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レビュー

実在の出版社が舞台! ビブリオミステリの人気シリーズ最新刊。――『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:朝宮運河】

『バスカヴィル家の犬』の謎!英国文学史上最大の危機とは!?
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』松岡圭祐

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。



『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』文庫巻末解説

解説
あさみや うん(ライター・書評家) 

 まつおかけいすけの文学ミステリ「écriture 新人作家・杉浦李奈の推論」シリーズも早いもので十一巻目を迎えた。この巻では新人作家・すぎうらの人生に、かつてない大きな転機が訪れることになる。果たして彼女はビッグタイトルを手にし、スター作家の仲間入りをすることができるのか?

 本書の内容に立ち入る前に、まずはシリーズの基本情報をおさらいしておこう。「新人作家・杉浦李奈」シリーズは、「千里眼」「万能鑑定士Q」「探偵の探偵」「高校事変」「JK」など数多あまたの人気シリーズを抱える松岡圭祐が、二〇二一年より書き継いでいる作品だ。「万能鑑定士Q」で“人の死なないミステリ”の面白さを広く伝える一方、「JK」では過激なバイオレンスアクション描写を突きつめるなど、シリーズごとに新たな扉を開いてきた松岡圭祐が、本シリーズで挑んだのは出版業界を舞台にした謎解きエンターテインメント。主人公の杉浦李奈を作家兼探偵役に設定することで、読者にとっても興味津々の出版業界の裏表をあますところなく描いている。
 というとライトなお仕事ミステリのようにも聞こえるが、読んでみるとその予想は裏切られる。主人公の杉浦李奈は、『雨宮の優雅で怠惰な生活』などの作品を書いているライトノベル作家。といっても筆一本で生活していくのは容易なことではなく、コンビニでアルバイトをしながら、KADOKAWAの担当編集者・きくと二人三脚でいつの日かベストセラー作家となることを目指して執筆に励んでいる。李奈の質素で悩みの多い毎日は、作家は華やかな人気商売であるというファンタジーを崩壊させるのに十分だ。
 もっともシリーズが進むにつれて李奈のキャリアは着実にアップして、第九巻『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅸ 人の死なないミステリ』では老舗しにせの文芸出版社よりこんしんの純文学作品『十六月夜』をじよう。同作は二百万部を超える大ヒットとなり、映画化の企画も動き始める。最新刊となる本書でもまだコンビニでのバイトは継続中だが、“新人”の肩書きはそろそろ外してもよさそうだ。
 そんな李奈の日常生活と併行して描かれるのが、出版業界にまつわる数々の事件である。これまで人気作家の盗作騒動(第一巻)を皮切りに、新人作家を集めた合宿での殺人事件(第三巻)、大勢の出版関係者の命を奪った大規模火災(第五巻)、同業者のしつそう事件(第八巻)などが巻き起こり、李奈は行きがかり上、真相を探る役目を与えられる。
 探偵役が小説家で扱われる事件もすべて小説絡み、しかもその真相には小説家の苦悩やかつとうが刻印されているといった具合に、徹底して小説を書くという行為にこだわっているのが本シリーズの特徴。本の世界を扱ったビブリオ・ミステリに分類されるこのシリーズだが、スティーヴン・キング『ミザリー』、ありがわあり『作家小説』などと同じく、小説家と書くことを巡る小説でもある。このことは後述するように李奈のキャラクターと響き合いながら、物語の大きなテーマを形づくっている。

 さて本書『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅺ 誰が書いたかシャーロック』では、冒頭で李奈の書いた小説が、なお賞にノミネートされるという大ニュースが飛び込んでくる。優れた大衆文学に贈られる直木賞は、純文学系の短編・中編に与えられるあくたがわ賞と並んで、日本でもっともメジャーな文学賞だろう。受賞者は一躍時の人となり、カメラに囲まれて記者会見する姿が、テレビや新聞で大々的に報じられる。エンターテインメント系の作家にとって、大きな意味をもつ文学賞だ。その候補五作に李奈の『ニュクスの子供たち、そして私』が選ばれたのだ。
 喜びをみしめる李奈だったが、そんな折、また新たな相談事が持ち込まれた。
 ことの起こりは半年前、イギリスで『バスカヴィル家の犬』と題された古い原稿が発見されたことによる。『バスカヴィル家の犬』といえばコナン・ドイルが一九〇一年に発表したシャーロック・ホームズものの長編だが、この原稿にはバートラム・フレッチャー・ロビンソンとの署名がなされていた。
 ロビンソンは実在するドイルの同時代人で、『バスカヴィル家の犬』の題材を提供した人物として後世に名を知られているが、もしこの原稿が本物であるならば、ドイルの代表作はロビンソンの原稿を丸写ししたものということになる。これはイギリス文学史の常識がひっくり返ってしまうような大問題だ。
 これは本物か、フェイクか。イギリス国内では決着がつかず、世界十数カ国の専門家が意見を求められる。その日本代表として選ばれたのが、これまで多くの盗作・がんさく事件に関わってきた李奈だった。このことはマスコミにも大きく報じられ、李奈はますます世間の注目を集めることになるが、そんな矢先、彼女の目の前に巨大な犬が出現。闇夜で光るその不気味な姿は、まさに『バスカヴィル家の犬』に登場する魔犬そのものだった。
 このシリーズは文学作品や文豪にまつわるうんちくが読みどころのひとつだが、本書で取り上げられているのは世界中にファンをもつコナン・ドイル。二〇一七年に『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』という優れたホームズもののパスティーシュを手がけた松岡圭祐は、ドイルとホームズに深い思い入れがあるようで、本書でもさまざまな知識を披露している。
 ドイルがオカルトに関心を示していたという記述は史実に基づいているし、それを翻訳者ののぶはらけんがややねじ曲げた形で日本読者に伝えていたのも本当の話。ドイルがフレッチャーを殺害してアイデアを奪ったという異説があるのも、作中で記されているとおりだ。松岡圭祐はこうした知識を巧みにつなぎ合わせ、『バスカヴィル家の犬』をめぐる魅力的なミステリを紡ぎ上げてみせる。
 中でも興味深いのは、ある作家によって語られるコナン・ドイルの人物像である。愛国保守的な思想の持ち主で、思い込みの強い頑固者。利にさとい面がある一方、投資にはまるで向いていない。作中で語られる困ったエピソードの数々は、ドイルを名探偵シャーロック・ホームズの生みの親という偶像から引きずり下ろし、欠点をたくさん抱えた一人のイギリス人としてよみがえらせる。
 令和の日本で李奈がさまざまな悩みを抱えているように、ヴィクトリア朝ロンドンに生きたドイルもまた、書くことと生活のはざまで悩んでいた。時代も性別も国籍も超えて、二人の小説家の魂が一瞬ふれ合うかのようなクライマックスの展開は、魔犬出現事件の予想外の真相と相まって、感動を呼び起こさずにはおかない。

 あらためて述べるとこの小説の主要なテーマは、“職業として小説を書くこと”だろう。なぜ作家は小説を書くのか。書き続けることは何をもたらすのか。そうした問いをさまざまな角度から掘り下げながら、物語は進展していく。
 李奈は決して超人的な才能を備えた名探偵、というタイプではない。そんな彼女がなぜこれまで多くの事件を解決に導くことができたかといえば、内外の文学に関する知識があるのに加えて、彼女が作家としてさまざまな経験をし、葛藤をしてきたからだ。経済的な苦境、出版業界におけるさまざまな格差、同業者とのあつれき。作品が売れたら売れたで、今度はマスコミに注目されるという新しい悩みが待っている。このシリーズは当初から、小説を書くという仕事につきまとうさまざまなトラブルを、実在の出版社や文学賞の名前を用いながら、リアルに描き続けてきた。
 そしてその悩みの日々が、期せずして李奈を探偵のポジションに置くことになる。このシリーズは盗作疑惑をはじめとして、小説家という職業のダークサイドに踏み込むような事件を毎回扱ってきたが、そのどろどろした思いは、おそらく駆け出しの作家である李奈にとっても無縁のものではないだろう。
 作家たちの孤独や虚栄心、そしてその奥にきらりと光る創作への熱意を浮き彫りにするこのシリーズは、ライトなお仕事ミステリという枠をいつしかはみ出して、作家という職業がはらごうのようなものまで描き出していく。
 本書には、李奈の直木賞ノミネートに微妙な反応をする同業者・ゆうに対して、李奈がこう感じるシーンがある。「孤独感がこみあげてくる。直木賞候補を祝ってはくれても、優佳の内心にはやはり葛藤があるのかもしれない。作家は個人事業主、各々みなひとり。李奈は胸のうちにこみあげるせきりよう感を拒みえなかった」。
 作家は各々みなひとり。このシリーズの隠れた魅力は、ほとんどハードボイルド的と言ってもいいような、職業人としてのきようの描かれ方にあるような気がする。もちろん本が売れることは大切だし、文学賞だって受賞したい。しかしそれ以上に“書くこと”が李奈にとってはかけがえのない行為だ。その思いは家族とも編集者とも共有できない、彼女一人だけのものである。そうした孤独を抱えているのは、李奈の周囲にいる他の作家たちも同様だろう。松岡圭祐はらんばんじようのエンターテインメントの枠組みを使って、作家という書くことにかれた人たちの姿を、愛とリスペクトをもって描いている。
 このシリーズを読んでいて否応なく思い出すのは、二〇二一年に松岡圭祐が発表した『小説家になって億を稼ごう』というノンフィクションだ。億を稼ぐというセンセーショナルなタイトルにかれて手に取った人も多いだろうが、作家志望者に向けたあの本で作者が説いていたのは、オリジナリティある作品を書くためのノウハウと、ビジネスとして小説家を成り立たせることの重要さ、その両方だった。厳しい令和の出版業界をサバイブする李奈の姿に、あまり自分の内面を語ることがない松岡圭祐の価値観がさりげなく投影されている、といったらうがち過ぎだろうか。
 おそらくこの先も、李奈の前には次々と壁がふさがるだろう。作家としてステップアップしたらその分だけ、また新しい困難が現れるはずだ。しかし心配は無用。これまでの経験を糧に、彼女はきっと前に進んでいく。“億を稼ぐ”作家になろうとも、あるいはアルバイト中心の質素な生活に戻ろうとも、彼女は書くことを止めないはずだ。この先李奈にどんな未来が待ち受けているのか、楽しみでならない。
 それにしても、この巻の終わり方といったらどうだろう! 続きが気になって、思わず本を手にしたままうめいてしまった。果たして李奈は直木賞を受賞できるのか。遠からず刊行される予定の十二巻が待ち遠しい。

作品紹介・あらすじ



ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック
著 者:松岡圭祐
発売日:2024年01月23日

実在の出版社が舞台! ビブリオミステリの人気シリーズ最新刊。
ベストセラー作家になっても変わらない日々を送る李奈 。いつものようにコンビニバイトを終えて自宅マンションに帰り着くと、そこには担当編集の菊池と同い年の小説家、優佳の姿が。じれた様子の2人ら“ある賞”の候補になったことを知らされる。加えてその後、コナン・ドイル著『バスカヴィル家の犬』の謎の解明を英国大使館から依頼される。その謎とは? いったいどんな目的で? そして、気になる賞の行方は……。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322310001473/
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