レビュー 谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいるより

ユーモア×本格ミステリの書き手・東川篤哉が贈る、「日常の謎」も密室殺人もごちゃ混ぜの楽しさ『谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいる』レビュー【評者:千街晶之】
最強凸凹コンビ×猫と下町グルメたっぷり! 本格ミステリシリーズの最新作『谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいる』が、7月2日発売になりました。
本記事では、ミステリ評論家・千街晶之さんによるレビューをお届けします。
「日常の謎」も密室殺人もごちゃ混ぜの楽しさ
評者:千街晶之(書評家)
東川篤哉の「谷根千ミステリ散歩」シリーズの特色は、「ごちゃ混ぜの楽しさ」ではないだろうか。
これについて説明する前に、まずシリーズ自体の紹介が必要だろう。タイトルにある谷根千とは、東京の谷中・根津・千駄木あたりの一帯の総称で、下町情緒が残る地域として知られている。シリーズの語り手は、女子大生の岩篠つみれ。名前の由来は「鰯のつみれ」だが、鰯専門の居酒屋を経営していた父につけられた名前で、父の跡を継いだ兄の岩篠なめ郎という名前よりはましである。彼女は、路地裏の怪しい開運グッズ店「怪運堂」の店主・竹田津優介に名探偵の素質があることに気づき、彼に解明してもらうために謎を持ち込むようになった――というのがシリーズのフォーマットだ。著者がブレイクするきっかけとなった「謎解きはディナーのあとで」シリーズが安楽椅子探偵ものの典型だったのに対し、こちらは名探偵である竹田津が、寄り道しながらとにかく歩き回り、実際に現場も確認するのが特色である。
さて、シリーズの第2作にあたる新刊『谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいる』には、そんなコンビが活躍する4つのエピソードが収録されている。
都合上、まず第2話「お墓の前で泣かないで」から紹介したい。秋川雅史のヒット曲を想起させるタイトルだが(実際に作中でも言及されている)、つみれが友人の島田理穂とともに、岩篠・島田両家の墓がある寺を訪れたところ、島田家の墓の前にダンディな中年紳士がいた。彼のことは理穂も、彼女の家族も心当たりがなかった――というのが作中で扱われる謎だ。兄のなめ郎や巡査の斉藤は、その紳士は理穂の実父なのではないかと不謹慎な想像をめぐらす。つみれの話を聞いた竹田津は、意外な真相に辿りつく。
続く第3話「大学祭で消えた男」は、つみれが通うD大学が舞台。彼女は法学部の水沢菜摘の頼みで、大学祭で落語研究会が主催する大演芸大会「だんご寄席」を観に来た。ところが、菜摘の彼氏・月島圭太の出番の最中、彼らの共通の知人である浅井玲次が会場から出ていき、菜摘が後を追ったところ、彼が廊下の途中で消えてしまうという異変が起こる。
両エピソードとも、典型的な「日常の謎」ミステリのフォーマットに則っている。些細な謎が思いがけない事態に発展する第2話、竹田津の示唆によって不可解な状況がするすると解明される第3話、ともに上々の仕上がりで、特に前者の謎と解決の落差が素晴らしい。このような「日常の謎」でシリーズを揃えることも可能な筈だが、残り2話で起こるのは打って変わって物騒な事件である。
第1話「密室の中に猫がいる」で扱われるのはなんと密室殺人事件。つみれと同じD大学に通う森山雛子は、大叔母の春江の家に泊まったが、真夜中に悲鳴で目を醒ます。同じく泊まっていた親戚の雅彦とともに春江の部屋に駆けつけたところ鍵がかかっており、鍵で開けたところ、春江は頭から血を流して死んでいた。
扉も窓も鍵がかかった部屋での殺人という、絵に描いたような不可能犯罪である。本書の中で最も大がかりなトリックが出てくる話であり、竹田津に説明される事件の経緯を具体的に脳内で再現してみると、人が死んでいるにもかかわらずあっけらかんとした趣がある。
第4話「お巡りさんと『散歩』してみた件」では、つみれは谷中の住宅街で、ある家から飛び出してきた男と出合い頭に衝突してしまう。男が逃げ去ったあと、通りかかった斉藤巡査とともにその家の中を確認したところ、住人の女性が頭から血を流して倒れていた。現場はストーブが消えていたにもかかわらず、何故か暖かかった――。事件の真相には普通は起こらないような偶然が関わっているけれども、その偶然が実は必然だったと論証する竹田津の推理に驚かされる。
竹田津は謎を解明したあと、「そもそも僕の推理だって、絶対に正しいというほどの確証はない」(第2話)と謙遜めいた言葉を口にするが、彼の推理は常に正鵠を射ていたことがあとで証明される。解くべき謎が大事件であろうと小事件であろうと、それと向き合う彼の姿勢は変わらない。
作品のトーンを揃えることにこだわらず、面白い謎なら「日常の謎」も採り入れれば密室殺人も起こす――それが、このシリーズにおける著者のスタンスだ。そんな「ごちゃ混ぜの楽しさ」が、前作同様に本書にも溢れている。どんなタイプの謎でも巧みに取り扱う著者の腕前を堪能できる一冊だ。
作品紹介
書 名:谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいる
著 者:東川篤哉
発売日:2025年07月02日
最強凸凹コンビ×猫と下町グルメたっぷりの本格ミステリ!
“猫”だけが目撃した密室殺人、大学祭で起きた人間消失事件、お巡りさんとのデート中(?)に遭遇した殺人未遂事件。
下町情緒あふれる谷中にある、鰯専門の居酒屋。看板娘の岩篠つみれのもとには、不可解な事件が次々に持ち込まれる。困ったつみれが怪しい開運グッズ店の店主・竹田津を頼ると、彼は事件現場で猫をかまったり、喫茶店でスイーツを食べたりしながら、衝撃の真相を解き明かしていく! 本作から読んでも楽しめる、超人気コージーミステリ最新刊!
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