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特集

古今の名句・秀句たちは、なぜ今もなお愛されているのか? 正岡子規がこだわる「雪の深さ」を通して、俳句の普遍的な力に迫る!

俳句の鑑賞は難しい? 季語の意味が分からない?
正岡子規の詠んだ「季語」に抱いた、幼いころの素朴な疑問―― その季語が長年の鑑賞を経て「生きた言葉」になっていく過程を、詩歌文学館館長・高野ムツオが辿ります。

『角川 季語別俳句集成』刊行記念
俳人・高野ムツオ 特別寄稿「雪の深さ」

子規がこだわる「雪」の謎

いくたびも雪の深さを尋ねけり  正岡子規(注1)

 この句に初めて出会ったのは小学生高学年頃だったろうか。はっきりと記憶にはない。父に連れられて初めて句会に顔を出した頃である。鑑賞の何の手がかりもなかったので、共感しながらも、読後いくつもの疑問が湧いたことを覚えている。共感したのは雪の深さへの関心である。私の生まれ故郷は東北宮城だが豪雪地帯ではない。積もってもせいぜい三、四十センチというところだ。だから、雪が降ると聞くと、心を占めるのは雪掻きの労働よりも翌朝の雪遊びのことである。たくさん積もれ、明日は雪だるま作りに路上スキーに路上スケートだ、と期待感ばかりだった。だから、子規の雪の深さにこだわる気持ちはよくわかった。しかし、小学生らしい素朴な疑問も脳裏をかすめた。「なぜ、尋ねるのだろう」、「なぜ、いくたびもなのだろう」。そんなに何度も聞いたら家人に叱られる。寝る前であれば、一、二度聞けばあとは翌朝の楽しみということである。それなのに、この執着ぶりは尋常ではないと朧げながらも感じた。その時の子規の体調や心理を知る手がかりを知ったのは高校生になってからだった。脊椎カリエスで病床を離れることができないゆえの雪へのこだわりと知り、少し後ろめたい気持ちにもなった。結核が当時不治の病であることは高校生でも理解できた。それでもなぜ積雪の量にそこまでこだわるのだろうとの素朴な疑問は消せないままだった。「いくたびも」とか「尋ねけり」とか大袈裟じゃないかとも正直思った。

松山に大雪は降らない?

 それに答えてくれたのは山本健吉(注2)の『現代俳句』の子規の鑑賞だった。私に俳句初学の手解きをしてくれたまつもとちょうという俳人が私の高校卒業の餞別に贈ってくれた一書である。そこで、この句の背景をさらに詳しく知った。作られたのは明治二十九年。前年、松山で療養生活を終え盟友夏目漱石に見送られて帰京の途次、奈良へ寄っている。有名な

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺  子規

は、この時の句だ。その至福のひとときを味わってからわずか一年後に、床を離れられないくらい病状が重くなったことを知り私はショックを受けた。しかし、なぜこんなに雪に執するのか。山本健吉は「雪」が「少年のころ物指で雪の深さを量って打ち興じたりしたことを、病床で思い出したのであろう。」と述べていた。なるほど、そんな郷愁から発せられた一語であったかと素直に頷いていた。数十年後、松山の地を踏む機会があり、子規が少年時代を過ごした湊町あたりにも足を運んだ。夏ではあっが、松山の気候を知るとまたふと疑問が湧いた。はたして子規には積雪の体験があったのだろうか。データをつぶさに調べたわけではないが、松山の積雪が十センチを越えることは数十年に一度くらいのようだ。とすれば雪の深さを量った体験は子規にとっても一生に一、二度の限られたものであったに違いない。しかも、この日東京は珍しい大雪の日だった。すると、この雪へのこだわりは郷愁というより未知の世界を垣間見るときめきがもたらしたものではないだろうかと気づいた。暖地では経験できない積雪世界への憧れともいえるだろう。

鑑賞によって季語は「生きた言葉」になる

 子規が十二万句に及ぶ「俳句分類」に手を染めたのは、初めて喀血した明治二十一年の三年後である。以後約十年間に収集した俳句を体系化した前人未到の仕事であった。病をものともぜす、いや不治の病ゆえに、残された未来のすべてを賭けて心血を注ぎ続けたのであった。「雪の深さ」を執拗に尋ねる子規の横顔はそこに重なる。子規にとって「雪の深さ」は未知の世界を切り開くキーワードなのであった。
 季語は辞書や歳時記に並んでいる段階では、まだ季語以前の言葉、単なる記号に過ぎない。季語は、俳句の中で他の言葉と関わり合い機能するとき、初めて生きた言葉となる。だから、季語を知るには、その季語を用いられた名句をできるだけ多く読むに限る。そして、読者なりに自由にその世界の鑑賞の翼を広げるのがよい。季語の世界は鑑賞者の数だけ無数、無限に存在する。『角川 季語別俳句集成』を手に取りながら、あなただけの季語の豊潤な世界をぜひ味わってほしい。

注1 正岡子規(まさおか・しき)
俳人、歌人。1867年(慶応3年)~1902年(明治35年)。現在の愛媛県松山市生まれ。本名・正岡つねのり、のちのぼる。日本新聞社に入社、記者として日清戦争従軍中に病が悪化。俳句・短歌の革新をおこない、高浜虚子、松瀬靑々せいせいかわひがしへきとうら俳人、伊藤左千夫、長塚たかしら歌人を育成。脊椎カリエスにより死去。『獺祭書屋俳話』、『歌よみに与ふる書』、『病牀六尺』、『仰臥漫録』など著書・編著は多数。

注2 山本健吉(やまもと・けんきち)
1907年(明治40年)~88年(昭和63年)。長崎市生まれ。本名・石橋ていきち。折口しのに学び、西脇順三郎の影響を受ける。改造社に入社、「俳句研究」の編集に携わる。文芸評論家として、古典から現代文学に至るまで幅広い評論活動で知られる。83年文化勲章受章。『俳句鑑賞歳時記』、『俳句とは何か』、『基本季語五〇〇選』など著書・編著は多数。

執筆者プロフィール

高野ムツオ(たかの・むつお)
昭和22年、宮城県生まれ。10代から「駒草」主宰の阿部みどり女に、20代から「海程」の金子兜太に師事。昭和60年、佐藤鬼房主宰の「小熊座」に入会、師事。同誌編集長後、平成14年に主宰を継承。
句集に『陽炎の家』『鳥柱』『雲雀の血』『蟲の王』『萬の翅』『片翅』。著書に『語り継ぐいのちの俳句』『鑑賞 季語の時空』などがある。
現代俳句協会賞、読売文学賞、蛇笏賞、小野市詩歌文学賞受賞。日本現代詩歌文学館館長、現代俳句協会会長。

作品紹介

400年間の俳句を結集!
平成までに発表された秀句6万6千句超を、季語ごとに配列。また、無季俳句や自由律俳句を「新年」の巻に収載。「類句」の確認にも役立つ、新・俳句必携書。



書名:角川 季語別俳句集成 春
編:角川書店
発売日:2025年09月12日

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322309000715/
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書名:角川 季語別俳句集成 夏
編:角川書店
発売日:2025年09月12日

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書名:角川 季語別俳句集成 秋
編:角川書店
発売日:2025年09月12日

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書名:角川 季語別俳句集成 冬
編:角川書店
発売日:2025年09月12日

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書名:角川 季語別俳句集成 新年
編:角川書店
発売日:2025年09月12日

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