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(本記事は「小説 野性時代 2025年5月号」に掲載された内容を転載したものです)
書評連載「物語は。」第135回
『交番相談員 百目鬼巴』長岡弘樹(文藝春秋)
評者:吉田大助
悲しみや恐怖がある
木村拓哉主演でテレビドラマ化された「教場」シリーズを代表作に持ち、現代小説の書き手の中では極めて珍しい、短編ミステリーの名手として知られる長岡弘樹。デビュー二十周年となる二〇二三年、百二十編超の中からベストの五編を選んだ『切願 自選ミステリー短編集』(双葉文庫)を刊行した際のインタビューで、興味深い発言をしている。〈「“ある人物の切実な願い”が最後に示される」という物語を選びました。ミステリー小説なら、どの作家さんの作品でもだいたいそういう形を取っているものだと思いますが、中でも特にその“切願”の提示の仕方が自分なりに上手くいったと感じられる作品を揃そろえてあります〉(双葉社ウェブサイト「COLORFUL」より)。
冒頭に掲げられた不可解な謎の真相が、結末部でついに明かされた瞬間、謎を生み出すに至った人物の「切実な願い」が
全六編において探偵役を務める百目鬼巴は、六十歳の定年後に再雇用され、制服を着用し非常勤の交番相談員として働く人物だ。機に応じてさまざまな交番・駐在所に派遣される、流浪のおまわりさんという設定が作品世界に自由度を与えている。そして、彼女と偶然出会い関わってしまったことの不運さを、「切実な願い」を持つ人々に感ぜしめることに成功している。彼女は県警上層部も一目置く、観察力と推理力の持ち主だった。
第一編「裏庭のある交番」は、小さな裏庭を有する交番で起きた出来事を描く。若手警察官の
踏切の近くにある交番へと舞台を移した第二編「瞬刻の魔」、パトカーも交番の一種であるというトリビアが利いた第三編「曲がった残効」、交番に隣接した整形外科クリニックの医師の言動を追う第四編「冬の刻印」、人里離れた駐在所が舞台の第五編「嚙みついた沼」、倒叙ミステリーの形式を採用し犯人視点で記された最終第六編「土中の座標」。どの短編においても登場人物にとっての「切実な願い」が刻まれており、それが最後に現れることもあるのだが、序盤や中盤で現れるケースもある。その場合、何が起こるか。「切実な願い」が叶うのか叶わないのか、というサスペンスが発動する。さらに本作の特徴は、「切実な願い」が叶った後の人間心理にフォーカスしている点にある。「切実な願い」が叶うことで、その人物の内面に喜びや満足感が満たされるとは限らない。むしろ叶ってしまったことで生じる悲しみや恐怖があるのだ、と本作は突きつけてくる。
冒頭に挙げた『切願 自選ミステリー短編集』は、いわば「切実な願い」の成功事例集だった。本書は、失敗事例集だ。成功から学べることもあれば、失敗から学べることもある。ミステリーの切れ味も自選ベスト集に負けず劣らず、と言える大満足の一冊だ。
【あわせて読みたい】
『切願 自選ミステリー短編集』長岡弘樹(双葉文庫)
2003年にデビューし、20年間で120本を超える短編を発表してきた著者が自ら5編をセレクト。「小さな約束」「わけありの街」「黄色い風船」「苦い確率」「迷走」。さらに、第25回小説推理新人賞受賞作「真夏の車輪」が大幅に加筆修正のうえ初収録されている。