膨大な俳句が並ぶ圧巻の『角川 季語別俳句集成』。
「どこから読めばいいの?」と迷ってしまいそうな本書を、
歌舞伎町の異端児から給食調理員に転身し、句集『給食のをばさん』で話題の俳人・北大路 翼がやさしく解説します。
こんなのアリ、ナシ?――『角川 季語別俳句集成』(全5巻)レビュー
評者:北大路 翼
スゴイ本が出てしまった。収録数66000句以上。
66000句と言われてもピンと来ないだろうが、一般の句集がだいたい350句だとすると、句集約200冊分だ。それも秀句に絞られているというのだから本書の「スゴさ」がよくわかるというものだ。
歳時記を使うときは、事前に読んでおいた方がよい。歳時記をぱらぱら捲りながら、句を作る人をよく見かけるが、いかにも作らされているようで感心しない。歳時記を通して先に季語の背景などを味わっておけば、詠みたい場面に出会ったときに、自然と季語が降りてくるものである。言葉の連想で作るときも、事前体験があるかないかで連想の幅も変わってくるだろう。そういう意味で歳時記は予習に有効だが、本書は復習用におススメしたい。もちろん予習的な側面も十分に持つが、自分で作った句と、先人の句の違いを比べるのが面白いだろう。
たとえば、先日こんな句を作った。
梨が出る杉並全ての給食に 翼
いま、僕は給食を作る仕事をしているので、現場をそのまんま詠んだ句だが、梨はどんな場面を詠まれているのだろう。ほぼ半ページにわたって22句が紹介されている。秋果の中では地味な方だと思うが、地味な方が俳人には愛されるのかも知れない。
梨むくや甘き雫の刃を垂るゝ 正岡子規
ザ・梨の一句。梨の甘さや瑞々しさが余すところなく表現されている。逆に言えばこの一句と同じ発想はすべて類句だ。俳句を知れば知るほど、みな類句に見えてきて、作句が怖くなるが、そこからが俳句の面白さだったりもする。苦しむためにも本書は最高だ。
勉強部屋覗くつもりの梨を剝く 山田弘子
梨を主題にしない作り方。子供の部屋を覗きにいく口実として、梨を剝くという一句。年頃の子供は用もなく部屋に入ると怒ったりするので、母親が変に気を遣う緊張感が出ている。林檎だと過保護な感じがするが、梨だとちょうどよい距離感が出る。
月のぼり皿に腐乱の梨一個 鳴戸奈菜
こんな前衛的な一句も。月が梨の水分を吸いこんでいるような不思議な気分が味わえる。妖艶な秋の夜。
雲少し赤らむ夕べ梨をもぐ 山西雅子
こちらは梨の収穫のシーン。剝いたり食べたりするだけが梨ではない。こんな句に出会うと自分の中に、食卓やスーパーの梨しかないことに気が付きはっとする。これも6万句超の威力。
古くさき二十世紀の多汁なり 加藤かな文
梨の種類もあった。二十世紀はにじっせいきと読む。二十世紀という年代だけではなく、響きがどこか古臭い。本書には入っていなかったが、梨には幸水、豊水、
抱擁のような包装ラ・フランス 内田麻衣子
洋梨の句もあった。梨は和梨や洋梨のほかに中国梨もある。こちらは傷みやすい洋梨が丁寧に包まれている様を詠んだ。抱擁という語にラ・フランスの気品の高さを感じる。
有の実やわれの故山を何処とも 上田五千石
梨は無しを忌言葉として有の実とも呼ばれる(スルメをアタリメというのと同じね)。非常に俳人好みの言葉に思われるが、こちらは一句しかなかった。この句の場合、故山の特別な郷愁が有の実という特殊な読み方によって引き立たされている。こんな使い方も俳人ならば覚えておきたい。
と、梨一語だけでもこんなに楽しめるのである。一日の振り返りに、その日に出会った季語について調べてみるのが、夜長の一番の過ごし方だろう。そのまえに夜長のページを開いてみようかな。
評者プロフィール
北大路 翼(きたおおじ・つばさ)
1978年、横浜市生まれ。俳人。俳誌「オトナりぼん」代表。一般社団法人天使の涎代表理事。俳句サロン「りぼん」を運営し、後進の育成に努めている。句集に『天使の涎』(第7回田中裕明賞)、『給食のをばさん』(角川文化振興財団)、著書に『生き抜くための俳句塾』(左右社)、『加藤楸邨の百句』(ふらんす堂)など。
X:https://x.com/tenshinoyodare
作品紹介
400年間の俳句を結集!
平成までに発表された秀句6万6千句超を、季語ごとに配列。また、無季俳句や自由律俳句を「新年」の巻に収載。「類句」の確認にも役立つ、新・俳句必携書。
書名:角川 季語別俳句集成 春
編:角川書店
発売日:2025年09月12日
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322309000715/
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書名:角川 季語別俳句集成 夏
編:角川書店
発売日:2025年09月12日
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書名:角川 季語別俳句集成 秋
編:角川書店
発売日:2025年09月12日
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書名:角川 季語別俳句集成 冬
編:角川書店
発売日:2025年09月12日
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書名:角川 季語別俳句集成 新年
編:角川書店
発売日:2025年09月12日
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