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レビュー

鬼にはあって、人間にないもの。人間にはあって、鬼にないもの。——蝉谷めぐ実『化け者心中』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー

蝉谷めぐ実『化け者心中』(KADOKAWA)

評者:吉田大助



 年末も差し迫り、二〇二〇年の小説界の新人賞受賞作が出揃いつつある。ここに来て、強力な〝新人王〟候補が現れた。第十一回小説野性時代新人賞を受賞した、蝉谷めぐ実の『化け者心中』だ。

 ときは文政、ところは江戸。日本橋で鳥屋を母と営む青年・藤九郎は、金糸雀を売ったことがきっかけで、三年前に引退した当代一の女形・田村魚之助の屋敷へと足繁く通う。今なお普段から女性の格好をしている魚之助は、現役時代に舞台上で起きたある事件のせいで、両足の脛から下がない。「あたしにこの足であるけっていうてんのか」。気が弱くお人好しの藤九郎は、ブツブツ言いながらも魚之助をおぶり、移動のための足となる。ある秋の日、二人が出かけて行ったのは江戸随一の芝居小屋、中村座だ。座元の中村勘三郎が魚之助に依頼したのは、鬼退治だった。五日前の夜、六人の役者を部屋に招き芝居の本読みをしていたところ、大詰めのシーンでごろぅりと、車座の真ん中へ生首が転がり落ちた。その刹那、全ての蝋燭の火が消え、咀嚼音がしたのちに血だまりを残して生首は消えた。役者の頭は六つある。六人の役者のうち、誰かに鬼が成り代わったのだ――。そう、本作は、フーダニット(=「誰がやった?」)を根幹に据えた本格ミステリーだ。

 岡っ引きの任を引き受けたでこぼこコンビは、容疑者六人の役者の元を訪ね歩き、尋問し、本性を暴く。藤九郎は芝居に興味がないド素人(やや天然)ゆえに、相手を簡単に「鬼」認定してしまうのが面白い。とはいえ、魚之助はとうの昔から熟知しているし、藤九郎も徐々に理解し始める。役者とはそもそも、「人あらざる者」であることを。作中作として採用されたのが『曾根崎心中』、という選択が効いている。歌舞伎ミステリーの真髄である「芝居とは何か、役者とは何か?」という謎もまた、果敢に掘り進められていくのだ。

 そのうえで、著者はもう一つ大きな謎を掲げている。「人間とは何か?」。アプローチの仕方として選ばれたのは、「人あらざる者」との対比だ。人間の「似せ者」である鬼にはあって、人間にないものとは何か。人間にはあって、鬼にないものとは何か。実はこの謎とアプローチの仕方は、人工知能研究とリンクする。人工知能を知ることは、人間を知ることである。それと全く同じように、鬼を知ることは、人間を知ることなのだ。そう考えるならば……人間と見紛うばかりの振る舞いをする真犯人=鬼は、対象物(ここでは「人間」)の特徴を自ら発見して自ら学ぶ、人工知能研究の最先端の手法「ディープ・ラーニング」が生んだ化け物のようにも見える。最終的に人間には成り切れなかった、失敗の背景や理由も含めて。ならば藤九郎と魚之助の捜査は、チューリング・テスト(=対象者が人工知能か人間かを判断するためのテスト)ではなかったか?

 江戸という時代と場所、芝居という異世界の仮想体験を軽やかに実現してみせながら、思弁は深い。「心中」を冠した本作の、最後に現れる「共生」のメッセージが胸に迫るのは、物語を通して人間存在の深い海に潜ったからだ。この人の思弁をこれからも追い続けたい、そう感じさせる、恐るべき物語作家が誕生した。

蝉谷めぐ実『化け者心中』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000161/

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