横溝正史ミステリ&ホラー大賞作家、飛躍の第二作!
『あさとほ』新名 智
書評家・作家・専門家が新刊をご紹介!
本選びにお役立てください。
『あさとほ』新名 智
「読む人を消す物語」をめぐる長編ホラーミステリ。
評者:池澤春菜
「物語の一行目は重要だ。そこでは往々にして作品のテーマがすでに書かれている」
この書き出しを見たときに、この作品は面白いに違いない、と確信した。良くある前提を述べているようで、その実、まさにこの小説を貫くテーマが提示されている。
そう、この物語のテーマは「物語」だ。
夏日と青葉は双子の姉妹。
小さな村に引っ越してきた明人に憧れる青葉は、彼と一緒になる未来を夢見ている。明人の自転車とぶつかり、容貌を損なわれた青葉は、罪悪感と約束で明人を縛り、望む未来を引き寄せたように思われた。だが、ある日、夏日と明人の眼の前で、青葉は消失する。家に戻ったとき、家族もクラスメイトも誰も青葉を覚えていなかった。
青葉などいなかった、そう思い込んで大きくなった夏日。しかし、今度は大学の担当教授がいなくなった。親友のひとりも、また。十数年ぶりに明人と再会し、失踪事件の謎を追う夏日の前に「あさとほ」という謎の言葉が何度も立ち現れる・・・・・・。
ジャンルとしてはホラーかもしれないが、端正で丹念な筆致が描き出すのは、いわゆるじとっとした粘度の高いホラーではない。もっと硬質で、静かにしみいる不穏さ。曖昧な物やわからないものをそのままにせず、一歩一歩追い詰めていった先に残るものは恐ろしいというより、美しい。
人には物語が必要だ、というのは陰謀論の発生に興味を持って調べていたときに実感した。人は理解のできないものに耐えられない。真っ暗な闇を見つめていると、眼と脳はそこに何かを描き出そうとする。陰謀論とは、複雑すぎる世界、もしくは単純すぎる仕組みやただの偶然を受け入れることができず、自分が理解できる大きさの物語を当てはめようとすることだ。
そうやって世界を物語の枠の中に閉じ込めようとすると、そこにもう一つの世界が生まれる。
インスタのキラキラストーリーは、あれはあれで存在する世界なのだ。現実は襟の伸びたTシャツで寝転がって缶ビールをすすっていても、もうひとりの自分は完璧なメイクでフラペチーノを片手に笑っている。その物語を作り出した瞬間に、それは生きて、動き始める。そしてその物語たちには、心地よいパターンや王道が存在する。斯くあるべし、という線に沿って収束し、やがて現実をも浸食していく「物語」。
奄美に行った時に、あの精緻な模様の大島紬が先染めという手法で織られていると知って仰天した。図案を起こし、まず一度織り上げ、それを染め、そのあと全てばらし、図案通りに並べ、寸分の狂いもなくもう一度織っていく。とんでもない手間と工程を経てできあがる大島に「本当にそのお値段でいいんですか?!」と心配になった。
「あさとほ」を読んでいて、その大島紬を思い出した。
先染めゆえ、大島紬は裏も表と同じ柄になる。それもまた夏日と青葉という2人のようだ。
糸の段階からもう物語はできている。細い絹糸が集まり、絡まり、物語をなしていく。全ての工程が終わったとき、そこに描かれているのはどんな絵柄なのか。
ぜひ、それをご自身の目で見て欲しい。
きっと「こんな凄い物語を堪能させて頂いていいんですか?!」と思うはず。
作品紹介・あらすじ
あさとほ
著者 新名 智
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年07月01日
横溝賞受賞第一作。「人を消す物語」の正体は。長編ホラーミステリの神髄!
「わたしの周りでは、よく人がいなくなるらしい」幼い頃、夏日(なつひ)の目の前で双子の妹・青葉(あおば)は「消失した」。両親を含めた誰もが青葉のことを忘れ、彼女を覚えているのは、夏日と、消失の瞬間を一緒に目撃した幼馴染の明人(あきと)だけだった。青葉を忘れられないまま大学生になった夏日は、研究室の教授が失踪したとの報せを受ける。先生は、平安時代に存在したがその後失われてしまった「あさとほ」という物語を調べていたらしい。先生の行方と未詳の物語「あさとほ」を追う夏日は、十数年ぶりに明人と再会し、共に調査を始めるが――。二人が「行方不明の物語」の正体に辿り着くとき、現実は大きくその姿を変える。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000846/
amazonページはこちら