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【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.107

【第267回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第267回】柚月裕子『誓いの証言』

 佐方は法廷内を見まわした。
「これが殴る蹴る、暴言を吐かれるといった被害なら、加害者への怒りや恨みを投稿することはあるでしょう。だが、性被害は違う。本来であれば、どのような形の被害であれ、被害者が責められたり辱めを受けるべきではありません。しかしながら、世の中には性被害者にも責任はある、そういう声をあげる者もいます。加えて被害者は、自分に隙があったのではないか、とか、あのとき自分がついていかなければ、などの自責の念を抱く傾向にあります。だが、原告は性被害に遭ったことを不特定多数の人たちが閲覧するSNSに投稿した。それはなぜか」
「勇気を出したからだろう!」
 傍聴席の誰かが叫んだ。
「そうだ、それほどに加害者が憎かったんだ!」
 いたるところから賛同の声があがる。
「静かにしてください。従わない人には退廷を命じます!」
 乙部が厳しい声で注意する。
 傍聴席が静かになるのを待ち、佐方は弁論を再開する。
「私は、いま傍聴席からの声にあった、原告が被害届を出したことを疑問に思ったのではありません。むしろ、賞賛に値すると思っています。原告の行動は、同じような被害に遭っている人に勇気を与えたでしょう。私が疑問に思ったのは、なぜSNSで明らかにする必要があったのか、ということです」
 佐方は改めて晶に目を向けた。
「被告人を裁きたいのであれば、被害届を出せば済むはずです。しかし、原告はSNSで被告人の本名だけでなく仕事まで書いている。それによって被告人は社会からの強い非難を浴び、家庭崩壊の危機に瀕しています。弁護士としての信頼も失いました。今後、仕事を続けていくのは困難でしょう。事務所の存続すら危うい。要は、被告人は社会的制裁を受けるだけでなく、家庭も仕事も失いかねません。原告は自分の身を挺してでも、被告人からすべてを奪いたかった。なぜ、そこまで強い憎悪を抱いているのか。その疑問が、被告人の無罪を証明するなにかと繋がっている、そう私は思ったんです。そして――」

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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