怪奇探偵として知られる小池壮彦が、因縁のルーツを辿る――『日本の幽霊事件』『東京の幽霊事件』を1冊にまとめた決定版が角川ホラー文庫から登場!
『幽霊物件案内』も復刊され、発売後即重版が決定した話題の怪談ドキュメンタリーです。
本記事では、文庫化を熱望した書評家・朝宮運河さんによるレビューをお届けします。
心霊ドキュメンタリーはここから始まった!
小池壮彦『【完全版】日本の幽霊事件 封印された裏歴史』レビュー
恐怖と郷愁の怪談ルポルタージュ
評者:朝宮運河
小池壮彦氏の怪談ルポルタージュの名著『日本の幽霊事件』(2010年)と『東京の幽霊事件 封印された裏歴史』(19年)が一冊にまとまり、『【完全版】日本の幽霊事件 封印された裏歴史』のタイトルで角川ホラー文庫より刊行された。時をほぼ同じくして文春文庫からは、やはり長らく入手困難だった『幽霊物件案内』も四半世紀ぶりに復活を遂げ、にわかに小池壮彦リバイバルの機運が高まっている。折に触れて小池怪談の復刊をSNS上で訴えてきた私としては、なんとも喜ばしい2025年の初夏なのである。
しばしばメディア上で“怪奇探偵”と呼称される小池氏だが、決してフィクションに登場する心霊探偵のように特殊能力を使って事件を解決するわけではない。文献調査と現地取材を組み合わせた圧倒的なリサーチ力によって、怪談が生まれた背景を浮き彫りにし、歴史の裏面に光を当てるのが本領――つまり怪奇な探偵なのではなく、怪奇を探偵する人なのである。
本書もそんな小池氏の探偵手法が遺憾なく発揮された怪談ルポルタージュで、東京を中心とした関東一円の怪談が、数多く取り上げられている。怪談専門誌『幽』の連載をリアルタイムに追っていたし、単行本刊行時にももちろん読んでいるのだが、今回の角川ホラー文庫版で読み返してあらためてその内容の濃さに驚かされた。目配りの広さと知識の豊富さに裏打ちされた鋭い分析のメスによって、世間を騒がせた幽霊事件が次々に謎解きされていく。その面白さと怖さ。すべての回が読み物として完成されている。
巻頭でまず語られるのは、今日東京ミッドタウンがある東京都港区赤坂九丁目において、戦後間もない時期に発生した幽霊事件だ。もともと長州藩毛利家の屋敷があったというこの広大な土地は、明治に入って陸軍の麻布一連隊の敷地が置かれ、戦後にはアメリカ軍に接収された。事件が起きたのはその占領期である。深夜アメリカ兵が怪しい銃声を聞き、うずくまる日本兵の亡霊を目撃したのだ。アメリカ兵たちは震え上がったが、GHQで働いていた日本人はさもありなん、と感じたという。かつて麻布一連隊では過酷な訓練が行われており、そのために命を落としたり、耐えきれずに自殺したりする初年兵がいたからだ。もともと怨念の染みついた土地だったのである。さらに歴史を掘り起こすと、この地にあった池には毛利家由来の稲荷社があり、偶数人数で参拝しなければ祟られるという言い伝えもあった。昼も夜も賑やかな東京ミッドタウンの足下には、こんな怪しい歴史が眠っていたのである。
もうひとつ例を挙げよう。JR中央線の東中野駅付近のカーブでは昭和30年代から60年代にかけて、3度の鉄道事故が起こっている。かつてこの付近には事故が多発する踏切があり、その犠牲者が“白い女”の幽霊となってさまようという噂が囁かれていた。もちろんこれだけでも完結した怪談だが、小池氏はさらに背後を深掘りする。問題のエリアはかって「城山」と呼ばれた一帯で、諸説あるようだが、太田道灌の城があったと伝えられる。そのはるか前は古戦場であり、平将門の乱で討ち死にした将門の弟・将頼の亡霊に住民が悩まされたという記録が残っている。土地に古くから伝わる亡霊伝承の記憶が“白い女”の幽霊に影響しているのではないか、と小池氏は見る。
これらの例から明らかなとおり、小池氏は幽霊の実在を主たる問題にはしていない。興味を抱いているのは幽霊事件を生み出すにいたった社会的・心理的な背景であり、歴史に埋もれた「人の隠れた営み」である。「怪談は真実を追うきっかけに過ぎないが、きっかけがなければ埋もれてしまう事実がある」という著者自身の言葉に、本書のスタンスが言い尽くされている。本書をひもとく読者は私たち日本人がどれほど“忘れやすい”存在であるかを痛感するだろうし、人びとの営みをタイムカプセルのように封じ込めてきた怪談の存在意義について、あらためて思いをはせることになるに違いない。
そしてもうひとつ、言い添えておかねばならない本書の特徴がある。本書はルポルタージュであるにもかかわらず、ものすごく怖いのだ。筆致は抑制されているのに、行間からじわじわと得体の知れない気配がにじみ出る。今日怪談実話を執筆する作家は多いし、ルポルタージュに近い手法を用いる書き手もいるが、小池氏のようにそのふたつを完璧に融合させ、深い恐怖と郷愁を表現することに成功した作家はいないだろう。その意味で本書が角川ホラー文庫に収録されたのは、ふさわしいことであったように思う。今回の文庫化をきっかけに、小池氏の著作がさらに広く読まれ、この先も読み継がれていくことをファンの一人として願ってやまない。
作品紹介
書 名:【完全版】日本の幽霊事件 封印された裏歴史
著 者:小池壮彦
発売日:2025年05月23日
これが元祖・これが本家!怪奇探偵による怪談ドキュメンタリーだ!
谷中霊園、日暮里駅、神田・お玉が池、神田~隅田川、東中野~中野一丁目、宮ケ瀬ダム、観音崎、群馬県&埼玉県・神流湖、秋葉原、面影橋、姿見の橋、歌舞伎町、品川橋~天王洲、葛飾区、旧三河島町界隈、淀橋、代々幡など。かつて事故や事件のあった場所に現れる幽霊たち。恨みを残して亡くなった場所、自殺の多い場所などを歩き、土地の記憶に耳を傾け、話を聞き、過去の新聞や歴史資料を集め、写真を撮る。史実と伝説のあわいを歩き、声なき声を蒐集した、怪奇ノンフィクション。「そこに『出る』理由。それは幽霊より怖い」京極夏彦(『東京の幽霊事件』単行本帯推薦文より)。怪奇探偵として知られ、幽霊物件や未解決の怪奇事件、心霊写真や心霊ビデオの調査、四谷怪談をはじめとする呪いの歴史的考察など、世間に流布する怪異譚を蒐集し、成立過程および社会史的背景をくまなく徹底的に調査し、執筆する作家・小池壮彦。『日本の幽霊事件』『東京の幽霊事件』を1冊にまとめた決定版。
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