誠一の追悼特集、第14回山田風太郎賞の結果発表および選評、佐藤正午・窪美澄ら歴代受賞作家5名による競作を掲載。「小説 野性時代」の新創刊20周年記念特集では、2003年の新創刊以来の歩みを振り返ります。また、伊坂幸太郎、辻村深月の最新刊刊行に合わせた特別企画や、ラランド・ニシダの最新中編小説など、超豪華執筆陣による大ボリュームでお届けします。
年に一度の特別版をぜひお楽しみください!

詳しい情報はこちら https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000013729.000007006.html


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