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(評者:大矢 博子 / 書評家)
東川篤哉『谷根千ミステリ散歩 中途半端な逆さま問題』(KADOKAWA)
あははは、のっけから東川篤哉で楽しくなってしまった。
だってヒロインの名前が「つみれ」って。元気な女子大生のつみれちゃん、音だけ聞けばスミレの花みたいで可愛いと言えなくもないが、苗字が岩篠だぞ? 岩篠つみれ。汁物の具か。さすが烏賊川市なんていう地名のシリーズでデビューした作家だけのことはある。
まあ、名前の由来は本編をお読みいただくとして。これまで毒舌執事に魔法使い、探偵少女に高校の探偵部などなど、数々の個性的な名探偵を産んできた東川篤哉の新作は、古き下町情緒溢れる谷根千エリアを舞台にしたバディものだ。
バディというからにはつみれちゃんの相棒がいるわけで、それが谷根千の路地裏にある開運グッズのお店「怪運堂」のミステリアスな店主、竹田津優介である。
先輩の相談事をきっかけに出会ったふたりは、石材店から何も盗まずに逃げた泥棒の謎、留守中に居間の小物や家電が逆さまに置き直されていたという奇妙な「逆さま事件」などから、風呂場で見つかった溺死体、一人暮らしの女子大生の部屋から逃げ出した怪しい男の一件などを鮮やかに解き明かす──。
いや、待て。さほど「鮮やかに」ではない、かも。
元気女子とミステリアス男子のバディもの──と言えば想像するのは、暴走しがちの女子がやたらと事件に首を突っ込み、クールで頭脳明晰な男子が探偵として鋭く鮮やかに謎を解くというありがちなパターン。ところが本書の場合、女子の方はそれでほぼ間違いはないが、男子の方が違うのだ。
この竹田津くん、たぶん頭脳明晰ではあると思うんだが、なんかこう、実にゆるいというか、のんびりしてるというか、ボケてるというか。つみれちゃんは元気女子にありがちな「迷推理」をたびたびやっちゃうんだけど、竹田津の方もあっちにふらふら、こっちにふらふら。時にはポカもあったりして、どっちがボケなのか時々わからなくなるのである。大丈夫かこのふたり。
そんなユルいバディが、終わってみれば事件を解決している。なぜか。舞台が谷根千だからだ。
谷根千とは東京の文京区と台東区にまたがるエリアの呼称で、谷中・根津・千駄木という地名の頭文字をとったもの。戦災の被害が少なく、その後の開発も免れたことで古い街並みが残り、令和の現代にして昭和の下町風情が感じられると評判を集めた。最近では地方にもその名前が広まりつつある。古くからの店が軒を連ねる谷中銀座商店街あり、若者向けの個性的なショップの進出あり。地域猫が多いのも人気の一因。先日見た情報番組でも、お笑い芸人さんが谷中銀座のお肉屋さんでコロッケを頬張っていた。
夕日に映える大階段「夕焼けだんだん」、路地で昼寝する猫、せんべいやコロッケ片手に歩く商店街、こだわりのコーヒーを出す古い喫茶店。そんな町が舞台だから、ふたりはふらふらと「散歩」をしながら謎を解く。聞き込み先は石材店だったり(谷中には徳川慶喜や森繁久彌の眠る谷中霊園がある)、お好み焼き屋だったり、タピオカミルクティーを出す純喫茶だったり。時々猫をかまったり、かき氷屋の冷たさに身悶えしたり。
ゆるいのが似合うのだ。急いではもったいないのだ。行ったり来たり、横道に入ったり覗いたりするのが楽しい町なのだ。だからつみれと竹田津も、ふらふら歩く。ぽくぽく歩く。推理は行ったり来たりするし、たまには横道に逸れる。そして気づけば、何気ない日常の謎に思えた事件が、最初には予想もしなかった場所に到達する。まるで迷路のような古い街並みを散歩するかのように──それが『谷根千ミステリ散歩』なのである。そういえば名作古典のオマージュのようなエピソードがあるのも、散策の途中で古い建物を見つけるのに似ている。
つみれ&竹田津のふたりと、のんびりゆったり散歩をお楽しみあれ。意外な場所に連れて行ってくれること間違いなしだ。
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