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特集

【対談】恒川光太郎×綿原 芹 人間と怪しきものの境界線『幽民奇聞』『うたかたの娘』

明治維新の陰に潜む怪しき民「キ」を描いた『幽民奇聞』をまもなく上梓する恒川光太郎さん。奇妙な人魚伝説にまつわる怪異譚『うたかたの娘』で第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉を受賞しデビューした綿原芹さん。恒川作品の大ファンだという綿原さんの念願が叶い、対談が実現! 作品の魅力や成立の裏側を語り合いました。

※本記事は「怪と幽vol.021」に掲載された内容の冒頭を転載したものです。
取材・文=タカザワケンジ 写真=川口宗道

恒川光太郎×綿原 芹 対談
人間と怪しきものの境界線『幽民奇聞』『うたかたの娘』

猛毒をまき散らす人魚小説


――まず恒川さんから綿原さんの『うたかたの娘』の感想をいただいてもいいですか。

恒川:大変面白かったです。最近の横溝正史ミステリ&ホラー大賞の受賞作はだいたい読んでいるんですけど、その中でもとくによかったですよ。
 ホラー小説の中でも個性派というか、オンリーワンの魅力があると思いますね。なかなかここまで嫌な気分になる小説ってないと思うんですよ。いい意味で。
 連作小説なんですけど、第一話の「あぶくの娘」が男性の一人語りで、美人の女の子に声をかける。このあたりでもうすでにすごく嫌な感じが伝わってくる。そのほかの登場人物も、とくに男性に毒があるんですよね。いい人かなと思ったらそうでもなかったり。みんなが幸せで、ひまわり畑でハッピーハッピーっていう話もいいとは思うんですけど、『うたかたの娘』は猛毒をまき散らしていていいですよね。しかも幻想小説という枠組みの中で、不老不死の人魚と毒が有機的に結合して面白いものになっている。おーっ!と思いました。
 出たばっかりでなんですけど、私は『うたかたの娘』は売れるんじゃないかなと思っています。ホラー小説としても、人魚小説としても必ず名前が挙がるものが出てきたなと思いました。


綿原:ありがとうございます。恒川さんのファンなので、お言葉をいただけて感激です。猛毒とおっしゃっていただきましたけど、自分ではあまり意識せずに書いていました。勝手に物語が繋がっていたところがあって、いい人かもと思ってくださった登場人物も最初はあんな人ではなくて、本当にただの好青年だったんです。でも、書いているうちにあんな人物になってしまって。

恒川:そうだったんですね。人生の中で覚えがあるなという経験や見聞が散見されて、よくもこんなところをすくい上げてるなって思いました。小説だからこんなに醜いことを考えている人がいるんだというよりも、現実にこういうことを思っている人はおそらく老若男女いるだろうなと思いますね。

綿原:私自身が直接体験したことというわけではないんですが、今までの人生で見聞きしたことからヒントを得てきたものが多いと思います。

恒川:北陸を舞台にしているのは北陸のご出身だからですか。

綿原:そうです。若狭が一応メインの舞台になっていますが、私の生まれ故郷です。今は東京に住んでいますが。

恒川:福井は妖怪的な風土があると思います。『うたかたの娘』を違和感なく読めたのは福井という舞台設定もよかったんだと思います。

キという謎の集団

綿原:『幽民奇聞』の舞台は東北ですが、東北の歴史から着想を得られたんですか。

恒川:それは、戊辰戦争の悲劇が題材になりやすかったからですね。幕府側について最後まで戦った藩というとやっぱり東北なので。

綿原:キという謎の集団が出てきますが、これはどこからですか。

恒川:これはですね、最初にキについての短編を書いたんですけど、そこからだんだん大きくなってきたんです。最初から考えてたというよりも、書いてたものから題材を広げていった感じです。

綿原:キっていうのは、鬼から来てるんですか。

恒川:最初は「気持ち悪いもの」みたいな意味でキだったんです。近代化以前の世の闇のようなものをイメージしていました。忍者的なイメージで。

綿原:私も最初は忍者のことなのかなと思ったんですけど、読んでいるうちにどうやら違うなと。第二話の「夢狒々考」で狒々が出てきた時に、すごくナチュラルに違う世界のものというか、異次元のものなのかなと思いました。狒々は大きな猿で人語をしゃべる不思議な生きものなんですよね。


恒川:狒々は最初、これが出てきたら楽しいだろうなと思ったんですけど、書いているうちに、これいらないんじゃないかって(笑)。

綿原:えっ。そうなんですか?(笑)

恒川:思ったんですけど、悩んだ末に、あったほうが「らしいな」って(笑)。一話目の「鬼婆図探訪」には超自然小説の部分がほとんどないので、二話目では変なものが入ってきたほうがいいなって。

綿原:残してもらってよかったです。明治は戊辰戦争から始まって、様々な変化のあった激動の時代ですよね。文明は大正、昭和と進むにつれて発達していきますけど、あの頃はきっと狒々とか──あと、御屋形様もちょっと謎の人物ですけど──ああいう、よくわからないものが混ざり合っている、そういう時代だったんだろうな、と思いました。

恒川:そうなんですよ! 江戸から明治って、現実と超自然的なものが未分化だったんじゃないかな。迷信的なものをみんなが信じているような。

対談の続きは「怪と幽vol.021」に掲載されています。

プロフィール

恒川光太郎(つねかわ・こうたろう)
1973年、東京都生まれ。2005年「夜市」で日本ホラー小説大賞、14年『金色機械』で日本推理作家協会賞を受賞。著書に『箱庭の巡礼者たち』『ジャガー・ワールド』など。26年1月30日に『幽民奇聞』を刊行予定。

綿原 芹(わたはら・せり)
福井県出まれ。2025年『うたかたの娘』で第45 回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉〈カクヨム賞〉をダブル受賞しデビュー。来夏に受賞第一作となる『ぬひんさまの塔(仮)』を刊行予定。

作品紹介



書 名:幽民奇聞
著 者:恒川 光太郎
発売日:2026年01月30日

東北は二本松、安達太良山に〈キの里〉があるという――奇想と悲哀の連作集
明治新政府軍の来襲で家族や友人を失った二本松藩の少年タキは、人並外れた強さをもつ怪しげな「キ」と名乗る一団に窮地を救われ、秋姫という目の見えない老女の家に匿われることになる。理不尽な命令ばかりする秋姫と衝突してばかりのタキだったが、やがて奇妙な絆が生まれ始める。だが、政府軍の魔の手が再び迫り……(「鬼婆図探訪」)。文明開化と共に姿を消していった、歴史の闇に生きる集団「キ」の痕跡を追う連作集。

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▼『ジャガー・ワールド』発売記念  恒川光太郎インタビューはこちら
https://kadobun.jp/feature/interview/entry-129285.html



書 名:うたかたの娘
著 者:綿原 芹
発売日:2025年10月01日

第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作
道に佇む不気味な人物をきっかけにしてナンパに成功した「僕」。相手の女性と雑談をするうちに故郷の話になる。そこは若狭のとある港町で、奇妙な人魚伝説があるのだ。そのまま「僕」は高校時代を思い出し、並外れた美しさで目立っていた水嶋という女子生徒のことを語る。彼女はある日、秘密を「僕」に明かした。「私、人魚かもしれん」幼い頃に〈何か〉の血を飲んだことで、大病が治り、さらには顔の造りが美しく変化したのだと――。

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▼試し読みはこちら
https://kadobun.jp/trial/utakatanomusume/2bn6ljp0its0.html
▼綿原 芹×綾辻行人 対談はこちら
https://kadobun.jp/feature/talks/2dy31ln4976s.html


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