伊与原新『オオルリ流星群』(角川文庫)の巻末に収録された「解説」を特別公開!
伊与原新『オオルリ流星群』文庫巻末解説
解説
科学と共にある人生の機微を、やさしく、やわらかく描き出す。
ブレイク作となった二〇一八年刊の『月まで三キロ』(第三八回新田次郎文学賞受賞)以降の
〈文章には、(感情を煽ってこないという意味で)清潔感がありますし、各短編ごとに触れられる科学的な話と描かれるドラマの絡まり方も単純ではなく、奥行きがあります。(中略)フィクションに「何か変わったもの」「ちょっとした毒」を求める(僕のような)読者からすると少し優等生的で、物足りなく感じられる部分もあるかもしれませんが、こういった、「大勢の人に良い読書体験を与える」「創作に対して細かいところまで神経を行き届かせた」小説は貴重です〉(伊坂)
〈何度読んでも、科学の楽しいトピックに胸躍るし、新しい世界に触れた登場人物たちが一歩を踏みだすさまを描きだす繊細な筆致に、静かな昂揚と感激を覚える。科学の負の側面にもちゃんと触れ、小説として昇華させる著者の誠実な姿勢もまた、科学を単なる「ネタ」とは思っておらず、登場人物たちを都合のいい「駒」とも思っていないのだとうかがわせるに充分だ〉(三浦)
一方で伊与原は、ミステリの
二〇二二年に刊行されこのたび文庫化された本書『オオルリ流星群』は、科学知識と人間ドラマの融合をしたうえで、さらにミステリも融合させた、集大成にして新境地の一作となっている。
物語の舞台は、神奈川県の西部に位置し、山に囲まれた盆地である
一人目の語り手は、昔ながらの「町の薬局」の三代目である
作中でも指摘がある通り、久志が陥っている心理状態はいわゆるミドルエイジ・クライシス(中年の危機)だ。その危機に、同い年の友人たちも直面している。久志の友人である
物語は四月のある日、高校卒業以来長らく音信不通だった
その後は、大きく二つの謎を巡って物語は動き出す。一つめの謎は、東京・
二つめの謎は、恵介はなぜ高三の夏にタペストリー作りを放棄し、一年後に自死とも取れる状況で亡くなったのかだ。こちらの謎は、「大人の青春」パートの展開が加速し、人と人との繫がりが活性化していく過程で少しずつ明らかになっていく。そして、もちろん、一つめの謎と二つめの謎は、密接に絡み合っている。
終盤に登場する比喩であるために詳しい文脈は伏せるが、久志が〈四十五歳になった今の自分たちは、「星食」のときを生きているようなものなのかもしれない〉と気付きを得る場面には、科学知識と人間ドラマの融合を強く感じた。ティーンエイジャーを主人公にした一般的な青春ミステリにおいて、謎を解くことは青春を終わらせることでもある。それは、大人になることと同義だ。では、四五歳の大人たちを主人公に据えた本作においてはどうか。全ての謎が明かされた先に待ち構えているのは、自他ともに認める輝かしき青春の日々は、たとえ一度は終わってしまったとしても、いつだって何度だって始められるという事実だ。著者の近作は定時制高校の科学部員たちを主人公にした青春群像小説『
もう一点、記しておきたいことがある。科学知識と人間ドラマを融合させた本作における、ミステリの融合についてだ。実のところ、さきほど二つの「謎」と記したものは、内実としては「秘密」に近い。著者がこれまでミステリとして発表してきた数々の作品に比べると、ミステリ度合いは低いと言えるだろう。だが、終章を読み終えた後で、序章をもう一度読み返してみてほしい。彗子を語り手に据え、本編では描かれなかった彼女の内面を
人との繫がりはないが、星(科学)との繫がりはある。おそらく、本作を読み始めた時はそんなふうに感じる文章だっただろう。しかし、読み終えた後は、また違った感慨を抱くはずだ。「ここはそういう場所だ」。この言葉の意味の変化にこそ、本作における最も大きなサプライズが宿っている。科学と共にある人生の機微を、やさしく、やわらかく描き出した本作は、他者と共にある人生の喜びを綴る物語でもあるのだ。
作品紹介
書 名:オオルリ流星群
著 者: 伊与原新
発売日:2024年06月13日
「ここで始めたい、もう一度」。星がつないだ、心ふるえる大人の青春物語。
人生の折り返し地点を過ぎ、将来に漠然とした不安を抱える久志は、天文学者になった同級生・彗子の帰郷の知らせを聞く。手作りで天文台を建てるという彼女の計画に、高校3年の夏、ともに巨大タペストリーを作ったメンバーが集まった。ここにいるはずだったあと1人をのぞいて――。仲間が抱えていた切ない秘密を知ったとき、止まっていた青春が再び動き出す。
喪失の痛みとともに明日への一歩を踏み出す、あたたかな再生の物語。
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