【第229回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第229回】柚月裕子『誓いの証言』
曽根は記憶を辿るように、遠くを見る。
「とてもだるそうでした。それは立っていられないくらいで、私はすぐに診察室のベッドに横たわらせました」
「原告の身体には、裂傷があったそうですが、それは強い力がかかったからだ、とあなたは言いましたね」
改めて訊かれる意味がわからないらしく、曽根は戸惑いながら答える。
「はい、一般的にはそうです」
「それは、強い力――というだけで、必ずしも一方的な行為のときに起こるものではありませんよね」
「異議あり」
岩谷が怖い顔で手をあげる。
「証人の発言を否定するような言い方です。証人が怯えて、発言をためらう可能性があります」
「異議を認めます。弁護人は言い方に気を付けてください」
佐方は乙部に一礼し、質問を続ける。
「質問を変えます。局部の裂傷は、互いが同意のうえで関係を持ったときにも、負うことはありますか」
こんどは曽根は、落ち着いた様子で答えた。
「あります。互いに了解したうえであっても、強い力がかかれば傷はつきます」
「その傷は、外科的な修復が必要なくらい、ひどいものでしたか」
曽根は少し考えてから言う。
「いえ、治療が必要なほどではありませんでした」
「二、三日で自然に治るくらい――ですか?」
裂傷があったからといって、それが久保が無理やり行為をしたことにはならない、そう佐方が暗に伝えようとしていることに気づいたのだろう。曽根は言葉を選びながら、慎重に答えた。
「そうですね。重傷と呼べるほどではありませんが、傷を負っていたことは確かで、彼女は心身ともに疲弊していたように見えました」
(つづく)
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