デビュー作『化け者心中』で文学賞三冠達成!
最注目の気鋭が描く、いびつな夫婦の恋物語。
デビュー作『化け者心中』で小説野性時代新人賞、日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞を受賞。いま最も注目を集める歴史時代作家小説家・蝉谷めぐ実の第2作『おんなの女房』は1月28日に発売されました。
歌舞伎を知らぬ女房と、女より美しい“女形”の夫。やがて惹かれ合う夫婦を描くエモーショナルな時代小説を、まずは試し読みからお楽しみください。
『おんなの女房』試し読み#19
「これでもまだ、しらばっくれる気かい!」
怒り狂うお富を寿太郎が
男が演じる女子はそっと身を引き
どう考えても女形こそが女としての理想の姿で、現の女ははしたなくって醜い。志乃はお富のそばにいるのがなんとも恥ずかしくなってくる。だが、暴れ回る現の女には女形の姿など一切目に入らないらしい。廊下に転がっていた
「危ないねえ。俺たちのお姫さん方のお顔に傷でもついたらどうしてくれるんです」
「癇癪玉はぐっと押さえ込んでいただかねえと、お富さん。あなたも役者の女房なんですから、舞台の上の女子を見て勉強なすってはいかがです」
厳しい言葉に志乃は思わずお富の様子をうかがったが、お富はそっぽを向いている。すると男は廊下の端で身を隠している一人の女形の手を取った。
「そうだよ、ねえ
言いながら、男は女形の顔を
「何だい、今日もご機嫌が斜めってわけかい」
女形は男の手を振り払い、まっすぐに志乃に向かってくる。その姿を見るのは数日振りで。
そうね、と志乃は目を瞑る。そうよね、いらっしゃるはずだわよね。小屋に入る前に一度あっとは思ったけれど、目の前に鼠木戸が開いていれば、くぐらずにはいられなかった。
縮こまり、
「よくもまあ、こんなところにのこのこと顔を出せたものですね」
今日の燕弥の役の漬けが甘いのは、せめてもの救い。燕弥が夏芝居で割り当てられた役は殊更性格がきついのだ。
「女形の女房は、その存在を知られてはいけないものだと散々そのお粗末な耳に言って聞かせたはずですけれど」
立役に、嫁を
だからもう、志乃は出来るだけ体を小さくすることしかできない。だが、そんな燕弥に男はなんでもないように話しかける。
「そいつはあんまりだ。芝居のことを何も知らない
男が出してくれる助け舟も菖蒲の葉で作ったかのように涼やかだ。燕弥は男を
「ご迷惑をおかけしたことは頭を下げますがね、
「あれまあ、つれないじゃないか。お前の
「今、立っているこの板が
「檜舞台の上と現じゃ違うってことかい。なんだい今日はついてない。もっと役に漬かっている日であれば、耳をぽっと赤くしてくれるのにね」
「またそうやって噓をつきなさる。その出まかせのせいでわたしに鐘の中で焼き殺されることを、覚えていらっしゃらない?」
「お。それじゃあ、お前は蛇になって俺を追っかけてくれるんだね」
「仁左次さん。
「そんな恐ろしい顔で
「あら、仁左次さんだって川渡りに随分手こずっているご様子で。あれじゃあ、すぐに川で追いついて、お前様を頭からざんぶり
「こいつぁ面目がない」
目の前でぽんぽんと交わされる言葉の応酬に、志乃は目を丸くする。怒り狂っていたはずの燕弥の顔の
「清姫様のお眼鏡に
その声を皮切りに、尻っ
「この舞台にも
「清姫の舞台に、堺町の清姫がご登場なんてさ」
それに、と差し込まれた声は、涼やかというより冷たくて痛い。
「燕弥の女房殿に御目通り
(この続きは本書でお楽しみください)
作品紹介・あらすじ
おんなの女房
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年01月28日
『化け者心中』で文学賞三冠。新鋭が綴る、エモーショナルな時代小説。
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。
私はなぜこの人に求められたのか――。
芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いをめぐらす。
女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。
いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。
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