14万部突破『瑕疵借り』長編新作
『瑕疵借り ―奇妙な戸建て―』松岡圭祐
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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『瑕疵借り ―奇妙な戸建て―』文庫巻末解説
解説
ふだん暮らしている「家」は、安らげる場所だろうか。家は不思議な存在で、短く暮らしただけでも、間取りや、家で目にした光景を、あとあとまで覚えてしまう。住んだ家は、退去したとたんに「過去」となる。自分にとっては過去でも、建物は残る。
本書は、二〇一八年に刊行された『瑕疵借り』(講談社文庫)の続編にあたる長編小説だ。「
シリーズ一作目の前作は、「ワケあり物件」「瑕疵物件」とも言われる、事故物件を題材にした四編を収める連作短編集だった。苦学して薬剤師になった
シリーズ二作目となる本書には、二つの物件が登場する。一つ目は、神奈川県
二つ目の物件は、千葉県
シリーズ二作目の本書と前作との大きな違いは、連作短編集ではなく、長編仕立てである点だ。前作を踏襲して一つ目の「瑕疵借り」はマンションの一室を舞台にしており、愛犬を捜す秋枝が訪れて、藤崎が謎を解く。そして二つ目の「瑕疵借り」では秋枝が依頼人(家主)となり、“奇妙な戸建て”に藤崎と二人で住むというユニークな展開だ。シリーズ二作目ではあるけれど、前作とは作りもテイストも大きく異なり、本書から読み始めてもまったくオーケーな物語になっている。
次に、シリーズの主人公、藤崎を視点人物の一人にした語り口も、前作と違う点だ。前作は四つの短編のいずれもが、事故物件を訪ねる人物の視点を軸にして語られていた。彼らが藤崎と出会い、前の住人の事情が解き明かされる一方で、内心も正体もわからずじまいの藤崎は、前作では一貫してミステリアスな存在だった。しかし今回は藤崎自身も視点の主になっており、彼の来歴や内心がすべてではなくてもわかってくる。藤崎の人となりが
もう一つ、今回の大きな特色は、藤崎が「瑕疵借り」をするのが「家」である点だ。前作で描かれた四つの事故物件は、すべて集合住宅の一室だった。本書で藤崎は“奇妙な戸建て”の内部に入り込み、次々と起こる不可解な出来事に遭遇する。なぜか漂っている線香のかおり、屋根裏からは人が歩く気配がし、耳もとに届く、ううう、という少女の
そして、家だけでなく、人も奇妙だ。“奇妙な戸建て”が建つこの地域は、バブル期にそこそこ開発されたのちに過疎化した。近隣住民は高齢者ばかりで、それこそ三十五年ほど前に戸建てを新築して移り住んだ人々なのだろう。このシリーズは、社会派の小説である点も魅力の一つだ。不動産の背景に広がる社会状況まで
「家」をモチーフにした物語は、古今東西、たくさん作られてきた。昔の映画では、人妻が天井から聞こえる物音にさいなまれる『ガス燈』(一九四四年製作・アメリカ)。近作では、失業中の家族が富裕層の邸宅に入りこむ『パラサイト 半地下の家族』(二〇一九年製作・韓国)。
〈僕みたいなワケありの人間が瑕疵借りになるんだよ。いわば人間瑕疵物件だな。歳月によって自分の瑕疵が軽減されるのをまってる人たち……。僕はようやく三年目だよ。まだ道のりは長いね〉
主人公の藤崎は、まだ三十代。彼はこれからどんな物件を転々として、どんな人と出会うのだろうか。本書のラストの文章はせつなくて、それでも生きているうちは、「瑕疵」をよくしていくことはできるのだろう。
本書の「家」と周辺環境は、藤崎でも頭を抱えるほど異様だ。そんな本書から読んでもいいし、シリーズ一作目も傑作なので、ぜひ手に取っていただきたい。
作品紹介・あらすじ
瑕疵借り ―奇妙な戸建て―
著 者: 松岡圭祐
発売日:2024年02月22日
どの物件にでも起こりうる事件 迫真の賃貸ミステリ
殺人事件の現場になった賃貸マンション。退去者が相次ぎ困った大家は、住むことで瑕疵を軽減してくれる「瑕疵借り」の藤崎を頼る。そんな藤崎のもとを、犬を捜しているという秋枝が訪ねてくる。事件で殺された男と愛犬の失踪――真相に気づき、犬を見つけ出した藤崎は、程なく別の依頼である戸建てに赴く。家主はなんと、先日知り合った秋枝だった。思わぬ展開に戸惑いながらも藤崎はその“奇妙な戸建て”に入居する……。
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