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【書評】戦う歴史小説家の覚悟――武川 佑『龍と謙信』レビュー【評者:澤田瞳子】

まどかなる大地』(講談社)で第27回大藪春彦賞を受賞し、注目を浴びる歴史小説家・武川佑さん。その最新作『龍と謙信』は、戦国大名・うえすぎけんしんと妻・たつを描いた物語です。本記事では、歴史小説家・澤田瞳子さんによるレビューをお届けします。

武川以上に現実社会と真摯に斬り結ぶ歴史小説家は、他にいないと断言できる。
武川佑『龍と謙信』レビュー



評者:澤田瞳子

 武川佑たけかわゆうは戦う歴史小説家である。
 その筆の織りなす物語の中で、武川は2017年のデビュー以来、常に世の矛盾や差別を直視し続けている。たとえば第10回日本歴史作家協会賞受賞作『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』(文庫化に際して『悪将軍暗殺』に改題)に描かれる虐げられる女性たち、第27回大藪春彦賞を射止めた『まどかなる大地』の主題たる民族差別。それらは決して過去のものではない。いずれも形や場所を変えながらも、現在の我々の社会にいまだ明確に息づくものだ。
 過去を過去として切り捨てず、今日の数々の問題の根源に遡り、社会の矛盾を突きつける。武川以上に物語を通じて現実社会と真摯に斬り結ぶ歴史小説家は、現在、他にいないと断言できる。
『龍と謙信』にもその精神は強く息づいている。あらすじだけで語るならば、本作は近年になってやっと存在が確認された上杉謙信うえすぎけんしんの妻を巡る物語となるだろう。ただ主人公たる於龍は分かりやすい「女性」としての道を選ばず、「男性」として生きぬ謙信と互いの在り方を認め合う同志となる。そんな彼との間には当然、子は生まれない。ゆえに二人の関わりは連綿と続く越後上杉氏の血統を絶やすことでもあるが、葛藤する於龍に叔母であるももは断言する。

 ――女が身と心を潰して継がねばならぬ血など、絶えればいい。覚えていて。その苦しみはおおくの女を殺してきたのです。

 日本の歴史小説界において、戦国小説は長く、英雄史観に基づく武将の物語として描かれる傾向があった。この時代を生きる女性に脚光が当たるようになるには、安西あんざいあつながみちといった女流作家たちの登場を待たねばならず、近年ではもろれいがその正統なる後継者として、多くの作品を発表している。ただ山内やまのうち一豊かずとよとその妻を主人公とするりようろうの『功名が辻』、映画化もされた井上靖の『淀どの日記』などを含めても、これまで描かれてきた彼女たちのほとんどは、女が道具として扱われる戦国社会の宿命を受け入れた上で、既存の枠組みの中でもがき、自分らしさを模索する者たちだった。
 だが武川の描く戦国の女性は、そんな社会のありかたに正面から否を叩きつける。かほどに逞しく、自らを取り巻くすべてに抗う姿がこれまで描かれただろうか。
 いや、女性だけではない。本作では、すべての人が自らの望む通りの生き方をなぜ模索できぬのかとの問いが繰り返し突きつけられる。人の本当の姿は当人だけのものであり、余人が暴くことは決してあってはならない。だが現在社会を顧みれば、その当然の道理はたやすく踏みにじられ、「あるべき」とされるかせに押し込められる存在のいかに多いことか。だとすればこの物語は決して、於龍と謙信だけのものではない。何者でもなく、何者にもなれる我々自身のものであり、二人の主人公の前にも後にも存在したあらゆる時代に生きた誰かに捧げられた作品でもある。
 ただ注意すべきは、於龍は自分が求める生き様以外をすべて否定しはしない。様々な女性たちが登場する本作はシスターフッド小説として読める一面もあるが、自らとはまったく異なる在り方を生き生きと選び取る「仲間」に向けられる於龍の眼差しはしなやかで、温かい。
 人は全て、好きなものを選び、好きなものを着て、好きな所に行っていい。しがらみばかりと捉えられがちな戦国時代を舞台に、そんな人間讚歌を高らかに歌い上げた本作は、歴史小説界に大いなる転換を迫った、今読まれるべきエポックメイキングな「戦国小説」である。

作品紹介



書 名:龍と謙信
著 者:武川 佑
発売日:2025年07月02日

大藪春彦賞受賞後第一作、謙信の妻を描く、初の歴史小説!

上杉謙信と、その妻・於龍
「奇妙(クィア)」なふたりは
憎悪も、愛情も、超えてゆく!

「抗え、戦え、歩みを止めるな。
かつても今も在り続ける魂の叫びに寄り添う物語」
澤田瞳子、推薦

父から越後守護代を奪った長尾景虎(後の上杉謙信)への復讐のため、母から“女”を捨てさせられた於龍。彼女は景虎を激しく憎むが、当人はどこ吹く風で、於龍のことを「面白(おもしょ)い奴」と気に入ってしまう。長尾の重臣たちが二人の婚姻を越後支配のために利用する一方で、甲斐の武田晴信(後の信玄)は隣国侵攻の調略を始めようとしていた――。史料を丹念に読み解き最新研究を踏まえ、生涯独身と言われてきた上杉謙信と、その妻の半生を鮮やかに描く。

謙信の妻・於龍は、どんな女性だったのか?
そしてなぜ、歴史の陰に消えたのか?

装幀 二見亜矢子
装画 とびはち

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322409000975/
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