『バスカヴィル家の犬』の謎!英国文学史上最大の危機とは!?
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』松岡圭祐
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック』文庫巻末解説
解説
本書の内容に立ち入る前に、まずはシリーズの基本情報をおさらいしておこう。「新人作家・杉浦李奈」シリーズは、「千里眼」「万能鑑定士Q」「探偵の探偵」「高校事変」「JK」など
というとライトなお仕事ミステリのようにも聞こえるが、読んでみるとその予想は裏切られる。主人公の杉浦李奈は、『雨宮の優雅で怠惰な生活』などの作品を書いているライトノベル作家。といっても筆一本で生活していくのは容易なことではなく、コンビニでアルバイトをしながら、KADOKAWAの担当編集者・
もっともシリーズが進むにつれて李奈のキャリアは着実にアップして、第九巻『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅸ 人の死なないミステリ』では
そんな李奈の日常生活と併行して描かれるのが、出版業界にまつわる数々の事件である。これまで人気作家の盗作騒動(第一巻)を皮切りに、新人作家を集めた合宿での殺人事件(第三巻)、大勢の出版関係者の命を奪った大規模火災(第五巻)、同業者の
探偵役が小説家で扱われる事件もすべて小説絡み、しかもその真相には小説家の苦悩や
さて本書『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅺ 誰が書いたかシャーロック』では、冒頭で李奈の書いた小説が、
喜びを
ことの起こりは半年前、イギリスで『バスカヴィル家の犬』と題された古い原稿が発見されたことによる。『バスカヴィル家の犬』といえばコナン・ドイルが一九〇一年に発表したシャーロック・ホームズものの長編だが、この原稿にはバートラム・フレッチャー・ロビンソンとの署名がなされていた。
ロビンソンは実在するドイルの同時代人で、『バスカヴィル家の犬』の題材を提供した人物として後世に名を知られているが、もしこの原稿が本物であるならば、ドイルの代表作はロビンソンの原稿を丸写ししたものということになる。これはイギリス文学史の常識がひっくり返ってしまうような大問題だ。
これは本物か、フェイクか。イギリス国内では決着がつかず、世界十数カ国の専門家が意見を求められる。その日本代表として選ばれたのが、これまで多くの盗作・
このシリーズは文学作品や文豪にまつわる
ドイルがオカルトに関心を示していたという記述は史実に基づいているし、それを翻訳者の
中でも興味深いのは、ある作家によって語られるコナン・ドイルの人物像である。愛国保守的な思想の持ち主で、思い込みの強い頑固者。利にさとい面がある一方、投資にはまるで向いていない。作中で語られる困ったエピソードの数々は、ドイルを名探偵シャーロック・ホームズの生みの親という偶像から引きずり下ろし、欠点をたくさん抱えた一人のイギリス人として
令和の日本で李奈がさまざまな悩みを抱えているように、ヴィクトリア朝ロンドンに生きたドイルもまた、書くことと生活のはざまで悩んでいた。時代も性別も国籍も超えて、二人の小説家の魂が一瞬ふれ合うかのようなクライマックスの展開は、魔犬出現事件の予想外の真相と相まって、感動を呼び起こさずにはおかない。
あらためて述べるとこの小説の主要なテーマは、“職業として小説を書くこと”だろう。なぜ作家は小説を書くのか。書き続けることは何をもたらすのか。そうした問いをさまざまな角度から掘り下げながら、物語は進展していく。
李奈は決して超人的な才能を備えた名探偵、というタイプではない。そんな彼女がなぜこれまで多くの事件を解決に導くことができたかといえば、内外の文学に関する知識があるのに加えて、彼女が作家としてさまざまな経験をし、葛藤をしてきたからだ。経済的な苦境、出版業界におけるさまざまな格差、同業者との
そしてその悩みの日々が、期せずして李奈を探偵のポジションに置くことになる。このシリーズは盗作疑惑をはじめとして、小説家という職業のダークサイドに踏み込むような事件を毎回扱ってきたが、そのどろどろした思いは、おそらく駆け出しの作家である李奈にとっても無縁のものではないだろう。
作家たちの孤独や虚栄心、そしてその奥にきらりと光る創作への熱意を浮き彫りにするこのシリーズは、ライトなお仕事ミステリという枠をいつしかはみ出して、作家という職業が
本書には、李奈の直木賞ノミネートに微妙な反応をする同業者・
作家は各々みなひとり。このシリーズの隠れた魅力は、ほとんどハードボイルド的と言ってもいいような、職業人としての
このシリーズを読んでいて否応なく思い出すのは、二〇二一年に松岡圭祐が発表した『小説家になって億を稼ごう』というノンフィクションだ。億を稼ぐというセンセーショナルなタイトルに
おそらくこの先も、李奈の前には次々と壁が
それにしても、この巻の終わり方といったらどうだろう! 続きが気になって、思わず本を手にしたまま
作品紹介・あらすじ
ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 XI 誰が書いたかシャーロック
著 者:松岡圭祐
発売日:2024年01月23日
実在の出版社が舞台! ビブリオミステリの人気シリーズ最新刊。
ベストセラー作家になっても変わらない日々を送る李奈 。いつものようにコンビニバイトを終えて自宅マンションに帰り着くと、そこには担当編集の菊池と同い年の小説家、優佳の姿が。じれた様子の2人ら“ある賞”の候補になったことを知らされる。加えてその後、コナン・ドイル著『バスカヴィル家の犬』の謎の解明を英国大使館から依頼される。その謎とは? いったいどんな目的で? そして、気になる賞の行方は……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322310001473/
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