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【書評】東大には名探偵しかいないと思っていた――市川憂人・伊与原 新・新川帆立・辻堂ゆめ・結城真一郎・浅野皓生『東大に名探偵はいない』レビュー【評者:城戸川りょう】

東京大学を舞台にした6つの謎を描くミステリアンソロジー『東大に名探偵はいない』。執筆陣には東大出身の作家たちが名を連ね、それぞれの視点から「東大ならではの謎」に挑みます。本記事では、東大卒・現役商社マンであり、『高宮麻綾の引継書』で鮮烈なデビューを飾った城戸川りょうさんによるレビューをお届けします!

角川文庫『東大に名探偵はいない』レビュー



評者:城戸川りょう

東大に名探偵はいない。
何とも夢のないタイトルである。
かの名探偵、エラリー・クイーンはハーバード大学を卒業している。シャーロック・ホームズはケンブリッジかオックスフォード卒というのが、有識者たちの意見だ。
それならば、日本で一番有名な東京大学にも名探偵くらいはいてほしい。
阿部寛主演のドラマ『ドラゴン桜』を見て「東大って題材になるくらいすごいんだ!」と思っていた幼い頃の私からすると、寧ろ「東大には名探偵しかいない」くらい言い切ってくれた方がスッキリする。
全てお見通しで一切の迷いなき超人。そんな名探偵のような人種が東大にはうようよいると信じて、私は浪人時代を送った。

結論、在学中に名探偵と出会うことはなかった。
渋谷の居酒屋で飲み明かしたり、学食の一角を占領して延々と駄弁ったり、それぞれの進路や恋に真剣に悩んだり。東大で出会ったのはそういう普通の人たちであり、一瞥しただけで正解を見抜くような超人は一人もいなかった。

『東大に名探偵はいない』は、東大出身作家6名が集まったミステリアンソロジーだ。
各話に探偵役は出てくる。だが、答えに最短で辿り着き、鮮やかに謎を解き明かす名探偵は出てこない。皆それぞれ悩みを抱え、時として真相に触れた後にも悩み苦しむ。各話とも「東大」を内輪のノリで消費せず、きっと誰もが「こういうこと、あるよね」と思える人間ドラマになっている。

市川憂人さん「泣きたくなるほどみじめな推理」の舞台は阪神・淡路大震災の直後。突然失った従姉の痕跡を求めて、主人公が東大の文学サークルに入る話だ。
30年も前の話だが「上クラ」「シケプリ」など今も使われる東大ワードが次々に出てくる。最初の一編に相応しい、東大生活の入門書とも呼べる内容だ。
謎解きの中に東大の学部ならではの要素もある。忘れてはいけない時代を描く、読み継がれてほしい一作だと思う。

伊与原新さん「アスアサ五ジ ジシンアル」では、地震研究所に地震を予知するはがきが届く。
この小説は唯一、真正面からアカデミックな領域を扱う。作中の「いきなりぽんと用意された“真実”なんざあ、十中八九インチキよ」という台詞からは、地道な科学の営みへの矜持を感じた。災害予言が人々の行動に影響を与えたことは記憶に新しいが、本作は現実と地続きになった秀逸な災害ミステリだ。

新川帆立さん「東大生のウンコを見たいか?」は、農学部で発生したウンコ盗難事件を追う。
「ウンコ」は小学生だけのものじゃないと言わんばかりに、作中ではこのワードが79回も出てくる。だがこれは、単なるお下劣な話ではない。奥底からは社会派の気高い香りすら漂う作品だ。この小説は、東大生の気持ちを代弁してくれてもいる(ウンコだけに)。
題材で嫌わずにぜひ読んでほしい。ただし、食後の読書にはご注意を。

辻堂ゆめさん「片面の恋」では、東大生の片思いが描かれる。学園祭の準備をする中、クラスメイトの恋心はなぜ冷めたのか。あらすじだけ聞けば、甘酸っぱい青春ミステリだ。
だが、青春は甘いだけではない。全国から様々な背景の人が集まるからこそ、意識せずとも比べられ、比べてしまう自分がいる。そんな苦い時間も青春であり、みんな同じように悩んでいるんだと気付かせてくれる、あの頃の自分に読ませてあげたい一編だ。

結城真一郎さん「いちおう東大です」は、上質なサスペンスミステリ。主人公の妻が新居の条件に出したのは「東大が見えるところ」。その真意が見えた時、このタイトルは何重もの意味を持つ。
作中には「東大」が157回も出てくる。この二文字は、鎧にも呪いにもなり得る。
「いちおう東大です」と口にしたことがある皆様、お気をつけあれ。この小説に盛られた毒は、あなたの致死量を超えているかもしれない。

浅野皓生さん「テミスの逡巡」は、現役東大生(当時)が書いたリーガルミステリ。東大卒医師を取材した学生メディアの元に「彼は人殺しだ」という告発状が届いて物語は始まる。
「自分にままならない、理解できないものを何とか掌握したいという幼い支配欲」という一文には、謎を解き明かさずにはいられない名探偵の性のようなものを感じる。傲慢とも言える衝動に突き動かされた主人公が辿り着く真実や如何に。

東大には「オリ長」という役職がある。後輩が新しい環境に馴染めるようにオリエンテーション合宿を企画する、いわば大学生活のナビゲーターだ。本書にとって、自分が良いオリ長の役目を果たせていることを切に願う。

作品紹介



書 名:東大に名探偵はいない
著 者:市川憂人・伊与原 新・新川帆立・辻堂ゆめ・結城真一郎・浅野皓生
発売日:2025年07月25日

その肩書きは栄光か、謎を生み出す呪縛か――。極上のミステリアンソロジー。
憧憬、嫉妬、期待、失望……あらゆる感情が渦巻く「東大」という場所。
憧れの従姉の痕跡を追う新入生。地震研に突然届いた、地震の発生を的中させる予知はがき。
五月祭の準備中にクラスメートの熱烈な初恋を一瞬で冷めさせた「片面」という言葉の意味。
完璧な妻が新居選びで「東大が見えるところ」を条件にした理由。
大学内で起きた奇妙な盗難事件から、法律で裁けない罪まで。
東大出身の6人の推理作家たちがそれぞれの視点で謎を紡ぐ、濃厚で多彩なミステリアンソロジー。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322504000585/
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