第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉〈カクヨム賞〉W受賞作『うたかたの娘』が、10月1日(水)に発売となりました。大反響につき発売即重版となった本作は、圧倒的な美しさを持つ怪異の謎と、それに翻弄される人間の事件を描いた怪異譚です。選考委員の綾辻行人さんと米澤穂信さんの激賞を受けた本作について、著者の綿原芹さんにお話を聞きました。
取材・文/編集部
『うたかたの娘』刊行記念インタビュー
――第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞のご受賞、改めましておめでとうございます。受賞の連絡を受けたときのことを教えてください。
これまでにも何度か公募の最終候補に選出されたことはあったんですが、慣れないですね。最終選考会の日は、祭りが終わるような寂しさというか、早く結果を知りたいような知りたくないような、複雑な気持ちでした。予定時刻を過ぎても電話が来なかったので「紛糾してるのかなあ」とは思ったのですけど、その日はワンオペで家のことが忙しくて、やきもきする暇もなく、遅くなってむしろ助かりました。電話を貰った時も子どもが横でなんやかんや言ってたので気が散りましたね……。
出張先の夫に「ホラー作家になった妻をよろしく」とメッセージを送ったら、「ホラー作家の妻を持つ夫をよろしく」と返ってきました。
――選評では、綾辻行人さんが「ミステリ的なセンスのよさも感じる。そして、怖い」、米澤穂信さんが「この小説には、深みと悲哀がある」と絶賛していました。
ありがとうございます。どの選評ももったいないお言葉ばかりで、本当にとても嬉しかったです。エンタメ小説が書きたいので、テーマを声高に叫びすぎないようにということを意識していたつもりだったんですが、それでも辻村深月さんから「結論と哲学を見出している」と言って頂いたり、米澤さんに情熱があると評して頂けたことに、特に感激しました。
――『うたかたの娘』は、全4話から成るオムニバス形式で、第1話「あぶくの娘」は、語り手の「僕」による高校時代の思い出話がメインです。圧倒的な美人として有名な同級生・水嶋が、“幼い頃に〈何か〉の血を飲んだことで自分の顔は美しく変化した”と「僕」に告げます。〈何か〉の部分が今作の肝であり、奇妙な人魚伝説が浮かび上がるわけですが……。この伝説を物語の軸に選んだ理由を教えてもらえますか?
1話目は数年前、公募に出したわけでもなく、ただちょっと書いてみたくて書いてみた掌編を元にしています。その時は今よりもっとシンプルで「人を食うと人魚になる。人魚になると、人を食い続けなければ生きていけない。怖~い」みたいな話で、のちにキーパーソンになる人物もただの脇役でした。
その頃、娘がディズニーのリトル・マーメイドが好きで、絵本を一緒によく見てたんですが、人魚のイメージにも色々あるんだな、と面白く思ったのが着想を得たきっかけです。私の出身地は福井県の若狭地方で、八百比丘尼の伝説が残る土地です。だからと言って人魚に特別造詣が深いかと言われると全くそんなことはないんですが、やっぱり人魚と言われると、あの濃ゆくて独特の色をした故郷の海と、もの悲しくて恐ろしいイメージが浮かびます。
もっと話を広げてみたいという気持ちがあったので、横溝賞に出せるようなホラー小説を書きたいなと思った時に、この掌編を元にすることにしました。
人魚や八百比丘尼の不老不死伝説は創作において昔からよくあるモチーフですが、年を取りたくない、という人間の要求を、美しくないといけない、という強迫観念にすり替えると、現代的なテーマになるなということに書いているうちに気付いた次第です。
――第2話「にんぎょにんぎょう」は、主人公である保険会社営業職の藤野が、上司のパワハラ・セクハラに耐えかねて、「呪った相手が死ぬ」という曰くつきの人形を使おうとします。王道ホラー要素ともいえる「呪いの人形」が登場しますが、このアイディアはどこから出てきたのでしょうか?
この話については昔勤めていた職場の環境を思い出しながら書いたので、それはそれは筆が進んで、余計な恨みが入って物語が脱線しないよう気を遣いました(笑)。全編を通して人物に特定のモデルはいませんが、私も仕事のできないダメ営業社員だったので、藤野のキャラクターはかなり私に似ています。誰かが死ぬのか、最後がどうなるか決めないまま書いていたのですが、やっぱりああなってしまいましたね。スカッとしたということもありませんが、まあ、良かったです。
当時のメモを見返すと、呪いのアイテムを人形ではなく、「へしむれる」そのものにするか迷っていたような形跡があります。ここでいきなり「へしむれる」を出してしまうより、もう少し秘めておいた方がいいかなと思って、依り代=人形にしました。
――「へしむれる」は第3話の題にもなっていて、物語の鍵を握る存在ですね。第3話では1話に登場した神田先輩が主人公となり、地元の水族館に勤める彼が「へしむれる」という正体不明の生き物を探す女性に出会います。
最初は水族館に勤める主人公の男性は神田先輩ではなかったのですが、プロットを考えているうちに、これは神田先輩だなと気がついて、そうすると色々といい感じに繋がりました。回想を挟む形で進むため、初稿ではとっ散らかってしまい、構成に苦労した気がします。
へしむれるという名前は江戸時代に人魚やその骨を指した言葉「へいしむれる」からとっているんですが、ウェブで検索してもすぐ出てこない方がいいなと思ってちょっともじりました。当初は人を魅了するものというよりは、異形の恐ろしいもの、人魚にも分かり合えないものとして虐げられる生物、というイメージでした。私自身が魅了されてしまったのか、どんどん愛らしさを感じてしまい、それに引っ張られる形で4話ラストに明かされる真相が決まりました。
選評や、最終選考の際に読んでくださった読者の感想でも、3話が特に好評だったので、苦労した甲斐があったなと嬉しかったです。
――3話で人魚の謎の一端が明かされ、ついに最終話「鏡の穴」が来るわけですが……。選考で初めて読んだ時、次の語り手がこの人になるとは全く予想せず驚きました。舞台も時間もがらりと変わりますが、このような構成にすることはどの段階で決められたのですか?
最後の語り手は人魚にしよう、というのは当初から決めていました。神秘性や謎が薄まってホラーとしての怖さが軽減するかもしれないと危惧もしたんですが、それはそれで全体の面白さを損なうものではないだろう、とエイヤで行きました。辻村さんの選評でそこも褒めてもらえたので一安心しました。
全てが大団円とはなりようもないのですが、ホラーであっても読後感を良くしようと思っていて、当初恋の話の予定だったんですけど、結果シスターフッドの話になりました。
――最終話まで読むと1話から登場している「奇妙な人魚伝説」の意味がすべてわかりますよね。選評で綾辻行人さんが「ミステリ的なセンスのよさ」と称賛されていたのは、この伝説の謎の提示と解き明かし方の手つきにも表れているのかなと思います。ミステリとして意識したことがあれば教えてください。
連作短編という形をとっているので、一つの長編として全体の大きな謎を解き明かしていくように構成していますが、各話ごとに仕掛けを作って、独立した短編としても楽しんで読んでもらえるように意識しています。
ただそれがミステリだという意識はなくて、自然とやっていたことだったので、綾辻さんに選評でそう言って頂けたのはとても嬉しい驚きでした。対談で呪いもかけてもらいましたし。ミステリは私には書けないと思い込んでいたので……。
――ミステリとしての楽しい展開がたくさん詰まっている本作ですが、若狭地方に古くから伝わる人魚伝説、相手を殺せる呪いの人形、見た人を虜にして破滅させる生物など、ホラー好きの心をくすぐる要素も満載ですね。ホラー小説として意識されたことがあれば教えてください。
恒川光太郎さんの『夜市』とか森見登美彦さんの『きつねのはなし』とか、日常から地続きのところに存在している異界や怪異と遭遇したり侵食されたりして、境界があいまいになる、というタイプのホラーが好きなんです。
日本の古い情景やクラシカルなモチーフが好きで、そういうものばかり出してしまうところがあるんですけど、そういうのは昔からずっと変わらずに普遍的な怖さがあると思うのですが、人間の価値観だとか、時代と共に移り変わっていくものを通して現代的に解釈することを意識しました。
今後もそこのバランスを意識して、リアルだと思ってもらえる部分があるようなホラー小説を書いていきたいなと思います。
――最後に、本作が気になっているかたに向けて、メッセージをお願いします。
私自身、実はひどい怖がりで、長いことホラー小説を読む機会を逃しておりました……。ホラー小説と一言で言っても本当に色々あります。『うたかたの娘』は怖い要素もありつつ、あまりホラーに触れたことの無い方にも読んで頂きやすいものになっているのではないかと思います。
ホラー好きな方にも、ホラーって読んだことないな、という方にも、気軽に手に取ってもらえたら嬉しいです。
作品紹介
書 名:うたかたの娘
著 者:綿原 芹
発売日:2025年10月01日
第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作
道に佇む不気味な人物をきっかけにしてナンパに成功した「僕」。相手の女性と雑談をするうちに故郷の話になる。そこは若狭のとある港町で、奇妙な人魚伝説があるのだ。そのまま「僕」は高校時代を思い出し、並外れた美しさで目立っていた水嶋という女子生徒のことを語る。彼女はある日、秘密を「僕」に明かした。「私、人魚かもしれん」幼い頃に〈何か〉の血を飲んだことで、大病が治り、さらには顔の造りが美しく変化したのだと――。
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▼対談はこちら 綿原 芹×綾辻行人
https://kadobun.jp/feature/talks/2dy31ln4976s.html