2つの密室×驚愕のトリック。犯人の名が明かされるとき、世界は一変する。
『風琴密室』村崎 友
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『風琴密室』村崎 友
「密室の伝道師」による青春本格ミステリ
評者:若林踏
清々しいほどにシンプルなトリック小説。村崎友『風琴密室』には、このような言葉が相応しいだろう。
『風の歌、星の口笛』で二〇〇四年に第二十四回横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビューして以降、村崎友は寡作ながら青春要素の強い謎解き小説を書き続けてきた。村崎作品の特長は密室トリックへのこだわりで、高校の文化祭で起こった二重密室事件を描く『夕暮れ密室』など、不可思議な状況が明快に解かれていく気持ちよさがどの作品にも溢れている。今回の『風琴密室』もまた然りで、しかも本作では密室の謎が二段構えで用意されているのだ。
物語は「ほたる作戦―六年前」と題した章で幕を開ける。語り手の“ぼく”こと夏目凌汰は忍棚村という山奥の小村で暮らしており、一歳上の兄である昴星とともに小学校の春休みを過ごしていた。そんな中、凌汰と昴星の兄弟は雨田菫という転校生と出会う。“雨ちゃん”と呼ばれるようになる少女は、父親がアメリカに転勤してしまった都合で、母親とともに祖母の家に引っ越してきたのだという。季節は移ろい夏となり、凌汰・昴星と雨ちゃんは小学校の同級生たちとともに、川遊びに興じながら夏休みを謳歌していた。しかし、明るく煌めいていた夏のひと時は、ある事故をきっかけに暗く悲しい思い出に変わってしまう。
続く第二章では時間が経過し、高校生になった凌汰が廃校となった出身小学校の掃除をする場面が描かれる。特にこれといった観光施設がない忍棚村は、廃校舎を宿泊地として改造し、〈廃校に泊まろう!〉というキャッチコピーで観光客を誘致しようと考えた。凌汰はその準備のための清掃アルバイトをしているのだ。凌汰が校内を片付けていると、そこに二人の若い女性がやってくる。そのうちの一人は、かつて忍棚村に引っ越してきた“雨ちゃん”こと雨田菫だった。凌汰は懐かしい思いに駆られる一方、小学校時代に起きた物悲しい記憶が蘇る。その不穏な気配が呼び寄せたかのように、凌汰が廃校に宿泊した夜、不可解な状況で幼馴染の死体が発見される。
過去と現在、時を隔てて起きた二つの密室に主人公は挑む。それぞれの密室はともに状況を細かく調べれば調べるほど隙がなく、より強固なものへと変わっていく。5W1Hでいうところの“How”の謎で大いに興味を掻き立てつつ、小説全体としては過去に何が起こったのかという“What”の謎に貫かれている点にも注目したい。第一章における穏やかで優しい少年小説の雰囲気から、過去の悲劇を引き摺って生きる青年を描く苦い青春小説の趣きへと変化するなど、物語の色合いを切り替える手つきも鮮やかである。
何より見事なのは、密室の解明場面だ。本作で描かれる密室は一見すると難攻不落のようだが、実はある一点に着目すると、複雑にこんがらがった糸がすんなりほどけるような感覚で解けてしまう。トリックの構成と手がかりの提示の仕方が上手く噛み合っており、「ここに気が付けば簡単に分かったのに、なぜ思いつかなかったのだろう」という悔しさを感じるくらい、突破口の隠し方が巧妙なのだ。特に過去パートにおける謎はけっして派手な仕掛けではないのに、全体の構図を思い浮かべるとかなり大胆なことをやってのけている点に驚く。まさにシンプル・イズ・ベストの極致にある密室トリックに、感服の一言だ。
作品紹介・あらすじ
風琴密室
著者 村崎 友
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2022年05月30日
2つの密室×驚愕のトリック。 密室の伝道師による青春本格ミステリの旋律
忍棚村に暮らす高校生の凌汰は、夏休みのバイトとして幼馴染みたちと廃校の小学校を片付けていた。そこへ東京から2人の女子高校生が訪ねてくる。ひとりは、6年前の一時期この小学校に通い、すぐに引っ越していった「雨ちゃん」だった。凌汰の脳裏に、兄・コーちゃんと雨ちゃんと3人で遊んだひと夏が甦る。コーちゃんの「事故」で、思い出は悲しい記憶に変わったのだが――。再会に盛り上がる凌汰たちはそのまま廃校に宿泊することになり、修学旅行の夜のような時間を過ごす。しかし翌朝、幼馴染みの四條がプールに沈んでいるのが見つかり――。犯人の名が明かされるとき、世界は一変する。二度読み必至の青春本格ミステリ。
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