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特集

対談 小説家 岩井志麻子×小説家 新名 智 『煉獄蝶々』『あさとほ』

構成・文=タカザワケンジ
写真=川口宗道

噓が実に、実が噓に——
現実を歪める“文学”の恐怖

昭和の放蕩作家が残したおぞましい手記の謎に迫る、岩井志麻子さんの『煉獄蝶々』。そして、失われた平安時代の物語が巻き起こす怪異を描いた、新名智さんの『あさとほ』。「物語」が現実を歪める恐怖を描いた両作品の刊行を記念して、岩井さんと新名さんが対談。それぞれの作品の感想や魅力について語ってもらった。

散逸物語の行方を追う『あさとほ』

岩井:新名さんの『あさとほ』も私の『煉獄蝶々』も、誰かが書いた文章を追っていくっていう共通点がありますよね。『あさとほ』は平安時代に実在したが失われてしまった物語。『煉獄蝶々』は、小説の師匠が送ってきた真偽不明の手記。私のはもちろんだけど、新名さんの小説も「紙的」でしたよ。いかにも紙に書いているっぽさがありました。それは追っているのが大昔の物語だからということもあるけれど、プロが書いた、つまり、作家の文章に普通の人が巻き込まれていくという感じがよく出ていましたね。

新名:もともと僕は大学のときに「堤中納言物語」を研究していたんですが、「堤中納言物語」ってあまり状態のいい写本がないんですよ。しかも一番古いもので江戸時代。書かれたのが平安時代だから、その間があるはずなんですが見つかっていません。
それにまつわる怪しい話がけっこうあって、たとえば、ある学者が神保町の古本屋で古い時代の写本を見つけたんだけど、買おうと思ってサイフをとりにいっているうちに売れてしまったとか。そういうエピソードを聞いて、写本にまつわる怖い話が書けそうだなと思ったのが『あさとほ』のきっかけだったんです。

岩井:『あさとほ』の中で、散逸物語──書き写されることなく消えてしまった物語──はたくさんあると書かれていましたけど、なるほどそうだろうなと思いますね。すごい体験をした人とそれを書き留められる人とがマッチングしないと残らない。平安時代は特権階級しか字が書けなかったわけだから。地方の名家に伝わってないんですかね、口伝えとかで。

新名:口伝えはわからないですけど、ときどき写本が旧家の蔵から発見されたとかは聞きますね。

岩井:新名さんが古典を研究しようと思ったのはいつ頃からですか。

新名:大学に入ってからですね。それまでは古典にそれほど興味があったわけではなくて、大学のときに教わってた先生の授業が面白かったからなんです。「堤中納言物語」がテーマの授業だったんですが、平安時代の文化とか習俗よりも文章の分析が主でした。「堤中納言物語」にはメタフィクション的なところがあるという指摘や、語り口の視点がここで変わっていますねとか。古文って昔の文化とか習俗を知るために読むものだと思っていたので、こんなふうに現代小説のような読み方ができるんだと驚いて、それから興味を持ちました。

岩井:それもマッチングですね。ぜんぜん違う先生に出会っていたら、新名さんが書く作品も違ったかもしれませんね。わけのわからん偶然で人生って大きく変わるんだなぁ。



新名:実は古典文学を題材に書こうというのはかなり以前から考えていました。古典文学の中には、当時は読まれていたのに、今では伝わっていないものも多くあるんですよね。そういう物語がどうなったのかを想像するのが面白くて。完全になくなったのか、それとも何か別の存在になっているのか、そういうことを書いてみようと。

岩井:私は散逸物語という言葉を『あさとほ』で知ったわけですけど、書かれていたように写本から写本へと書き写されていくうちに中の人、つまり書き手が途中で替わるっていうことは本当にあるんですか。

新名:あるという研究者はいますね。『源氏物語』にはそういう説があります。

岩井:ツイッターでも公式ツイッターの中の人が途中で替わるとかありますよね。面白いですね。ツイッターなき時代から同じことがあったなんて。
よく、怖さを二つに分けると、「あるはずのものがない」「ないはずのものがある」だって言うじゃないですか。新名さんの小説にはその二つがあるんですよね。いるはずの人がいなかったり、ないはずの物語があったり。
私だったらどっちが怖いかなあ。うちにかわいがっているワンコが二匹いますけど、ある日突然一匹がいなくなっているのに、みんなが「はじめから一匹だったよ」と言った場合と、家に見知らぬ犬が一匹増えていて「この犬、十年前からこの家にいてずっと飼ってるよ」と言われるのと。どっちが怖いかなあ。
私は「あるはずのものがない」ほうが怖い。大事なものを失うほうが怖いんです。わけわからんもんでも増える分にはいいかなと。新名さんはどっちが怖いですか。

新名:僕は増えていたほうが怖いですね。いなくなったのは悲しいけど、それ以上何も起きないですよね。でも、増えているとそこからそいつが何かをするかもしれないから。『あさとほ』の中である人物が亡くなるシーンがあるんですが、部屋に入ったらそこら中に本があって流しのシンクにも詰め込まれている。書いていても怖かった。ものがぜんぜんないよりもいっぱいあるほうが怖いですね。

岩井:あの場面は強烈でしたね。本がバスタブにあるって嫌でした。ふだんはないところにあるって嫌だなあと。

コロナ禍だから書けた『煉獄蝶々』

新名:『煉獄蝶々』を読ませていただきました。『でえれえ、やっちもねえ』に収録されている短篇小説と微妙にリンクしていると思ったんですけど。

岩井:そうなんですよ。『でえれえ、やっちもねえ』の中の「カユ・アピアピ」で、ほぼほぼ金子光晴さんと森三千代さんの話を書いたのがきっかけなんです。もっと書きたいなと思って、ついに一冊になったのが『煉獄蝶々』です。

新名:『でえれえ、やっちもねえ』の各短篇とのつながりを匂わせているので、想像がふくらんで楽しかったです。

岩井:私、金子光晴先生を勝手に師匠だと思っているんですよね。ご存じだと思いますけど、金子光晴さんは奥様の森三千代さんととっても奇妙な関係だったんですよ。元祖「寝取られ」っていうか、三千代さんは奔放な女性でつねに愛人がいるんですけど、金子光晴さんは悶々としながらも、どこかで妻に愛人がいることを喜んでいるんですよね。でも、そこに三千代さんがけっこう本気かなという男が現れたんで、引き離そうと妻を連れて放浪の旅に出るんですよ。なんと四年も。
『煉獄蝶々』の金光晴三と八千代は名前も似ているし、モデルと言ったらモデルなんだけど、死んだ八千代が生き返ったりしているから創作であることは誰でもわかる。モデルであってモデルでないという感じですね。

新名:「カユ・アピアピ」は熱帯の中に地獄の風景が展開する雰囲気が好きでした。これを長篇のボリュームで読みたいと思っていたところ、『煉獄蝶々』がまさにそういう内容だったので嬉しかったですね。
「カユ・アピアピ」も『煉獄蝶々』も熱帯が舞台になったホラーというのが面白いなと思っています。ホラーの中でも南極や北極の殺風景が怖いものもあれば、逆に熱帯の、木がいっぱい生えていて花が咲いて虫や鳥もいっぱいいて、でもそこが怖いということもあるんだなと。



岩井:『煉獄蝶々』を書いたのはコロナ禍も関係しているんですよ。コロナがなければほかのことに気をとられて書いていなかったかもしれない。
コロナで、外に出るな、家にいろってなったら、さすがに私も夜遊びは憚られる。でも家にいてもすることがない。それで金子光晴さんの本を読み返していたら、南国の文章がいいわけですよ。シンガポールいいなあ、マレーシア行きてえ、と悶々としたんです。それに二番目の夫が韓国のソウルにいるんですけど、コロナで会えなくなってしまった。これも夫婦のあり方として悶々とするわけですよ。
金子さんが海外放浪をする前って、低迷期だったんです。一時は詩人として売れたけれど書けなくなっていた。それに奥さんの浮気癖が重なって放浪の旅に出るんですけど、南国の気候と虫に悩まされる。暑いし、蚊、蚤、南京虫だらけ。不意に、自分は本当に何の取り柄のないクズなんだなと思ったときに、それまで忘れていた詩が戻ってきたというんですよね。そこに私、感動するわけなんです。
部屋に閉じこもって悶々として「ほんと私クズ」「何の取り柄もない」「消えたほうがいいかもしれない」と思っているときに「私には小説があるじゃないか」と気づくわけですよ。金子さんとまさにリンク。小説に戻ってきた、と涙を流しながら書いた──というのはちょっと噓ですけど(笑)。南国行きたい、でも行けない。その悶々が『煉獄蝶々』を書かせたわけです。

新名:『煉獄蝶々』は手記を読み進めていく話なので、『あさとほ』と近いところがあるなと思いました。手記の中身が必ずしも事実ではなかったり、とはいえ一部は事実だったり、というあいまいさが面白い。

岩井:手記って本当か噓かわからないんですよね。噓にも二種類あって、本人が意図してつく噓と、本人が本当だと思い込んでいるけれど客観的に見たら噓。この二つが見分けにくい。たとえば、もしも自分が冤罪で捕まって、怖いおまわりさんにガンガンに詰められたら「やったのかも?」となるってよく言いますよね。それほんとだと思うんです。逆に、やっていても「やってない」って言い続けたら本当にやってない気になるとも言うし。

新名:『煉獄蝶々』は手記を読むという行為によって、世界の見え方が変質していくんですよね。小説における作者と読者の関係について考えさせられました。記憶を入れ替えたら人格も入れ替わるのかっていう話をしましたけど、他人の文章を読むというのは、別の人格をインストールするようなものかもしれないとも思いました。それがラストシーンに響いてくるんですよね。

白熱する異色対談のロングverは「怪と幽」Vol.11に掲載。岩井さんが『ムー』への思いを語れば、新名さんが密かな野望を明かす―—。そして、お二人がそれぞれ考える「ホラー」の魅力を語る盛りだくさんの展開です。

岩井志麻子さんプロフィール

岩井志麻子(いわい しまこ)
1964年、岡山県生まれ。少女小説家を経て、99年「ぼっけえ、きょうてえ」で第6回日本ホラー小説大賞、2000年に同名短編集で第13回山本周五郎賞を受賞。著作多数。新刊に『煉獄蝶々』。

『煉獄蝶々』書誌情報



『煉獄蝶々』
岩井志麻子
KADOKAWA
定価1,760円(10%税込)
書誌ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204000319/
amazonページはこちら

新名 智さんプロフィール

新名 智(にいな さとし)
1992年生まれ。長野県上伊那郡辰野町出身。2021年『虚魚』で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉を受賞し、デビュー。2022年7月に受賞第一作となる『あさとほ』を刊行した。

『あさとほ』書誌情報



『あさとほ』
新名 智
KADOKAWA
定価1,760円(10%税込)
書誌ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000846/
amazonページはこちら

新名智さん特設サイト
https://kadobun.jp/special/niina-satoshi/

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