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【解説】第四弾にして新鮮な《JK》を堪能――『JK IV』松岡圭祐【文庫巻末解説:村上貴史】

松岡圭祐『JK IV』(角川文庫)の巻末に収録された「解説」を特別公開!



松岡圭祐『JK IV』文庫巻末解説

解説 第四弾にして新鮮な《JK》をたんのう
むらかみ たか(ミステリ書評家)

 本書は、まつおかけいすけが二〇二二年に開始した《JK》シリーズの第四弾である。
 シリーズ第一弾の序盤には、JKとは女子高生ではなく、ジョアキム・カランブーのことであるという会話が記されている。この人物は、人食い熊ばかりの山中でたった一人で遭難し、そして生還したそうだ。生還後は、ありとあらゆることを独力で実行可能になり、身体が鍛えられ、頭の回転が加速し、生きる知恵も備わっていたという。本シリーズは、そんなJKの心得を体得した人物を軸とする連続物語なのだ。
 なお、本書の冒頭には、「『JK Ⅲ』より続く」との断り書きが置かれている。これは、『JK Ⅱ』でも『JK Ⅲ』でも同様で、つまり、それだけ連続性が強いシリーズであることを意味する。とはいえ、後述するように本書単体でもたのしめるように書かれているし、また、過去三作品のそれぞれのクライマックスの詳細も伏せられている。なので、興味を持ったときが読みどきということで『JK Ⅳ』から読み始め、その後、第一弾から読んでいくことも可能だ。しかしながら、どうせなら第一弾から読み始めることをお薦めする。いったん読み始めればとりこになるシリーズであり、最初の出来事から味わうに越したことはないからだ。
 さて、第四弾は、こんな具合に幕を開ける。
 工場に勤める二十一歳のざわなおは、東京都たか市の古びたアパートで恋人のわたなべと暮らし始めて一年になる。結婚を決意した彼は、その十九歳の恋人を静岡県じのみや市の実家に連れて帰った。両親との顔合わせは無事に終了。絵夢は直也から婚約指輪を受け取る。その後、絵夢は広島の呉市の実家で両親に直也のことを話してくると言って帰省するが、そのまましつそうしてしまった。がけから海に身を投げたようなこんせきと、「さよなら 直也君は悪くないよ」との書き置きを残して……。
 物語は、状況証拠だけでは絵夢の自殺を信じ切れない直也が、呉市に飛び、彼女の生存を信じてその行方を探るというかたちで進んでいく──と聞くと、本シリーズの愛読者のなかには、違和感を覚える方も少なくないだろう。なにしろ、過去三作で高校の制服に身を包んで大暴れしたざきが、この紹介文には登場していないからだ。実際のところ、三分の一ほど読み進んでも、その名前すら登場しない。これは本当に《JK》シリーズなのだろうかといぶかしんでも不思議ではないが、そんな新作なのだ。また、それと表裏一体ではあるが、冒頭からずっと李沢直也の視点で物語が進む点にも違和感を覚えるだろう。従来も瑛里華以外の視点での描写は織り込まれていたが、今回はその比ではないのだ。さらに、主な舞台が呉という点にも違和感を覚えるだろう。過去三作ではかわさきという街の特性を重要な背景として登場人物たちが動いていたからだ。なのに本作ではその土地を完全に離れている。だがご安心を。終盤に入れば、本書が紛う方なく《JK》シリーズの物語であることを読み手は確信することになる。それは断言できる。
 一方で、李沢直也の物語として、本書は抜群に魅力的だ。
 まず、直也の行動が読者を魅了する。彼は二十一歳の若者で、人捜しの経験などない一般人だ。しかも土地勘もない。そんな直也が、ひたすらに絵夢を想う気持ちのみで道を切りひらいていくのだ。その執念が、読み手の心をとらえるのである。もちろん直也が進む道の先には、危険も待ち構えている。例えばヤクザだ。肉体的には、直也は圧倒的に劣勢である。それでも彼は進むのだ。熱い物語なのである。
 道を切り拓く姿だけではなく、道筋そのものでも愉しませてくれる。思わぬかたちで証言を得られたり、そこで得た情報が意外だったりと、退屈させない展開になっているのだ。
 さらに、奇妙な謎もある。呉で絵夢の失踪を知った直後、直也は自分の実家に連絡するのだが、その際の両親の反応が極めて不可解だったのだ。ミステリ読者は、非常に興味をそそられるだろう。また、中盤では、あるはずのない指紋が発見されるという謎も登場する。こちらもミステリ的な関心をき立ててくれる。そしてそれらの真相が後半で明かされた際の衝撃たるや抜群。それまで読者が見ていた景色が、実はそうではなかったと一変するのである。
 つまり、李沢直也の物語は、それ単体で素晴らしいエンターテインメントなのである。『JK Ⅳ』から読み始めても愉しめると述べた所以ゆえんであり、シリーズ読者にとっては、新鮮な読み味でもある。
 そのうえで、終盤には《JK》シリーズらしさがしっかりと顔を出す。第一弾から第三弾までが、それぞれに伏線とサプライズを備えているだけに詳述は避けるが、本書でも圧倒的迫力の死闘が描かれるのだ。多勢に無勢という状況のなか、鍛錬に鍛練を重ねて作り上げた己の肉体と、そして知力に観察力に胆力、さらに“そこにあるもの”を駆使して、銃やナイフを備えたヤクザたちを相手に闘うのである。ろつこつに骨折を疑うほどのダメージを負い、無数の切り傷から血を流しながらも、それでも闘い続ける。ここで勝ちきらなければ、自分も、そして理不尽な苦しみを背負わされた友も生きていけないからだ。その行動原理は、従来の《JK》シリーズそのままである。故に、暴力によって心身に大きな傷を負った人々への想いに深く共感してしまうし、冷酷かつ徹底的にヤクザたちの肉体を破壊する行為を肯定できてしまうのだ。
 この『JK Ⅳ』は、そんな第四弾だ。シリーズ読者も、必ずや熱狂し満足するに違いない。

■才能、あるいは本能

 松岡圭祐が《JK》シリーズを開始したのは、前述のように二〇二二年のこと。五月に第一弾である『JK』が発表されたのだ。この作品は、ひとつの物語としての決着をきちんと備えた長篇だった。それ故に、松岡圭祐が多くのシリーズ作を手掛ける作家という知識はあったが、続篇が書かれるかどうかは半信半疑であった(同書の解説にそう記した)。その後、『JK Ⅱ』が同年九月に発表され、そこで続篇の存在を知ることになるのだが、しぶ109でのろうじよう事件を描いたこの続篇で、物語は再び完結するのである。第一弾の出来事を第二弾でかしきった──そう感じさせる終わり方だったのだ。にもかかわらず、二〇二三年一二月には『JK Ⅲ』が発表された。こちらもまた完結感の強い一作だった。第一弾と第二弾の出来事を活かしきり、そのうえで終止符を打つ作品だったのだ。三部作完結を思わせるような。
 つまり、一作毎に完結篇と呼びうる作品を、《JK》シリーズとして松岡圭祐は放ち続けてきたのだ。第二弾や第三弾での“完結感”は、換言するならば、それまでの作品に記した情報を伏線として活用する才能を著者が備えていることのあかしであった。
 その第二弾、あるいは第三弾における完結感と比較すると、この第四弾は、少し毛色が異なっている。四部作の完結篇というより、新たな出発点に感じられるのだ。違和感として前述した、視点の置き方や舞台の選び方などがその理由である。現時点では第五弾の有無に関する情報は持ち合わせていないのだが、本書の続篇が発表されることがあれば、“新たな一歩”だったのかどうかを確認してみたい。
 ちなみに、『JK Ⅲ』は、松岡圭祐が昨年発表した最後の作品だったが、この『JK Ⅳ』が刊行される二〇二四年一〇月までの間の彼の執筆ペースは、本人にとっては通常運転かもしれないが、とんでもない。改訂版や加筆しての文庫化を含めると、なんと月に一作以上のペースなのだ。
 まず、一月に《écritureエクリチユール 新人作家・すぎうらの推論》シリーズの第一一弾『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅺ 誰が書いたかシャーロック』を発表し、その翌月には、『借り』の続篇にして初長篇となる『瑕疵借り ──奇妙な戸建て──』を世に送り出す。『ウクライナにいたら戦争が始まった』を加筆修正のうえ文庫化したのが五月だ。その翌月には『シャーロック・ホームズ対とうひろぶみ』の“改訂完全版”と、その続篇である『続シャーロック・ホームズ対伊藤博文』を同日刊行した。さらに、三月と四月、そして七月八月九月には、《高校事変》シリーズの新作を発表した(『高校事変18』~『高校事変22』)。九ヶ月で十冊、そしてほぼすべてが新作だ。
 注目すべきは、これらの作品において、前述の伏線活用能力が発揮されている点である。シリーズ作品である《高校事変》では言わずもがな。《シャーロック・ホームズ対伊藤博文》の二作においては、その才能を自分の小説のみならず他者(コナン・ドイル)の小説及び当時の史実にも拡げ、それらの情報を活用している。《écriture》の第一一弾でもコナン・ドイルに関する史実を巧みに活かした。そう考えると、この才能は、むしろ作家松岡圭祐の本能と呼ぶべきものなのかもしれない。読者にとってはうれしい限りだ。
 そして、その才能/本能が、今後の《JK》シリーズで、さらに発揮されるのではないかと期待している。続篇の有無が定かではない状態での期待なのだが、『JK Ⅲ』で著者は、“しろゆうの一族”に言及しているのだ。田代ファミリーといえば、《高校事変》シリーズで重要な役割を果たした面々である。その名前が『JK Ⅲ』に記されている。そのことから、この第四弾で《JK》シリーズと《高校事変》シリーズの交錯を期待された方もいらっしゃるかもしれないが、その期待は、まだ本書では満たされていない。それがなんとも不気味で、続篇を切望したくなってしまう。本書に満足したばかりだというのに。

作品紹介



書 名: JK IV
著 者: 松岡圭祐
発売日:2024年10月25日

TBS「THE TIME,」で話題の、青春バイオレンス文学!
プロポーズに成功した李沢直也は幸せの絶頂にいた。しかし婚約者・渡邊絵夢が失踪したと報を受け全てが一変する。最後に絵夢が目撃された地、広島・呉に残されていたのは「さよなら 直也君は悪くないよ」という手紙と、崖から身を投げた痕跡だった。公安、極左、ヤクザ…絵夢の行方を追えば追うほど現れる不穏な輩に紛れ「江崎瑛里華」という少女の名前が浮かび上がり…。血と暴力が吹きすさぶ中、少女たちの復讐劇が開幕する!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322407000640/
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