有栖川有栖『濱地健三郎の呪える事件簿』(角川文庫)の巻末に収録された「解説」を特別公開!
有栖川有栖『濱地健三郎の呪える事件簿』文庫巻末解説
解説
本格ミステリ作家は人間が書けない、などと言われた時代があったなんて信じられないほど、有栖川有栖は人間を書くのがうまい。本書を読んで、改めて実感した。チャーミングな人物も、そうでない人物も、普通の人間のふとした感情の描写も、とてもリアルだ。依頼人やその関係者たちについては、毎回それほど細かく描きこまれているわけではない。しかし、たとえば怪異や心霊探偵に対する反応のわずかな描写だけでも、彼らがどんな人間なのかが浮かびあがってくる。生きた人間がそこにいると思うからこそ、読者も、彼らが直面する怪異を恐ろしく感じるのだ。
シリーズを通して登場するメインキャラクターたちは、さらに生き生きと描かれている。探偵助手の
そう、いわゆる本格ミステリではないとは書いたものの、本書を含む濱地健三郎シリーズには、魅力的な謎や事件も、それを解決する、魅力的な探偵も登場する。しかし、その事件は、ほかのどの有栖川作品とも違う、特殊な事件である。相談者を害する怪異の正体は何なのか。何故その場に、その霊は、その姿で現れるのか。霊の姿が視え、怪異の存在を感じとれなければ、そもそも調査や推理のしようがない。どんなに優秀な頭脳を持った探偵でも、たとえば
濱地は、前二作においても、たくさんの人や、ときには霊を救ってきたが、シリーズ第三作となる本書では、ますますバラエティに富んだ事件が彼のもとへ持ち込まれる。コロナ禍の時期が舞台になっているから、事件も世相を映したものが多いのが印象的だ。連作形式になっていて、前二作を未読でも、本書から問題なく楽しめる。以下、各話について読みどころを簡単に紹介する。
*これから、内容に触れます。前情報なしに本編を読みたいという方は**まで飛ばしてください。
一本目の「リモート怪異」では、ユリエの先輩によって、コロナ禍中のオンライン飲み会で起きた怪現象が語られる。話を聞くのはユリエだけで、濱地は直接関わらないが、怪現象の真相を解き明かしつつ、怪異の存在、その可能性自体は否定しない、こういったホラーミステリは、個人的に、まさに好きなタイプの話だ。ユリエの視線のあたたかさもあって、怖い話としては描かれていないかもしれないが、オンライン飲み会やオンライン会議をよくする読者は、自分と重ねて少し背筋がひんやりしたのではないか。
二本目、「戸口で招くもの」には、本書の中でも特にビジュアルインパクトが強い怪異が登場するが、それ以上に、死体の発見より先に首と両手首のない幽霊が現れ、殺人事件が起きたことを知るという、本シリーズならではの展開がいい。「首のない霊がいるから、これから首のない死体が見つかるはず」という理屈は、なかなか、ほかのシリーズでは書けないだろう。殺人事件の真相以上に、幽霊が何故そういう行動をとるのか、という謎の、グロテスクな見た目と裏腹な理由がどこか物悲しく、印象に残った。
三本目、「囚われて」は、逆転の発想がおもしろい。こういうことが起こりうる、という話は、実はかつて、私も某所で書いたことがある。しかし、その「当事者」から「タスケテ」と電話がかかってくる、というのは、濱地という存在があってこその導入だ。事件の渦中にいながら怪異の存在を信じない人物の
四本目「伝達」は、濱地と協力関係にある刑事・赤波江の魅力が伝わる一篇だ。メインエピソードは彼が遭遇した事件で、それを解決する過程で語られる「信じられない偶然」についての話や、それに対する濱地の反応も印象的だが、赤波江が立ち寄ったおでん屋で聞いた話がまたおもしろい。「
五本目「呪わしい波」で描かれる、幻の波が寄せてきて布団を浸すという怪異もまた興味深い。しかし、その背景には人の悪意がある。読みながら、怪異を悪用する人間の存在に恐れや怒りを感じるとともに、ああ、この世界に濱地がいて、この人が濱地に出会えてよかったとほっとした。
六本目にして最終話の「どこから」では、濱地は二つの事件を解決する。一つ目の事件では、悪さをする霊を撃退した後、それが何故、どこから来たのかについて、濱地の推測が語られる。しかし、二つ目の事件において、濱地はある遺産を相続した男にまとわりつく怪異と対決し、依頼通りに撃退するものの、その正体については謎が残る。濱地でも、何でもわかるわけではないのだ。濱地自身は、それをそれとして受け容れているようだが、読者は、かつてそこで何があったのかについて想像してしまう。読み終わると、「どこから」という、シンプルかつ意味深なタイトルが、より不気味に感じられる。
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シリーズ第三作となる本書で、彼のもとへ持ち込まれる怪異は、不気味な動きを繰り返す首と両手首のない霊や、すでに人の姿をとどめていないものなど、これまで以上にグロテスクだ。人に対して明確な害意のある危険な怪異と探偵が直接対決することも増えた。その怪異が何故そのような姿をしていて、何故そこに出るのか、ときには、濱地にもはっきりしないまま、ただ消し去るのが精いっぱいのこともある。それでも彼は必ず依頼人を助けてくれると、読者はわかっているから、どんなに恐ろしい怪異が登場しても、安心して読むことができる。探偵の存在が、事件の関係者たちだけでなく、読者にとっても、救いとなっている。
ところで、本書では、はじめて、そんな彼が怖いと感じるものが語られる。超然としているように見える彼の恐れるもの──たった一つの情報だが、それだけで、この探偵の人間らしさを
作品紹介
書 名: 濱地健三郎の呪える事件簿
著 者:有栖川有栖
発売日:2025年01月24日
江神二郎、火村英生に続く、異才の探偵。大人気心霊探偵シリーズ最新刊!
JR新宿南口に「濱地探偵事務所」はある。年齢不詳でダンディ、美術品への造詣が深い探偵は、幽霊を視る能力を持っている。幼いころ漫画家になりたかったという助手の志摩ユリエは、その絵心を生かして、心霊探偵が視たモノを絵に描きとめるのも大切な仕事だ。ここには、奇妙な現象に悩まされる依頼人だけでなく、警視庁捜査一課の辣腕警部も秘密裡に足を運び、濱地の推理を頼みにしているのだ。リモート飲み会で現れた、他の人には視えない「小さな手」の正体。廃屋で手招きする「頭と手首のない霊」の姿に隠された真実。濱地と助手のコンビが、コロナ禍で一変した日常に潜む怪異と6つの驚くべき謎を解き明かしていく。
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