これから“来る”のはこんな作品。
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(本記事は「小説 野性時代 2025年6月号」に掲載された内容を転載したものです)
書評連載「物語は。」第136回
伊坂幸太郎『パズルと天気』(PHP研究所)
評者:吉田大助
小説とは小さな「説」を
そっと強弁すること
ホッキョクグマの身体は白く見えるが、実は毛は透明だ。クイズ番組などでそんなエピソードに触れるたびに、「知ってる!」と小さく叫んでしまう。この「知ってる!」はどこからやって来たのかと長年謎だったのだが、作家生活二五周年を迎えた伊坂幸太郎の最新短編集『パズルと天気』を読んで、ここからだったと判明した。六人の男性作家による恋愛小説のアンソロジー『I LOVE YOU』(二〇〇五年刊)で発表され、単著では初収録となる短編「透明ポーラーベア」だ。今回の再読で発見したことはそれ以外にもあった。他の収録作を読んだからこそ気付けたのかもしれない。
冒頭を飾る一編は、書き下ろしの「パズル」だ。〈マッチングアプリ上に、悩み事を解決してくれる女性がいる〉。そんな噂を聞きつけた会社員の
そのほかの四編は、参加作家が共通のテーマをもとに競作する、ワンテーマ・アンソロジーに発表した作品だ。「美女と竹林」というテーマから生まれたのは、男二人が仙台の七夕まつりの会場を練り歩き、かぐや姫が混入された竹を探す「竹やぶバーニング」。「犬」がテーマの「イヌゲンソーゴ」は犬が出てくる昔話のパロディーで、「幸せ」がテーマの「Weather」は友人の結婚式を舞台にした二転三転のミステリーだ。外部から与えられたテーマをもとに、自分なりの作品を成立させようとするプロセスが、作家らしさを際立たせることになったのかもしれない。特に、笑いの要素が強い。笑える度合いで言えば、伊坂作品史上トップかもしれない。
ただ、「透明ポーラーベア」は少し雰囲気が違う。恋愛小説というテーマを受けて執筆された本作は、会社員の
それは、人と人との繫がりに関する「説」だ。もしもノンフィクションであるならば、「説」は検証されなければならない。正しいかどうか、反証にさらされなければならない。けれど、これは小説だ。小説ができる最良のことの一つは、物語の内側で、日常をほんの少し良く、明るくするための、でもさぁ、こういう考え方もできるんじゃないの、という小さな「説」をそっと強弁することだ。書き下ろし短編「パズル」にも小さな「説」が登場し、忘れ難い印象を残している。
たぶん、自分の中には伊坂作品で出合った様々なうんちくだけでなく、伊坂作品から得た小さな「説」も詰まっていて、日々の支えとなっている。そんな想像が芽生えた瞬間、過去の伊坂作品の断片が頭を駆け巡った。初心者はもちろん、伊坂作品と長く触れ合ってきた人にこそ読んでもらいたい。
【あわせて読みたい】
『アイネクライネナハトムジーク』伊坂幸太郎(幻冬舎文庫)
「出会い」をテーマに執筆された冒頭の一編「アイネクライネ」から始まる、伊坂作品では珍しい、恋愛要素濃いめの連作短編集。恋愛絡みの名言の数々が、ストーリーとも共鳴していく。例えば──運命の出会い、とは何か。〈これが出会いだ、ってその瞬間に感じるんじゃなくて、後でね、思い返して、分かるもの〉。