【第230回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第230回】柚月裕子『誓いの証言』
岩谷の頬がぴくりとひきつったのを、佐方は見逃さなかった。曽根の発言は、だれが聞いても自信が失われていた。疲弊していた、と言い切るのではなく、疲弊しているように見えた、と自分はそう感じた、という言い方に留めている。わずかな違いだが、聞くものの印象を大きく変える。
佐方は続けて問う。
「ほかに、原告は傷を負っていましたか。たとえば腕とか足とかに、抵抗したと思われるような傷はありましたか」
もともと静かだった曽根の声が、ますます小さくなっていく。
「いいえ、ありませんでした」
「では、原告は抗わなかった、ということが考えられますね」
「異議あり、誘導です」
岩谷は怒声とも思える声で、乙部に訴えた。流れが変わってきたことを感じているのだろう
「異議を認めます」
乙部が言う。佐方は大人しく引き下がった。
「では、原告の血液から検出された薬について質問します。その睡眠導入剤は、市販されているものですか。それとも、病院で処方されるものですか」
曽根が答える。
「病院で処方されるものです。市販はされていません」
「劇薬などに分類されるものでしょうか」
曽根は首を横に振った。
「いいえ、専門病院に限らず個人病院でも、医師が必要だと判断すれば処方できるものです」
「それは言い換えれば、誰でも手に入れることができる、ということですね」
「そうなりますね」
曽根が曖昧に答える。
佐方はあえて一呼吸おいて、言葉を続けた。
「その薬ですが、こちらが調べたところ被告人が処方された事実はありませんでした」
(つづく)
連載一覧ページはこちら
連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/
第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。
第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084