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「呪いのゲームを探してるの。遊ぶと死ぬ、とかいうやつ」 『きみはサイコロを振らない』冒頭特別公開#02

5/18発売の新名智さん書き下ろし長編小説『きみはサイコロを振らない』。呪いがじわじわと迫る静かな怖さに加え、友人の死によって心に傷を抱えた少年の成長物語としても評判になっています。ホラー&ミステリ界が注目する新鋭の期待の第3作、発売前に物語の冒頭を特別公開!



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新名智 特設サイト:https://kadobun.jp/special/niina-satoshi/
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322211001529/

『きみはサイコロを振らない』冒頭特別公開#02

 自分で言いながら、真っ先に中へ入った葉月さんは、廊下の奥へと進む。おれと莉久も靴を脱いで上がった。莉久にとっては勝手知ったる家のようで、用意されていたスリッパを無視し、ずかずかと部屋に入っていく。おれも莉久にならってスリッパは履かなかったが、少しは遠慮した足取りでついていった。
 おれの様子に気づいたのか、葉月さんの大声が飛んでくる。
「今日は親父もおふくろもいないから、気にしないで」
 今度は親父におふくろか。さっきからギャップのあることしかされないせいで、かえって慣れてきた。莉久が入っていった部屋を覗く。入り口がふすまなところを見ると和室のようだが、だまされてはいけない。どうせ中はライブハウスになっているのだろう。
 おれの想像は当たらずとも遠からずだった。十畳ほどもある広々とした座敷には、巨大なテレビが置かれていた。そのテレビには家庭用のゲーム機が接続されていたが、おれの知る限り、かなり昔の機種で、最新式のテレビにはそぐわない。ゲーム機の電源はすでに入っているようで、画面には格闘ゲームか何かのタイトル画面が表示され、派手なロック調のBGMが室内に響き渡っていた。
 莉久はゲーム機の前に座ると、ごく自然にコントローラーを握り、スタートボタンを押した。おれは部屋の入り口で突っ立ったまま、次に何が起きるか見てやろうと思って待った。
「なつかしいよね、これ」
 声に振り向くと、三つのグラスが載ったお盆を持って、葉月さんが立っていた。グラスにはジュースか何かが入っているようだ。葉月さんは、そのお盆を部屋の隅にあるテーブルの上に置いた。
 テーブルをどけてあるのは、ゲームを並べるためらしい。畳の上には大量のゲームソフトがずらりと並んでいる。新しいものから古いものまで、対応機種もさまざまだ。
志崎しざき晴くん、だっけ」
「あ、はい」
 名前を呼ばれて、おれは返事をした。事前に莉久が教えていたのだろう。
「きみの世代だと、これは遊んだことあるかな。それとも、これとか」
「いや、あの」
 いくつかのソフトを持ち上げて、葉月さんはこちらに見せてくる。しかし、おれは正直に答えた。
「おれ、テレビゲームって、やったことないんです」
 そう聞くと、葉月さんは目を丸くし、しばし言葉を失っていた。信じられないという感じだった。それから彼女は大げさに天を仰いだ。
「そんな。中高生の男子って、みんな家に集まってマリカーやって、バナナを投げつけ合いながらサルみたいにはしゃぐんじゃないの?」
「偏見ですよ」
 葉月さんは肩をすくめる。その仕草を見て、おやっと思った。莉久がよくやるポーズと似ている。もしかしたら、あれは彼女の影響なのかもしれない。そう思ったら、この風変わりな女性にも、ちょっと親近感が湧いてきた。
 それで少し気が楽になったおれは、思い切って言ってみた。
「今日の集まりの趣旨はなんですか?」
「おっと、莉久から聞いてないんだ」
「まったく何も。呪いのゲームを見つける、としか」
 莉久はと見れば、ずっとひとりでゲームをやっている。あちらはゲームに慣れているようで、空中に放り投げた敵をお手玉のように攻撃し、あっという間にラウンドを制していた。
 おれの質問に葉月さんは、そうだよ、と答えた。
「呪いのゲームを探してるの。遊ぶと死ぬ、とかいうやつ」
「どこにそれがあるんですか」
「もう遊んでる」
 葉月さんはそう言って、テレビを指差した。画面の中では、莉久の操作する筋骨隆々の金髪男が元気に走り回っている。おれは首を傾げた。
「呪われてるんですか、これ?」
「それを確かめたいの。でもまあ、これは大丈夫かな」葉月さんはジュースのグラスをひとつ手に取り、半分ほど飲み干した。「オーケー。莉久、止めていいよ」
 言われた莉久は躊躇ちゆうちよなく電源ボタンを押す。もう少しで勝利というところだったのだが、ゲームの中身に執着はないのだろう。本体からソフトを取り出してケースにしまうと、横に並んでいたたくさんのゲームソフトの中から、別の一本を選び出した。
 並んでいるソフトは、ジャンルもバラバラなら、発売時期もバラバラ。ふたりは、それを片っ端からプレイしていくつもりのようだ。
「その中に呪われたゲームが混ざってる、ってことですか?」
 状況から言えばそういうことになる。しかし、葉月さんはなぜかそこで曖昧あいまいに口ごもった。
「あるかもしれないし、ないかもしれない」
 葉月さんは、グラスを置いて、畳の上に座った。そして莉久の肩越しに画面を眺めている。今度のゲームは、有名なロールプレイングゲームの八作目だ。聞き覚えのあるテーマ曲とともにタイトル画面が表示される。
「ここにあるゲームは全部、同じ人が持っていたゲームなの。でも、どれをいつプレイしたのかがわからなくて」
「本人に聞けばいいんじゃないですか」
「聞けない。もう死んだから」
 おれはぎょっとした。遊ぶと死ぬとか、そういう話は、莉久がよくやる悪趣味なユーモアだと思っていた。しかし、その話が本当なら、現実にもう死んでいる人がいて、その人の遺品が、今ここにあるということだ。
 こちらの不安が伝わったのか、葉月さんは振り返り、笑顔で言った。
「所有者の許可を取って借りてきたの。勝手にってことはないから安心してね」
「でも、これを遊ぶと死ぬかもしれないんでしょう?」
「場合によっては」
 冗談じゃない、と思った。莉久のほうは、その間にも着々とゲームを進めている。魔物を一刀両断する勇者の姿が、今は妙に頼もしく見えた。葉月さんは、このゲームを遊んだ経験があるのか、フィールドをさまよう莉久に向かって、右だの左だの指示を飛ばしていた。
 この人は、どういう人なのだろう、と思った。大きな家に住み、変わった服を着て、呪いのゲームを探している。莉久がなついているという一点でおれは信用したが、裏を返せば、その一点以外はすべて怪しげだ。莉久に聞けばいいのだろうけど、今はゲームに夢中だった。
 おれは片手でこっそりストップウォッチに触れた。肯定の目が出たら帰ろう、と思ってボタンを押す。しかしタイミングが悪いのか、うまく数字がばらけない。四、〇、三、また〇。
「おもしろそうだね。それ、なあに?」
「わっ」
 いきなり、葉月さんの顔が目の前にあったものだから、おれは大げさに後ずさりした。そんなおれを見て、葉月さんのほうが、むしろ驚いていた。
「あ、ごめんね。びっくりさせて」
 そうやって素直に謝られたものだから、おれはちょっときまりが悪くなって、つい口にした。
「……葉月さんって、莉久のなんなんですか」
 我ながら単刀直入に過ぎる聞き方だった。葉月さんは腕を組んで考え、それから言った。
「何と言われたら、まあ、友達なのかな」そう言って頬をかいた。「もっと言えば、幼馴染おさななじみ」
「幼馴染み、ですか」
「そう。家が近所だったんだよね。昔は」
 昔、と付け加えられたのが気になった。この家の風格を考えたら、最近になって引っ越したようには見えないし、となると莉久のほうがこの近所からよそへ移り住んだのだろうか。よくわからない。
「葉月さんはいくつなんですか」
「おや、女性にそれを聞く?」
「えっと」
「なんてね。今は大学院生。今年から博士課程。あとは自分で計算して」
 葉月さんは、からかうような口調でそう言った。大学院というのが、大学の次に通う場所だと知ってはいるが、具体的な年数までは知らない。ひとまず、二十代の真ん中くらいだろうということにしておく。
 それから葉月さんは、テーブルの上に残っていたジュースのグラスのうち、ひとつをおれに勧めた。おれは黙って受け取り、飲んだ。粒感のあるりんごジュースで、なかなかおいしい。
「わたし、大学院でね、呪いについて研究してるの」
「呪いについて?」
 ホグワーツじゃあるまいし、そんな研究ってあるだろうか、というおれの疑念を察したのか、葉月さんは唇をとがらせた。
「本当だよ。嘘じゃないって。呪いの研究と言ったって、別にわら人形の作り方とか、そういうことじゃないよ」
 葉月さんは、自分が大学院でどんな研究をしているのか、かいつまんで教えてくれた。それによれば葉月さんの専攻は民俗学で、中でも現代における呪いの表象というところに興味があり、修士論文では、呪いをもたらす怪談について書いたのだという。
「たとえばねえ……何年か前に、釣り上げたら死ぬ魚がいるって話を聞いたことがあって」
「死ぬって、魚が?」
「違うよ。釣った人が。一時期はけっこう話題になってさ。地元の話だったから、わたしも気になって調べてみたりして」
 その過程で葉月さんは、怪談そのものよりも、そのような話が語られる背景に興味を覚えた。聞いたものや、語ったものや、その他、関わりを持ったものに死をもたらす。そういう怪談がなぜ生まれるのか、について。
「なぜ、なんですか?」
 おれが尋ねると、葉月さんは愉快そうに目を細めた。
「偶然は神様のもの」
「え?」
「って、ある人が言ってた。昔、人間の暮らしは偶然に満ちていたから、そういうのを説明するために、神様が必要だったの」
 今と違って、気象衛星が飛んでいるわけでもなければ、内臓を透視する装置があるわけでもない時代のことだ。突然の大雨で財産を失ったり、急に病気が悪化して命を落としたり。そういったことに折り合いをつけるため、神話や呪いができた。
「それから時代は進んだけれど、人間の根っこは変わってないと思う。人生には不幸な偶然がつきもので、だからみんな、どこかで救いを求めている。わけもわからず殺されるんじゃなく、そこには原因があって、助かる方法もある、っていうふうに」
 釣り上げると死ぬ魚の怪談にもそれがあった、というのが葉月さんの論文の主旨だったそうだ。人間は、ありえない状況を説明してくれる物語を常に欲している。いろいろな物語が生まれては消えていく中で、たまたま広まりやすい条件にあったものだけが、怪談として生き残っていく。
「魚の怪談だから、主な舞台は海や川になるわけよ。そういうところは事故が多いでしょう。こんな場所での釣りは危ないって注意喚起の意味もあるし、釣り人同士が釣った魚の話をするのはありふれてるし。そうそう、水戸カトリック大学の入間いるま先生の研究によれば、川に化け物が浮かぶという説話は……ん、何?」
 莉久がいつの間にかゲームをプレイするのをやめて、こちらをじっと見つめていた。葉月さんが笑う。
「ごめんごめん、後ろで話が盛り上がってるのに、ひとりでゲームしてたらつまらないよね。じゃ、違うのやろっか」
 そう言うと、葉月さんは莉久と一緒に、並んだゲームソフトを物色し始めた。専門的な話についていけなくなってきたところだったので、正直ありがたい。それにしても、莉久の言いたいことを一瞬で理解したのはさすがだ。莉久から「友達」と呼ばれるには、これくらいできなければいけないのだろうか。
 次にプレイするタイトルとしてふたりが選んだのは、これもやはり有名なサッカーゲームだった。今度はコントローラーをふたつ用意して、ふたりで遊ぶつもりらしい。莉久がブラジル代表を、葉月さんが日本代表を操作して試合が始まった。ハンデのある戦いになりそうだ。
 そういえば、さっきは民俗学の講義のせいで、肝心なことを聞けていなかった。おれはあらためて質問した。
「ここに並んでるのが、呪いのゲームの候補、ってことなんですか」
「そうだよー」
「でも、さっきのもそれも、すごく売れてるソフトじゃなかったですか?」
 何しろ、おれでも名前を知っているくらいだ。たぶん、それぞれ何百万本も出荷されている。そんなソフトが呪われていたら、しかも遊んだら死ぬなんてことになったら、もっと大騒ぎになっていなければおかしいのではないか。
 という疑問をぶつけたところ、葉月さんは妙に感心して、それから答えた。
「わたしも同感だな。もっとマイナーな、だれも知らないようなゲームだったら、遊ぶと死ぬなんてこともありそうだよね」
「だったら」
「でも、まだなんとも言えない。たとえば呪いの人形だって、出荷時から呪われてるとは限らないでしょ。ゲームソフトも同じで、たまたま特定の一本にだけ恨みの念がこもっちゃったとか、そういうこともありそうじゃない」
 画面の中では、日本代表のフォワードが、焦って飛び出してきたキーパーをあざ笑うかのように、華麗なループシュートを決めている。葉月さんは、このソフトもかなりやり込んでいるようだ。莉久はポーカーフェイスでコントローラーを握っているが、それでも苛立っているらしいことは、指でボタンを叩く音の激しさから伝わってきた。
「これを持っていた人が呪いで亡くなったっていうのは、たしかなんですか」
「死んだのは本当だよ。呪いかどうかはともかく」
「じゃあ、どうして呪いのゲームだと?」
「本人が言ってたんだ。おれ、呪われてるかも、って。まあ相手にしなかったけど。そうしたら、死んじゃった」
 おれは思わずまゆをひそめた。冗談としては度を越しているように聞こえる。そのことは葉月さんもわかっているようで、笑いもしなければ、茶化したりもしなかった。
「あまり話したくないんだけど、嫌なやつでさ。ただまあ、ちょっとは義理もあるし、世話になったといえばなったし」
 だから、これはわたしなりの供養みたいなもの、と葉月さんは言う。その間にも日本代表チームは猛攻撃で点差を広げている。これが現実の試合だったら歴史的大事件になるところだ。
 最終的に、怒った莉久がゲームを中止するまで、実に九本のシュートがゴールネットを揺らした。コントローラーを置いた葉月さんは、やけにすっきりした顔でこちらを振り返った。
「だから、花を手向けるつもりで遊んでいってよ。ほら、こっちにもまだあるし」
 葉月さんは座敷の隅に置かれていた段ボール箱をひとつ持ってきて、おれの前に置いた。箱の中には、最新の携帯ゲーム機から年季の入った古い携帯ゲーム機、さらには、電卓みたいな緑の液晶がついた、アンティークっぽい品物まで、さまざまな種類の小型ゲーム機が雑多に詰め込まれていた。
「えーと、晴くんはゲームしないんだっけ。でも、さすがにこれは見たことあるでしょ」
 そう言って、葉月さんはゲーム機をひとつ取り出し、おれに手渡してくる。それは昔、雪広が持っていたものと同じだったから、存在くらいは知っていた。前の持ち主がかなり使い込んでいたようで、表面にはゲームキャラのシールがベタベタと貼ってある。裏には「くらたかおり」という名前が書かれたシールまで貼ってあった。前の持ち主だろうか。
「おれが生まれる前に出たゲーム機ですよね」
 おれが何気なく言うと、葉月さんは急に取り乱した。
「は、え、そんなわけないでしょ。いや、でも待って」葉月さんは指を折り、それから、ショックを受けたようにつぶやいた。「うわー、マジか……十八年前だとそういうことになるのか……」
 葉月さんがどういうところに衝撃を受けたのか、よくわからなかったので、おれは何も言わなかった。
「とにかく、わたしの思い出のゲーム機だから、遊んでみてください」
 と言われても、おれは雪広が遊んでいたのを横で見ていただけで、操作方法はまったく知らない。それに彼が持っていたのはおそらく後発の新型だったから、ボタン配置や画面の大きさなども微妙に違っている。葉月さんは、続けてソフトとおぼしき小さなカートリッジを何枚か渡してくれた。とりあえず、見覚えのあるキャラクターが描かれた一枚を、それらしい箇所に挿入する。でも画面は暗いままだ。
「あの……電源はどうやって入れるんですか?」
「きみ、本当にゲームやらないんだね」
「すみません」
「謝るようなことじゃないよ。人それぞれだもん。貸して」
 葉月さんはそう言っておれの手からゲーム機を奪うと、慣れた仕草でスイッチを操作した。そして、液晶画面のバックライトが点灯し、ロゴが表示されたのを確認してから、おれに返してくれた。
「バッテリーはまだ結構あるみたい。一時間くらいは遊べると思うよ」
 ふと横を見ると、莉久がまたなんとも言えない微妙な目つきで、おれのことを眺めていた。なんだよ、と言うと、それがおもしろかったのか、さらに微妙な顔を作る。葉月さんが言った。
「美人のお姉さんにかわいがられてよかったね、ってさ」
 翻訳の精度は疑わしいが、まあ、言ってそうな感じではある。莉久はひとしきりおもしろがってから、自分のゲームに戻った。画面では、やりを持った武将が大暴れして雑兵の群れを吹き飛ばしている。さきほどサッカーでボコボコにされたストレスを晴らしているのかもしれない。
 おれはあらためて、自分の手の中にある小さな機械を見つめた。ゲームにはいい思い出がない。雪広のおかげで少しはましになったけれど、それも彼がいなくなるまでのことだった。それからは意識して避けてきた。どうしよう、やっぱり、来ないほうがよかったかも。
 いや、気にすることはない。たかがゲームじゃないか。そう自分に言い聞かせ、液晶画面を覗き込んだ。オープニングデモが終わって、タイトル画面が表示されている。何か操作すればスタートするはずだ。おれは適当にボタンを押してみる。
 これも有名な作品だから、タイトルくらいは知っていた。モンスターを仲間にしながら、町から町へ旅をしていくというゲームだ。自分のモンスターを育てて、他のモンスターと戦わせることもある。モンスターには、それぞれ性格や個性があって、育て方次第で強くなったり、逆に弱くなったりもする。
 おれの家では、ゲームはずっと禁止だった。目が悪くなる、成績も下がる。そんな暇があったら本を読むか勉強しろ、というのが両親の考えだった。というわけで、おれは他のみんなのように夢中でゲームを遊んだ経験がない。だから、このゲームにしたって、進め方もよくわかっていない。
 つづきから、というほうを選べば、セーブされたデータから再開できる。それも知っている。ゲーム内には最初からデータが残っていたので、そちらを選んだ。プレイ時間をよく見ると百時間近い。かなり熱心に遊んだあとのデータらしかった。
 見たところ、手持ちのモンスターもかなり育っているから、いきなりゲームオーバーになる心配はなさそうだ。適当にボタンを押していると、どこからともなく自転車が現れて、主人公のキャラクターはそれにまたがった。そのままスピードを上げて道路を駆け抜ける。それを見ているうちに、おれはまた昔のことを思い出した。雪広と一緒に遊んだ夏のことを。焼けたアスファルト。草の香りがする小道。
 自転車に乗ったキャラクターは、草むらに突っ込んでいく。急に画面が動かなくなり、不穏なBGMが流れ始める。おそらく野生のモンスターが現れる合図なのだろう。
 ところが、なかなか画面が切り替わらない。おれはいぶかしんだ。古いタイトルとはいえ、こんなに読み込みが遅かった印象はない。ザザザッ、とおかしな音がして、画面上のピクセルが乱れる。接触不良だろうか。リセットしようと電源に指をかけたとき、不意に戦闘画面が開く。
 本来なら、出現した野生モンスターの名前が表示されるべきところに、文字化けしたような、不思議な記号が並んでいる。そしてモンスターの姿があるべきところには、影というか、穴というか、そういうものが描画されていた。それは黒い不定形の輪郭を持ち、そしてその内側では、文字や、アイコンや、別の画面の一部などが、ちらほら現れては消えている。まるで、そこだけゲームが欠けてしまい、裏側の仕組みが見えてしまっている、というふうに。
「葉月さん」
 と、おれは声をかけた。異常な状態に見えるが、実際には、このゲームならではの演出かもしれない。だから、ひとまず確認してもらおうと思った。
「何、何かあった?」
「なんだか画面が……」
 そう言って見せようとしたとき、ブチッという大きな音とともに、電源が切れた。ふたたび起動音がして、タイトル画面が表示される。
「あー、故障かな。よくあるんだよね」
「そうなんですか」
「うん。うちにあるのもね、ときどき勝手に電源が切れたり入ったりするよ。バッテリーが劣化してるんだと思う」
 不具合は電源だけじゃなかったけど、と言いかけて、やめる。今はちゃんと動いているのだし、ゲーム機の修理をするのが目的じゃない。
 その後もしばらく動かしてみたが、同じ現象はもう起きなかった。が、ある時点からはフリーズと再起動を繰り返すようになって、まともに遊べなかった。葉月さんのアドバイスを受けて、カートリッジを抜き差ししても改善しない。
 葉月さんと莉久は、今度はまた別の対戦ゲームを遊んでいる。かなり白熱した勝負を繰り広げていて、邪魔するのも悪い。幸い、ソフトはたくさんあるし、違うのを遊べばいいだけだ。
 というわけで、おれは葉月さんに渡されたカートリッジを、ひととおり本体に挿して起動してみた。おれでも聞いたことのあるタイトルから、なんのゲームかすらわからないものまで、いろいろなものが混ざっている。それは意外と、闇鍋やみなべのようなおもしろさがあった。
 何しろ説明書もパッケージもなく、カートリッジだけ受け取っているので、ものによっては操作方法すらわからない。ロールプレイングゲームや、文字を読むだけのアドベンチャーゲームなら、それなりに遊べる。しかし、長く遊んでいるとやはり不具合が起きる。映像が乱れたり、おかしな音が鳴ったりして、最終的には、タイトル画面まで戻されてしまう。
 葉月さんの言うように、バッテリーか何かがへたっているのだろうと思った。古い機械だから仕方がない。もっとちゃんと動くものに替えようと思って、おれは段ボール箱の中身をあさった。と、箱の折り目に一枚の紙切れが挟まっているのを見つけた。それは、のりのついた付箋紙ふせんしだった。箱の中のどれかに貼られていたものががれ落ちたのかもしれない。表には、ボールペンでメモのようなものが書かれている。
 ――元凶。ただし、感染する。
 奇妙な文章だ。何かの引用だろうか。おれは葉月さんに報告しようと思って振り向いたが、テレビの前にはいなかった。トイレにでも行ったのだろう。あとで見せればいいと思って、おれはその紙切れを元通り箱の底へ貼り付け、結局はそのまま忘れてしまった。

(つづく)

作品紹介



きみはサイコロを振らない
著者 新名 智
定価: 1,815円 (本体1,650円+税)
発売日:2023年05月18日

「呪いのゲーム」はどこにある?――新鋭によるホラーミステリの感動作
――人生なんて、しょせんはゲームだ。
中学時代の友人の死が忘れられず、そんな信条で日々を淡々と過ごす高校生の志崎しざきはる
「遊ぶと死ぬ」ゲームを探しているという同級生・莉久りくに頼まれ、彼女と、呪いの研究をしている大学院生・葉月はづきと共に、不審な死を遂げたゲーマー男性の遺品を調べることに。
大量に残されたゲームをひとつずつ遊んで検証する三人。するといつのまにか晴の日常に突然〈黒い影〉が現れるように――。
〈晴くんって、実はもう呪われてない?〉
呪いのゲームはどこにあるのか? その正体と晴の呪いを解く方法は――。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322211001529/
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