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特集

【対談】早見和真×尾崎世界観 『八月の母』文庫化記念対談〈後編〉

八月の母』文庫化を記念し、作者の早見和真さんとクリープハイプのフロントマンであり、小説家である尾崎世界観さんとの対談をお送りします。二人には、ある共通の経験がありました。

構成・文/清 繭子 撮影/橋本龍二

▼ 〈前編〉はこちら
https://kadobun.jp/feature/talks/entry-123467.html

早見和真×尾崎世界観 『八月の母』文庫化記念対談〈後編〉

『店長がバカすぎて』と『八月の母』の共通点

早見和真さん(以下、早見):尾崎さんがどこかのインタビューで「小説は怒りを吐き出す行為として機能している」とおっしゃっていたのですが、まず前提として、音楽と小説では怒りの吐き出し方に差がありますか?

尾崎世界観さん(以下、尾崎):差はありますね。曲の場合は自分のただの感情ではなく、ファンの方に満足してもらえるようなものを作りたいという感覚が常にあります。小説はもうちょっと自分の気持ちを乗せて書いています。どちらもすごく必要なものです。前編で、早見さんは「小説では届かない」とおっしゃっていましたが、それは同時に「また書ける」という気持ちでもありますか?

早見:うーん、どうなんですかね。質問の答えになっていないかもしれませんが、僕には「一生書いていたい」っていうちゃんとした思いもあるんです。でも、一方では「書くことから解き放たれた人生のほうが豊かなんじゃない?」という気持ちもあって。「また書ける」と思っているのか、「また書かなきゃ」と思っているのか。いずれにしても、2008年にデビューして以来、スパイラルにからめとられた感じがあるんです。

尾崎:今日、早見さんにお会いしたときの空気感が印象的でした。すごくミュージシャンっぽいというか。ちょっと自分に疲れている感じ。その感覚はすごくわかるんです。でもそんな早見さんが『店長がバカすぎて』を書いているというのがめちゃくちゃいいですよね。『八月の母』はしっくりきますけど……。どういうスイッチで切り替えているのか気になります。


早見:僕はどの作品でも全部同じことを言ってるつもりなんです。あえて集約するとしたら「それって本当?」ということだと思っていて。たとえば『ひゃくはち』だったら「本当に甲子園を目指す球児はみんなキラキラしていて、屈託のないヤツらなのか」とか。『ぼくたちの家族』だったら「〈一軒家に住む四人家族〉は絵面どおりに本当に幸せなのか」。『店長がバカすぎて』だったら「好きな本に囲まれている仕事は本当にキラキラしているのか」とか。

尾崎:なるほど。

早見:でも、どんな手段を用いても結局伝えられていないと思っているから、あの手この手でこざかしく挑みにいって、でもまた伝わんないって落ち込んで……。それを繰り返しているという感じです。

尾崎:でもそうですよね。そういう「本当」ってみんな見てくれないし、気づかない人も多い。音楽の「いい具合に届きすぎてしまう」という感覚に近いかもしれないです。そのズレや満たされなさみたいなものが残る方と残らない方がいると思っていて。自分も早見さんも、きっと残る側なんでしょうね。よく「売れてるじゃないですか」とか「何が不満なんですか」って言われるけど、でもちゃんと見えてしまう。
 この間、連れとお好み焼き屋に行ったんですけど、開店して間もなかったからなのか、見える場所にモップが立てかけてあったんですよ。もうその先に付いているであろう埃とか、黒ずみとかが頭に浮かんでしまって。連れに「あれ気になるんだよな。どかしてもらったら失礼かな」と言ったら「べつにいいじゃん。だって離れてるじゃん」って。「でも見えるじゃん。気になるじゃん。なんならもう埃食べてるみたいな気持ちになっちゃうよ」といったら、すごい嫌な顔をされて……。

早見:僕はすごくわかります。その気持ち。見えないほうがきっと幸せですよね。

尾崎:でも、見えてしまうからこそ作れる作品もあるから、仕方ないんでしょうね。

『ラストインタビュー』、あえて脱線した理由

早見:こんないい年齢になって、僕はデビュー前の「誰にも見つけてもらえなかった」という憤りをいまだに抱き続けてる気がします。でも、それが小説を書く原動力でもあって。尾崎さんはどうですか。この怒りがなくなっちゃったらどうしようっていう怖さはありますか。

尾崎:そうですね。音楽を続けるために小説を書いている気もします。音楽活動では、自分がやっているものがどういう形で届いているのか十分見てきた。だから音楽活動以外の、こういった対談や音楽以外の仕事でどうにか自分を保つというか。やっぱり小説の仕事では悔しいことがいっぱいあるんですよ。

早見:でもこの憤りのベクトルはほぼ自分に向いていますよね。

尾崎:そうなんですよ。怒りが自分に向いていれば、その力で作品を作ったりと、有効に使える。そういった意味では、だいぶ怒りのコントロールの仕方はわかってきたかもしれません。


早見:僕、天才ぶるのは早々に諦めることができたんです。ふつうの家で育ってふつうに学校に行った、マジョリティ側の人間なので。先月、『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』というインタビュー本を出したんですけど、あれも小説家の本分じゃないのは百も承知なんです。でも、自分の心が興味を示したものには誠実に挑みたくて。そのほうが文壇の中には居場所があるんだろうっていう確信もあって。
 尾崎さんもただ音楽をやってるだけのほうがなんとなく本物っぽく見えるっていう空気がある気がします。そこに葛藤はないですか。

尾崎:そこはもう気にしていないですね。バラエティなどは断っていますし、結局みんなそんなに見てないんですよね。自分の場合は、音楽をやっているのに、こういうところにも出てるのかという振り幅があればあるほど面白いと思うので。
 それで言うと、ジュリーさんのインタビュー本をなぜ早見さんが書くことになったんですか? ノンフィクションの『あの夏の正解』とはまた違ったやり方なんですよね。

早見:そうですね。まずやり方としては完全なQ&A。対話形式を採用しました。少しでも先方が語っているときのニュアンス、場の空気を持ち込みたいと思ったらそうなりました。なぜ僕が書くことになったかということについては、本編に書かれているので良かったら読んでみてください。献本させていただきますので。

家族に対する執着

早見:『ラストインタビュー』を書いた一番の動機は、特定の事象についてではなく、人間としてのジュリーさんへの興味でした。とくに母親であるメリー氏との関係に強い関心があったんです。『八月の母』でも僕は社会に押し付けられた「母性」について、もっというと「母性とされるもの」についてすごく考えました。「事象」に対する興味しかない人にはきっと叩かれると思っているんですけどね。そういえば尾崎さんはあまり家族や親について小説で書くことはないですよね。

尾崎:そうですね。『母影』も「母」を書いたというよりは、子どもから見た世界を書いたつもりです。さきほども言いましたが、これまで自分の家族についてあまり悩んでこなかったんですよ。そこに若干のコンプレックスがあります。

早見:尾崎さんと僕は共通点がいっぱいあると思いつつ、いちばん乖離しているのはその点だと思っていました。僕は家族というものに対してすごく執着があるんです。なんてことのない家族なんですけどね。うちの親父はすごくイケメンで、みんなから愛されてきた人なんですけど唯一お袋のことだけを泣かせていた。そんな親父に対して許せないという気持ちがあったんです。その一方で、もし将来自分に息子ができて、そいつが家の中で僕が親父に向けていたようなまなざしを向けてきたらどうしよう、殺してしまうかもしれないっていう恐怖が昔からあったりして。


尾崎:そうなんですね。自分はたとえ理不尽に思うことがあったとしても、親ってこういうもんだよなという感覚で、そこまで屈託を持たずにきました。

早見:尾崎さんはこれだけ社会や自分に対して疑問があるのに、家族に対してはこういうものだってシンプルに受け取れるのはなぜなんでしょう。

尾崎:いま話していて、自分でもすごく不思議に思いました。家族の形を壊さないよう、無意識にバランスを取っていたのかもしれない。あまり見すぎないようにしたり、逆に崩れそうになったところをちゃんと見つめてみたり。ちょっと傾いているから、戻さなきゃいけないと意識したり。

早見:それって、世の中の「家族」というものに対する疑いがないとも言えますよね。それに対して「傾いている」という判断ですもんね。

尾崎:そこだけは普通でありたいと思っているのかもしれませんね。自分がこれまで家族を作らずにきたことと関係していそうです。早見さんは娘さんがいらっしゃるそうですが、『八月の母』の母性を考えるときに、ご自身の家族について何か振り返りましたか?

早見:それはもう。僕と娘はたぶん仲がいいんですけど、ずっと1枚オブラートが挟まっている感じがするんです。でも、あいつは母親である妻に対してはむき出しになれるんですよね。

できない絶望、それでもついてきてくれた人に

早見:僕、今日の対談に向けて、尾崎さんのこれまでのインタビューを色々読んできたんですけれど、一時期声が出なくなったそうですね。僕も、野球をやっていた中2のときに突然球を投げられなくなる症状に陥ったことがあったんです。イップスといって。尾崎さんの声もそのようなものなんですか?

尾崎:そうですね。正式な病名もあるんですが……。そういう人は、けっこう多いんです。この人もそうだな、と歌い方でもうわかります。

早見:なるほど。僕もプロ野球選手のイップスはすぐ気づきます。

尾崎:でもそうなったからこそ、音楽を続けてこられたのかもしれません。自分がいちばん自信があるものが音楽なのに、それを満足に表現できないという情けなさを抱えていて。その悔しさやモヤモヤがあるからこそ、やってこられた気がする。早見さんにはわかっていただけると思うんですが、誰に慰められてもなんの足しにもならないですよね。とにかく自分が恥ずかしい。なんでこうなっちゃったんだって。

早見:そうなんですよ。僕のイップスには明確な理由があって、それは二つ年上の高橋由伸さんという先輩との出会いなんです。由伸さんの野球を見て心がポッキリと折られてしまった。たかが中2で由伸さんを見抜けたことは評価に値するかもしれないけど、高橋由伸と出会っただけでなに絶望してんだっていう自分に対する憤りがずっとある。プロ野球選手に匹敵する、小説家というわけのわかんない職業に就かせてもらっているいま、気づいたらこの世界も周りは由伸さんだらけなんです。何を読んでも絶望する。でも、あの経験を中2でしている僕は折り合うことができるし、同じ悔いを残したくなくて今日まで書き続けてきたという感じです。

尾崎:あれって諦めるというのとは違いますよね。もう体が動かないから、諦めることすらさせてくれない。一時期、自分は終われないことに苦しんだんです。声が出にくくなって、それでお客さんがいなくなれば納得できるんですけど。ちゃんとついてきてくれるから、ミュージシャンとして生かされてしまう。なんで死にきれないんだろうって悩みました。でもだんだんと、そのついてきてくれる人たちに応えたいという気持ちで、なんとかやれるようになりました。ただ、自分の中で色々とねじれているので、傍からは「恵まれているのに足りないって言ってるやつ」という風に見られてしまう。でも、それはもうしょうがないですね。

早見:僕もそうです。僕自身は「自分は偽物」という気持ちがどうしても拭いきれないけれど、周囲はそれを謙遜としてしか捉えてくれない。その声はどんどん僕を不安にさせるし、どうしても疑ってしまうんだけど、今日もまだ書き続けている。結局、傲慢なんですよね。いつか「俺、この作品を書くためにやってきたわ」と勘違いできるものを書くだろうって本気で思ってるんです。青臭いですけど。そのときまでついてきてくれる人たちがいるなら、みんなまとめて幸せにできるってわりと本気で信じています。



プロフィール

早見和真(はやみ・かずまさ)
1977年神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』で作家デビュー。同作は映画化、コミック化されベストセラーとなる。15年『イノセント・デイズ』で第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を、20年『ザ・ロイヤルファミリー』で第33回山本周五郎賞と2019年度JRA賞馬事文化賞を受賞。その他の著書に『スリーピング・ブッダ』『東京ドーン』『ぼくたちの家族』『小説王』『アルプス席の母』『問題。以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』『さらば! 店長がバカすぎて』など。

尾崎世界観(おざき・せかいかん)
1984年東京都生まれ。2001年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル・ギター。12年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。16年、初の小説『祐介』を書き下ろしで刊行。その他の著書に『苦汁100%』『苦汁200%』『泣きたくなるほど嬉しい日々に』『私語と』など。2020年『母影』に続き、2024年『転の声』でも芥川賞候補に選出された。

〈衣装〉
・agnès b.のジャケット¥77,000 (11月発売予定)、パンツ¥45,000(11月発売予定)、ベルト参考商品(すべてアニエスベー / 0120-744800)
・Crockett&Jonesのローファー¥121,000(FRAME 青山 / 080-4729-1485)

作品紹介



書 名:八月の母
著 者:早見 和真
発売日:2025年06月17日

連綿と続く女たちの「鎖」を描く、著者究極の代表作
八月は、血の匂いがする――。愛媛県伊予市に生まれた越智エリカは、この街から出ていきたいと強く願っていた。男は信用できない。友人や教師でさえも、エリカを前に我を失った。スナックを営む母に囚われ、蟻地獄の中でもがくエリカは、予期せず娘を授かるが……。あの夏、あの団地の一室で何が起きたのか。嫉妬と執着、まやかしの「母性」が生み出した忌まわしい事件。その果てに煌めく一筋の光を描いた「母娘」の物語。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322408000654/
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▼プロローグを一気掲載『八月の母』試し読みはこちら
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