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特集

【インタビュー】冤罪被害はなぜ生まれるのか? “科学”の矛盾に迫る社会派ミステリー 大門剛明『シリウスの反証』ドラマ化記念インタビュー

昨年、『神都の証人』で山田風太郎賞を受賞した大門剛明さん。視点を変えつつ、「冤罪」をテーマに執筆を重ねてきた大門さんが、冤罪被害者の生の声を聞き、執筆した緊迫の社会派ミステリー『シリウスの反証』がWOWOW「連続ドラマW」で放送スタート!
冤罪被害者の救済活動に取り組む団体「チーム・ゼロ」のもとに届いたのは、無実を訴える死刑囚・宮原からの手紙。郡上ぐじょうおどりの夜に起きた一家惨殺事件。凶器の包丁に宮原の指紋がついていたため、彼は逮捕されたのだが――。事件について調べ始めた弁護士・藤嶋が気付いたのは検察の主張と矛盾する不自然な事実。「チーム・ゼロ」は指紋の再鑑定、難攻不落の再審請求に挑むのだが……。ドラマ化とともに、文庫化された、本作の執筆プロセスについて大門さんにお話を伺った。

取材・文:河村道子

大門剛明『シリウスの反証』ドラマ化記念インタビュー


――第16回山田風太郎賞の受賞おめでとうございます。『神都の証人』は、デビュー作『雪冤』から書き続けてこられた冤罪というテーマを、最高の形で昇華させたいと、長い時間をかけて完成した作品であったと、記者会見でお話をされていましたね。

大門:ありがとうございます。デビューから16年目で、初めていただいたのが、こんなにも大きな賞だったので驚きました。その喜びをかみしめるとともに、自分はこの先、どのように書いていくかという展望へと思いが巡っていきました。僕は冤罪をテーマに多くの作品を書いてきましたが、焦点はそれぞれ違っているんです。たとえば『完全無罪』は無罪と無実の違い、『神都の証人』は冤罪を生み出す根本がどこにあるのかというところに焦点を置きました。同じテーマでも決して同じ見え方にはならない、常にまだ見ぬ地平に踏み出していきたいという思いを抱いて執筆をしています。


――このたびWOWOWでドラマ化された『シリウスの反証』で焦点を当てたのは1990年代にアメリカで始まった冤罪被害者の救済活動に取り組む民間の活動、イノセンス・プロジェクトです。本作は「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」(当時は「えん罪救済センター」)の活動をモデルにされたということですが、執筆の起点についてお聞かせください。



大門:Aであると言われたものをBに覆していく。小説のなかの冤罪は、それだけでエンターテインメントになります。ゆえに自分は、冤罪というものを創作の道具のようなものとして見ていた面がどこかあるのでは?という迷いがずっとあったんです。冤罪を本当に理解できているのか、いや、まだまだ知識が足りないという思いで、様々な文献に当たっていくなか、イノセンス・プロジェクトの存在に至りました。そこでイノセンス・プロジェクト・ジャパンの中心にいらっしゃる笹倉香奈先生に連絡を取り、様々なことを教えていただくようになったんです。笹倉先生は三兆候(硬膜下血腫・眼底出血・脳浮腫)が子供にあるだけで、虐待と断定されてしまうSBS(揺さぶられっ子症候群)問題に果敢に取り組まれていらっしゃいます。SBSでは、原因が病気などの可能性がある場合でも暴力的に揺さぶられた、つまり虐待されたと保護者が判断されてしまい、時に逮捕、起訴され、有罪判決を受けることもあるんです。笹倉先生から、そのえん罪被害者の会に参加してはどうですか、というご提案をいただき、被害者の生の声を聞いていきました。裁判も傍聴するなか、疑われてしまった人たちが、どれだけ国家、そして法の圧倒的な力でねじ伏せられているのか、その害悪が凄まじいものなのかということを、生の声から知ることができました。そのプロセスのなかで、自分の内側に巻き起こった嵐のようなものが、執筆の起点となりました。


――『シリウスの反証』では、冤罪被害者の救済活動に取り組む有志の団体「チーム・ゼロ」のもとに、「助けてくれ。俺はむじつだ」と書かれた手紙が届くところから始まります。手紙の差出人は一家4人殺害事件の犯人とされ、30年近く収容されている死刑囚・宮原信夫。事件を調べ直すため、岐阜県郡上八幡の現場へと足を運ぶ若手弁護士・藤嶋は、次第に科学捜査の恐るべき罠に気付いていきます。

大門:視点人物となった藤嶋は“空”に近い、ピュアな人物として書いていました。冤罪事件と向き合いながら彼が成長していく様は、イノセンス・プロジェクト・ジャパンの活動を取材させていただくなかで、冤罪というものの凄まじい実情を知り、もっともっと知識を得たいと取り組んできた、自分自身が重なったものでもありました。


――時々、熱くなってしまったり、あまりにも真っ直ぐな物言いで相手を怒らせてしまったり。藤嶋の真っ直ぐな眼差しが、ストーリーの原動力となっていますが、彼自身、重いものを背負っています。同じく「チーム・ゼロ」のメンバーである、高校以来の親友、弁護士・安野あんのは肩の力が抜けていて。対照的な二人のバディも魅力的です。

大門:ストーリーに人間臭い面を入れたかったんです。安野の言動はとてもライトで人間臭い。弁護士や大学教授などの有志によって運営される「チーム・ゼロ」のメンバーは皆、ひとクセもふたクセもある、法の超人たちなので、そこに一般人に近い感覚の人が入り込んでいる、というイメージで安野を描いていましたね。


――藤嶋と安野が“シリウス”と呼び、その背中を追いかけていく、元弁護士で大学准教授の東山佐奈先生は、ストーリーのなかに燦然さんぜんとした光を放つ存在です。「チーム・ゼロ」を立ち上げ、なぜ日本では、海外に比べ、これほど再鑑定が実現困難なのか、と訴え続ける、彼女の造形についてお聞かせください。

大門:彼女ははじめ、供述分析のスペシャリストに過ぎなかったのですが、書いているうちに成長していったんです。「チーム・ゼロ」は、メンバー皆が対等。でもそのなかでひとり飛び抜けた存在がいた方が面白くなるかなと。ちょっとスーパーマン的に書きすぎたかなという感もあるのですが、僕が出会った笹倉先生の仕事ぶり、ご活躍ぶりが、実際、そうであったので、この世界にはこういうスーパーマン的な感じの人がいるのだということも描きたかったんです。


――一家4人殺害事件「吉田川事件」で現場から見つかった凶器とみられる包丁には、宮原信夫の指紋がついており、それが動かぬ証拠となりました。「チーム・ゼロ」のなかでも、宮原死刑囚の冤罪を立証するのは無理ではないかという声が、それぞれの知識を以てあがっていきます。藤嶋が訪ねていく、当時の弁護士や刑事、検事、指紋鑑定官の視点もつまびらかになっていくのですが、こうして様々な立場の人の視点、意見を出していくことで著わしてみたかったこと、そうでなければ描けなかったこととは?

大門:本気で、真剣に考えてきたという自負があると、人は正当性を主張したくなり、そして意見が違えば、行動も違ってきます。弁護士や検事、指紋鑑定官など、登場してくる人物たちは皆、自身が極めてきたものを持つエキスパートたちです。彼ら彼女らの経験に基づく知識、自負を以て、立場の違う登場人物ひとりひとりのなかに自分自身が入り、相手や周りの意見には流されない、それぞれの信念をぶつけ合うようにして書いていました。けれど、書き進めるなかでは、自分と違う意見に耳を傾けるところも出てきました。自身の信念を貫く一方、そこで一歩踏みとどまれるか、ということから、次の展開が見えてくることもあるということも重視して書いていました。


――そのなかで提示されていくのが、人は科学という権威に弱いという「ジャンクサイエンス」です。“一兆分の一。それが指紋鑑定が間違っている確率だ”と言われている指紋鑑定は、どのように行われているのか、ということもつまびらかになっていくなかで、皆が「絶対」と思っている科学捜査について、本作はメスを入れていきます。

大門: 科学捜査を絶対的なものとして見てしまうのは仕方のないことではあると思っていますし、僕自身、尊敬の念を持つことを常に意識しています。本作ではまず、指紋鑑定がどうやって行われているのか、そしてなぜ「間違いない」と言われているのかというところを、様々な本や資料を読んで勉強していきました。そこで「これなら間違える余地なんてない」という考えに至ったわけですが、同時に湧き上がってきたのは、その考えによるバイアスが真実を歪めていくこともあるのではないかということ。絶対と思われたものも間違ってしまうということが描けると、そうなったときの絶望感、人々のなかに生じてきてしまうものを表現できるのではないかと思いました。


――“無知の暴露”“コンコルドの誤謬ごびゅう”など、絶対と思いがちなものだからこそ、人がバイアスにかかっていく様子がわかりやすく表現されていきます。

大門:自分自身でも知らなかったことを勉強して書いていたので、どういう風に書けば、読む方がより理解できるかというところに意識を向けていました。本作では、取材や資料をひもとくなか、知らなかったことがどんどんわかってくる面白さを、僕自身、体感していたので、物語に落とし込むとき、「自分ならこう説明されたらわかりやすい」「この展開で、こういう風に言われたら“なるほど”と思う」というところを大切にしていきました。


――驚きの展開が連なっていきますが、ストーリー半ばで訪れる急展開には愕然としてしまいます。

大門:連載時にあの展開はなかったんです。単行本にする時、全く違う作品にするつもりで大改稿をしました。絶対的だったものが消えていくその展開は、「チーム・ゼロ」が追及するところにもリンクし、そうなったとき、人はどう動くのかという人間ドラマの部分へ分け入っていくことができたと思います。


――ひとつの事件、判決を巡り、立場の違う人々の思い、自身の仕事に対する信念は、ストーリーのうねり、そして驚きの伏線ともなっていきます。

大門:それぞれの人物が真剣に向き合っていくと、自分の思考の届かないところが必ず出てくる。そういうところを意識しないと見えてこないものがある。かといって常に意識していては、自分の分野を深めていけない。その塩梅あんばいは、とても難しいものだと思うのですが、ひとつの物事に真摯に向き合い、極めていった先に起こることを、読者の皆さんにも味わっていただきたいなと思いました。


――“この世に絶対の正義があるとしたら、それは冤罪をなくすこと”という、作中の言葉が読後もずっと響いてきます。

大門:いろんな正義があったとして、そこに共有できるものがないと、そもそも社会自体も成り立たない。「絶対の正義」とはいったい何なんだろう?と考えたとき、人間とはとても勝手な生き物であると同時に、「なぜここまで清らかなのか?」と思えるくらいの正義感も持ち合わせていると感じたんです。立場の異なる者たちが、この事件に対峙するなか、最小限、共有できる言葉は何だろうと考えた時、犯罪捜査と関わる人たちが決して否定できない、おそらく誰もが抱くであろう数少ない言葉のなかのひとつがそれなのかなという思いがありました。



――1月10日から「連続ドラマW」で、本作のドラマ化作品の放送がスタートします。『シリウスの反証』へのドラマ化オファーが来た時は、どのように感じられましたか。

大門:本作は「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」の活動、そして冤罪への関心が高まる作品だと思っていたので、皆さんに広く観ていただくなかで、冤罪というものの実情が、良い方向へ向かえばという期待を抱きました。第1話の映像を拝見したのですが、硬質な空気のなかのテンポ感が素晴らしく、ストーリーに引き込まれてしまいました。全編を通し、脚本を拝読しましたが、とても原作を大事にしてくださっているなと。そこに、映像ならではの表現が息づき、原作とは少し異なる場面やセリフからは、映像のつくり手の方々の意図が明確に伝わってきました。ロケにも行かせていただき、主人公・藤嶋翔太を演じる中島裕翔さんともお話ししました。藤嶋を大変魅力的に演じていただき、この先の展開も、とても楽しみです。


――このドラマをどんな風に楽しんでいただきたいですか。

大門:まずは映像に巻き込まれるまま、楽しんでいただきたいですね。なぜそういう真相になったのか、冤罪が発生したのかというところについては、原作を読まれた方は、映像を通してさらにクリアに見えてくるかもしれない。僕自身、作中で著したものが、どういう風に映像で表現していただけているのか、とても楽しみにしているので、読者の皆さんとその楽しみを共有できたら、と思っています。ドラマを観て、原作を読みたいと思われた方は、尺があるゆえに映像では描かれなかった部分を、原作で味わっていただければ。映像と原作、それぞれでしかできない表現を対比しながら楽しんでいただけたらうれしいですね。

作品紹介



書 名:シリウスの反証
著 者:大門 剛明
発売日:2025年10月24日

冤罪救済チームが、難攻不落の再審請求に挑む。緊迫の社会派ミステリ。
冤罪被害者の救済活動に取り組む有志の団体「チーム・ゼロ」。ある日、彼らのもとに「助けてくれ。俺はむじつだ」と書かれた手紙が届く。それは、一家4人殺害事件の犯人とされ、30年近く収容されている死刑囚からのものだった。事件を調べ直すため、郡上市の現場へ足を運ぶ若手弁護士・藤嶋は、次第に科学捜査の恐るべき罠に気付いてゆく。だが再審への希望が見えた矢先、予想外の事件が起きてしまい――。緊迫の社会派ミステリ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322506000520/
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