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レビュー

【解説】清張小説の既作の総決算的なたくらみが盛り込まれている――『二重葉脈 新装版』松本清張【文庫巻末解説:香山二三郎】

松本清張『二重葉脈 新装版』(角川文庫)の巻末に収録された「解説」を特別公開!



松本清張『二重葉脈 新装版』文庫巻末解説

解説
やまろう(コラムニスト・書評家)

 まつもとせいちようはタイトル・ネーミングの名人であった。
 社会派ミステリーのパイオニアとなった『点と線』はその意味でも記念すべき作品といえよう。評論家のごんまんは「人間というものは、なにか一つの点のようなものではないか。この点と点を結びつけている線が、あるいは親友であり、恋人であり、先輩後輩の関係である。しかしこの線は、あるいは、他人が見てそういう線を引いているのではないか。実際はそうではないが、あたかもそうであるように他人が勝手な線を引いている、という関係もありうると思う」という作者の言葉を引いて、「偽装心中事件とアリバイ崩しを扱っているこの作品に、まさにぴったりの題名ではないだろうか」(『松本清張 時代の闇を見つめた作家』ぶんげいしゆんじゆう)と評した。その通り、「点と線」という素っ気ない単語の羅列にこんなドラマチックな意味合いを含ませるとは、やはり天才肌というほかない。
 もっとも、作家とうたかしによれば「松本清張は、タイトルのつけかたがうまい人であったが、時によっては思い込みが強く、少々飛躍的なタイトルをつけてしまうケースがないでもない。〈点と線〉はみごとだが〈ゼロの焦点〉はわかりにくい」(『松本清張あらかると』光文社知恵の森文庫)とのこと。その点について、権田萬治は「清張の場合、短篇の場合は別として、長篇は細かいストーリー展開まであらかじめ決めずに書く傾向があり、そのため、どういう展開になってもあまりおかしくないように、抽象的なタイトルを付けて置くということがあったと考えられる」(『松本清張 時代の闇を見つめた作家』)と述べている。
 本書『二重葉脈』はどうか。一見物語とはかいしたわかりにくいタイトルのようだけれども、葉の表に分布する葉脈を、暴走する経営陣と抑圧される下請業者とが対立する企業社会になぞらえているとすると、実は物語に即したイメージ豊かなネーミングといえるだろう。
 物語は、その両者の対決現場から始まる。東京・おぎくぼすぎなみ公会堂で三か月前に倒産したイコマ電器の第一回債権者会議が開かれたのだ。イコマ電器は家電を中心に売り上げを伸ばし急成長したが、設備投資を拡充しすぎて弱電気不況を乗り切れなかった。しかしワンマン社長のこまでんは粉飾決算を続け、倒産。会社更生法の適用と相成ったのだが、下請業者は二〇〇社以上といわれ、三億円余の使途不明金を横領したとの疑惑を持つ生駒社長への追及は激しかった。生駒宅に押しかけ警官につかまったこともあるかみおか紙器の神岡こうへいや隠匿した資金を吐き出さなければ実力行使も辞さないと訴えるすず製作所の鈴木とらろう、工員の給料が払えないのを苦に妻が自殺したきたがわ合成樹脂製作所の北川りようさくなど、業者たちの言葉はいずれも出席者たちの熱い共感を呼ぶものばかり。
 だが当の生駒伝治はというと、かん駿河するがだい駿すんきようそうホテルに雲隠れしていた。
 生駒は自分の居場所を知る数少ないイコマ電器秘書室長のやなぎいちろうや弁護士のばやしひろいちを前に文句を並べていたが、やがてふいに姿を消す。柳田がだんで旅館を営む元愛人のまるばしとよに問い合わせても知らぬというし、前営業担当専務のまえおかしようぞうや前経理担当常務のすぎむらはるに電話をしても二人とも四国や奈良へ旅立っており連絡がつかなかった。のちに駿峡荘の女将おかみからの連絡で、生駒が東北の方へ旅立ったらしいことがわかるが……。
 ここで場面は一転して、岡山県の山間、あさひがわ人造湖沿いの集落で起きた出来事に話は移る。岡山方面から来た白ナンバー車が運転を誤り、湖に落ちたと民家に駆けこんでくる。幸い、車は斜面を滑って前面を湖水に漬ける程度で済んでいた。付近の住民を集めて車を引っ張り上げ、事故は片付く。乗っていた初老の男客と若い女は無事上流のばら温泉に向かって去り、同温泉のさんすいそうに投宿、翌日土地のタクシーでにいの駅で降りていったという。
 この湯原温泉のエピソードは物語的に後半重要になってくるし、ミステリー的にも重要な役割を果たすことになるのだが、それは読んでのお楽しみとして、やがて生駒は東北旅から帰京、彼を糾弾しようとする前出の神岡を始めとする五人の下請業者の追及を逃れるように、居場所を転々としていく。
 してみると、のらりくらり、何が物語の要なのか、ちょっとわかりにくいかも。
 しかし、杉村の不在が長引くにつれ、ついに警察の出番となるに至って、本格的な捜査活動小説の発動と相成るのである。そこで登場するのが警視庁捜査一課のじんしげる巡査部長なのだが、まずはその外見にご注目。彼は「四十くらいのずんぐりした男」で「うす汚れたネクタイも緩み、ズボンも折り目がとれてだぶだぶしている。(中略)あから顔のところは、すし屋のおやじのような印象だった」。スッキリした会社員風の相棒、若手のつか刑事とは対照的だが、捜査法も至って地道な聞き込みを基本とする。わからないことは根気よく聞いて回る。そうやって聞いて回るうちに、あるいは塚田刑事と対話をしているときにひらめきが訪れるというタイプである。
 刑事コロンボとはタイプは異なれど、充分一読に値する警官探偵である。
 さて、神野たちが登場して以後、物語は連続殺人ものへと転じていくが、読みどころはその犯人探し──フーダニットの行方もさることながら、事件現場の選定にあろう。まずは大阪・びきふるいちにあるおうづか古墳。応神天皇陵がモデルとおぼしき架空の古墳だが、著者が本作の刊行と前後して古代史ものに傾注していったことを考えると、単なるトラベルミステリー的な興味からの舞台選定ではないだろうことがうかがえよう。そして前出の湯原温泉に続いて、大阪・河内かわちなが市のこんごうの事件となるのだが、その場所については『砂の器』の方言“カメダ”の謎をほうふつさせる言葉仕掛けが使われている点にご注目。
 関西の舞台選定についてはまた、鉄道ファンに次の点、注意を喚起したい。本書が描かれた一九六〇年代半ば、東海道新幹線はすでに開通していたが、在来線もまだまだ元気でユニークな列車が走り回っていた。本書に登場する急行大和やまともその一つである。金沢、和歌山、みなとまちと行先の異なる三つの列車が一つに連結されて運行されていたとは、今となってはアンビリバボーな現象というほかない。
 前半の企業サスペンス的展開といい、後半の捜査小説的展開、そして終盤の犯罪小説的展開といい、してみると、本書は清張小説の既作の総決算的なたくらみが盛り込まれているといってもいいかもしれない。そう、『点と線』のアリバイ崩しの妙、『ゼロの焦点』のトラベルミステリーの妙、『けものみち』の金融犯罪ものの妙などなど。
 本書は「読売新聞」一九六六年三月一一日から翌六七年四月一七日まで連載された。
『点と線』『眼の壁』で大ブレイクを果たして八年、まさに脂の乗り切った清張小説がここにある。

作品紹介



書 名: 二重葉脈 新装版
著 者:松本清張
発売日:2025年01月24日

金は、重役は、どこへ消えた? 歪んだ格差社会に光を当てた傑作長編!
大手家電メーカーのイコマ電器が倒産した。ワンマン社長の生駒伝治が、粉飾決算をつづけていたばかりか、重役たちとともに3億円あまりの金を横領した疑いがあると聞き、行き詰まった下請業者らは憤慨する。ところが当の生駒はのらりくらりとそれをかわして説明責任を果たそうとしない。そのさなか、前重役のひとりが失踪。殺人を疑う警察は捜査に乗り出すが……。不合理な社会のひずみを激しく糾弾した社会派長編推理小説。

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