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試し読み

【試し読み】その悪夢、見れば、死ぬ――第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞! 雨宮 酔『夢詣』52ページまで大ボリューム特別公開

第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作!
雨宮 酔『夢詣』(「夢に棲みつくもの」より改題)が、2025年10月24日(金)角川ホラー文庫に登場!

刊行に先立ち、本作の冒頭を52ページまで特別公開いたします。
悪夢のはじまりを、どうぞお楽しみください。

雨宮 酔『夢詣』試し読み

プロローグ

 わたしは夢を見ていた。
 むかしから何度も見ている、母の夢だった。

 夕日にあかく染まった座敷の片隅で、母は泣いていた。
 彼女がよく着ていたベージュのブラウス姿で、うつむきながらすすり泣いていた。
 わたしはその様子をとぶすまの隙間からのぞいている。
 こちらに背を向けて座っているため、母の顔は見えない。それでも、その小さな肩が震えているのと、くぐもったような息づかいで、泣いているのだと分かった。
 部屋に入って慰めるべきか、それとも見なかったふりをして立ち去るべきか……幼いわたしはどうするのがよいか決めあぐねていたが、やがて意を決すると、襖をゆっくりと開き、座敷の中へと入っていった。
 火の気がなく寒々とした六畳間。
 柱にかかった古い振り子時計が音を立てて時を刻んでいる。
 わたしは畳を踏みながら母のもとへ歩み寄った。
 夕映えの座敷の中に伸びたわたしの影が、ゆっくりと母の影と交わり、わたしは母の背後に立つ。しかし、母はわたしが部屋に入ってきたことに気づいていないのか、こちらに背を向けたまま振り返ろうとしない。
「お母さん」わたしは母の背中に呼びかけた。「どうして泣いているの」
 母はわたしの問いかけに答えなかった。
 夕焼け色に染まった自分の手元を見つめたまま、さめざめと静かに泣いている。
 わたしはふたたび呼びかける。「お母さん……」
 すると、ようやくその存在に気づいたのか、母はゆっくりとこちらを振り返った。
 母の首には、太い荒縄が食い込んでいた。
 ひっ、とわたしは後じさった。
 母の顔は青黒い。舌は蛇のようにだらりと垂れ下がり、首は奇妙に伸びている。
 なんで、どうして……
 わたしはしりもちをついた。
 どこからかふん便べんの臭いが漂ってきた。
 腰が抜けて足に力が入らない。呼吸の仕方が分からなくなり、息を吸うばかりで吐き出せなくなる……
 すると。
 かつて母だったものが、ゆっくりと口を開いた。
 そして、むせぶような声で云った。
「あなたは*****をしてはだめよ――」


第一章 しゆ



 バスの車窓から見上げる空は、鉛色の雲に覆われていた。
 生ぬるい雨の降りしきる、いんうつな空である。
 家を出るころにはまだ弱かった雨も、いまではすっかり本降りになっていて、道行く人はみな傘を手に、精一杯体を小さくして歩いている。すこし風もあるようで、ときおり針のように鋭くなった雨が、まど硝子ガラスに音を立ててぶつかってくる。
 かみもりさとは窓枠にひじをついてもたれかかる。そして、雨にれてかげりを帯びた街の景色を、見るともなしに眺めた。
 やがて、バスはトンネルに入った。
 車外との明暗が反転し、窓硝子に浮かない表情の顔が映った。
 母から受け継いだ外斜視気味のひとみと目が合い、思わず目をらす。
 自分の顔はあまり好きじゃない。母に生き写しのその顔を見ると、どうしても母のことを思い出すからだ。
 ――母は不思議な人だった。
 いや、不思議な人というより、不可解な力を持っていたと云う方が正確だろう。
 母はしばしば、彼女がどうやっても知るはずのない事柄を云い当てた。絶対に見つからないであろう場所でなくしたせ物のありかや、遠い場所でいまその瞬間に起きている出来事、そしてこれから起きるであろう未来のこと……どこそこでいま事故が起きただとか、誰それが明日あした怪我をするとか、そんなことを母が口にすると、たいていしばらく経った後に、それは現実のものとなった。
 中でも、死についての予言は群を抜いて的中率が高かった。母は近所の老人の死を予言したし、テレビに出るような有名人の死もその生前から口にしていた。後から聞いた話では、あの地下鉄サリン事件についても、事件が起こる数日前からそれらしきことをほのめかしていたのだという。
 そして。
 母の力の一部は、どうやら紙森にも受け継がれてしまったらしい。
 それは、小学校三年生のときのことだった。
 ある日の学校の帰り道で、紙森はどうしようもないほどの胸騒ぎを覚えた。
 頭に浮かんだのは母の顔だった。ひどく悲しげなその顔は、いままでに感じたことがないほどの不吉な予感を漂わせていた。母の身になにかよくないことが起ころうとしているのだと思った。転がるように走って家に帰り、一目散に座敷へむかった。
 戸襖を開けて座敷に入ると、天井から母がぶら下がっていた。
 異様に伸びた首、飛び出た舌、もんに満ちた表情。白く滑らかだった肌は紫色に変色し、足元の畳はしに尿ようで黒く濡れていた。
 母のたいを見つけたその日から、紙森は母の夢を見るようになった。
 恐ろしい夢だ。夢を見るたび紙森は、母の遺体を見つけた日の出来事を追体験する。そして、汗をびっしょりかいて目を覚ます。
 これまで何度もその夢を見たが、どれほど回数を重ねたところで慣れることはなかった。病院へ行くとPTSDだと診断された。毎晩のように見る悪夢。フラッシュバック。抑うつ症状……長年の治療のあって、最近ではそれらの症状が出ることはほとんどなかったが、二十代のはじめころまでは、今朝のような母の夢を頻繁に見ていたものである。
 母は遺書を残さなかった。だから紙森も、そして昨年鬼籍に入った父も、母が死んだ理由を知らない。だけど紙森は、母が死んだのは、彼女の持っていた力のせいに違いないと思っていた。望まぬ力。忌まわしい力。見たくもないものを見て、知りたくもないものを知ってしまう……その力を頼って母を訪ねてくる人もいたが、一方で彼らは母を気味悪がり、疎んでいた。死ぬ間際の母は孤独だった。その力に苦しみ、そんな力をもつ自分の運命を呪っていた……
 だからきっと――母は死を選んだのである。



 トンネルを抜けてしばらく行くと、バスは大通り沿いに建つ病院のロータリーへ吸い込まれるように入っていった。鉄筋コンクリート造りの棟が三つ立ち並ぶその病院は、重苦しい曇天を背にして、ひどく陰気くさい雰囲気を漂わせていた。
 ごと市立中央総合病院――
 病床数三三二床、職員数千人弱、三一の診療科を有する高度急性期病院。神奈川県北部に位置する砂琴市において、半世紀前の病院設立当初から、地域に根ざした医療を理念に掲げて基幹病院としての役割を担い続けてきた……というのが、この病院のうたい文句である。そして……
 この病院の精神科こそ、精神科医である紙森の働く職場であった。

「紙森先生、今日はなんだか顔色がよくありませんね」
 医局で声をかけてきたのは、先月から精神科で研修を受けている初期研修医のせきしゆうだった。大きな鼻と厚い唇、マリンスポーツで焼けた肌と髪。体からはわずかに香水の匂いが漂っている。
 おはよう、と紙森は白衣の襟を直した。
「わたし、そんなにひどい顔してる?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。ただ、すこし疲れていそうだったので」
 関根は軽い口調でそう云った。「昨日は夜遅かったんですか?」
「そんなこともないんだけどね」
「悪い夢でも見たとか?」
 ぎくり、と紙森はうろたえた。関根も案外鋭いことを云ってくる。
「まあ、そんなところ」
 紙森は関根の軽口を適当にいなしつつ、医局を出て外来に向った。「先生、待ってくださいよ」と関根も後からついてきた。
「いまから外来ですよね」
「ええ。一人目は初診の患者さんだから、いつもどおり予診をお願いね」
 関根は「了解っす」と軽薄な返事をした。
 砂琴病院の精神科外来では、初診患者を一日にふたり受け付けている。
 初診の枠がふたり分しかないというと、すこし少ないと思われるかもしれない。しかし、一回の診察が一五分程度で終わる再診患者に比べ、病状や既往歴の聴き取りが必要な初診患者は、診察に三〇分から六〇分の時間を要する。そうなると必然的に、一日で診ることのできる患者数も限られてくるのである。
 そんな中でも、少しでも多くの患者を診るための工夫はされている。初診時には、担当医が患者を診る前に、あらかじめソーシャルワーカーや研修医が、患者の主訴や既往歴、家族歴などの聴き取り――つまり、予診を取ることになっている。紙森ら専門医は研修医の取った予診カルテをもとに、実際に患者と対面して本診を進めていくのだ。
 三階の医局から外来のある一階へと降りていきながら、紙森は関根に尋ねた。
「関根くんは、うちの科に来てどれくらいだっけ?」
「三週間です」
「じゃあ、もう予診を取るのも慣れたでしょ?」
 紙森がそう云うと、関根は「任せてくださいよ」と胸をたたいてみせた。相変わらず調子のいいことだ、と紙森は心の中で苦笑した。
 外来へ降りて来た紙森は、予診を取りに行く関根と別れ、診察室で病棟患者の夜間看護記録の確認をはじめた。昨晩は急変や緊急入院もない穏やかな夜だったようで、被毒妄想の患者が夕食を拒否したことくらいしか、目をとめるような記録もなかった。
 それから三〇分ほどで、初診患者の予診を取った関根が診察室へやって来た。
 彼の顔を見て、紙森は「おや?」と思った。珍しいことに、関根はまゆをひそめて難しい顔をしていたのだ。
 入口に突っ立っている関根に紙森は尋ねた。「どうしたの? そんな難しい顔をして」
「ええ、それが……」関根は顔に困惑の色を浮かべつつ、問診票を紙森に手渡した。
「次の患者さん、すこし変わったことを云っているんです」
「変わったこと? なんて云っているの?」
「それがですね……」と関根は困ったように頭をいた。
「どうやら、自分が呪われていて、もうすぐ死ぬと思っているみたいなんです」
「呪い?」
 ええ、と関根はうなずいた。
「本人が云うには、見た人に死をもたらす、呪いの夢を見ているらしくて……」
 死をもたらす呪いの夢?
 紙森は首を傾げながら、問診票に目を落とした。
 患者の名前はやまざき
 年齢は二十七歳。市内の老人ホームで介護の仕事に就いており、働きはじめて今年の春で四年になるらしい。父は五年前に他界し、現在は母とともに実家住まい。本人や近しい親族に精神科の既往歴はなし。主訴は悪夢と不眠、幻視、そして「自分が呪いの夢によってもうすぐ死ぬ」という妄想。悪夢を見はじめたのは一週間ほど前のことで、見かねた母親に連れられて外来を受診した……
 紙森はカルテから顔を上げ、関根に尋ねた。
「この患者さん……関根くんはどう思った?」
「そうですね。不眠による一時的な混乱かと思いますが……ただ、妄想と幻覚が認められるので、アルコールや薬物が原因でなければ、進行前駆期の統合失調症である可能性もあるかと……」
「たしかに、可能性はあるね」紙森はうなずくと、再び問診票に目をやった。「でも、幻視だけで、幻聴はないんだよね?」
「ええ、そうみたいです」
「そう……」
 統合失調症――とくにその陽性症状において、たしかに幻覚は代表的な症状のひとつである。しかし、じつは統合失調症における幻覚の多くは、聞えるはずのない声が聞えるといったたぐいの幻聴であり、幻視のみが症状として現れる例はほとんどない。
 その点が、紙森にはすこし引っかかった。
「お母さんに連れて来られたってことは、本人は病識を欠いているの?」
「そうですね。露骨にいやがる様子は見せませんが、病院で診てもらっても無駄だと思っているみたいです。母親が云うから仕方なく来ているといった感じで……」
「なるほど……なかなか難しそうな患者さんだね」
「先生の診察、勉強させていただきます」
 関根はそう云って、調子のよい笑みを浮かべた。

 母親に付き添われて診察室に入ってきた山崎梨香は、ひどくしようすいしている様子だった。背中まで伸びた長い髪はほつれて傷み、化粧をしていない顔はそうはくで、実年齢よりも十歳は上に見える。しかし、もともとの顔立ちが整っているため、やつれているというよりはむしろ、いまにも折れてしまいそうなはかない印象であった。
 紙森は簡単なあいさつを済ませると、いま抱えている問題を改めて説明してほしいと梨香に云った。短い沈黙の後、彼女は乾ききった唇を開いた。
「呪いの夢を見てしまったので、わたしはもうすぐ死ぬんです」
 その声はかぼそく、いまにも消え入りそうだった。
 彼女はうつむいて視線を自分の足元あたりに向け、力なく肩を落としていた。しかしそれは、統合失調症の病初期に見られる抑うつ気分というよりは、むしろ不眠に由来する疲労のようにも見えた。
 紙森は梨香の様子を観察しながら、ゆっくり静かな声で問いかけた。
「呪いの夢というのは、どんな夢ですか?」
「……どうくつの夢です」
「洞窟?」
「そうです。海の洞窟の夢……」
 海の洞窟――そう云われて紙森が想像したのは、カプリとうの「青の洞窟」のようなかいしよくどうであった。もっとも本人の口ぶりだと、そういったれいなイメージとはほど遠く、いんうつで忌まわしいものであるようだが……
 梨香の言葉のメモをとりながら、紙森はさらに尋ねた。
「その夢を見ると死んでしまうんですか?」
「はい。よねはらさんも死ぬ前に、その夢を見たと云ってました」
「米原さんというのは? お知り合いの方ですか?」
 紙森の質問には、彼女の母親が答えてくれた。「娘が働いている老人ホームに入居されていたお爺さんです。先日亡くなったそうで……」
「なるほど」紙森は小さくうなずいた。「亡くなった米原さんと同じ夢を見ている。だから、自分ももうすぐ死んでしまう――梨香さんはそう考えているのですね?」
「はい。そうです」
「その夢が呪いの夢だということは、誰かに教えられたのですか? それとも、ご自身でそう思われたのですか?」
「誰かに云われたわけではありません。でも、あれはふつうの夢じゃありません。一度でも見たら分かります。米原さんの死に方もふつうじゃなかったし……」
「米原さんはどのように亡くなられたのですか?」
「原因不明だそうです。深夜、突然発作を起こして、亡くなってしまいました」
「発作ですか?」紙森はわずかに首を傾げた。「なにかご病気をお持ちだったとか?」
「いいえ。腰とひざが悪いくらいで、すごく元気な方だったんです」
 それは、たしかに気になる話ではある。
 それまで健康だった人が悪夢を見た後に死んでしまい、その後、自分もそれと似たような夢を見る……そんな状況に置かれたら、そこに因果関係を見いだしたくなる気持ちも理解できる。紙森は梨香の不安な気持ちに共感しつつ、彼女に重ねて質問した。
「夢を見はじめたのは一週間前ということですが、その間は眠れていましたか?」
「いえ……あまり眠れませんでした」
「だいたいどれくらいの睡眠時間だったか分かりますか?」
「そうですね……三時間眠れたらいい方でしょうか……一度夢を見て起きてしまうと、その後はもう怖くて眠れなくなるので」
「なるほど……それはおつらかったですね」
 紙森はさらに詳しい聴き取りを行った。アルコールや薬物の依存がないか、親族に精神科の既往歴はないか、ここ最近不安や違和感を覚えたり、意欲が減退したりすることがなかったか……梨香は常に疲れたような表情を浮かべていて、質問に対しての反応も鈍かったが、診察には協力的であった。
 紙森は続いて、幻視について尋ねてみた。
「最近、ときおり奇妙なものを見ることがあるとのことですが、どういったものを見るのでしょうか?」
「……化物です」
「化物……それはどういう見た目をしていますか?」
「蛇みたいな、ひるみたいな……長くて黒い生き物です」
「どういうときにそれを見ますか?」
「べつに……ふと気づいたら、そこにいるというか……」
「その化物を見やすい時間帯はありますか?」
「いえ、とくにありません」
「その化物はただ見えているだけですか? 話しかけてきたりはしますか?」
「話しかける? いいえ、ただそのあたりにいるだけです」
「なるほど……これはもしかしたら、睡眠不足が原因かもしれませんね」
 紙森は梨香を刺激しないよう、やんわりと云った。
「健康な人でも、睡眠不足で意識レベルが低下すると、ふつうでは見えないものが見えてしまうことがあります。念のため、睡眠導入剤を処方しますので、どうしても眠れないときは使ってみてください」
「……はい」
 梨香は不承不承といった様子でうなずきつつも、独り言のように小声でつぶやいた。
「でも……きっとあれは、むこうの世界の生き物なんです」
「むこうの世界?」
「そうです。米原さんも云っていました。あの化物ははじめからそこにいたけど、わたしたちには見えていなかっただけだって。あの夢を見た人は、すこしずつむこうの世界の存在に近づいてしまうから、ああいう化物が見えるようになるんだって」
「待って」と紙森は思わず梨香の言葉を遮った。
「あなたが見ている蛇みたいな化物を、米原さんも見ていたの?」
「そうです」
 さも当然のことのように梨香はうなずいた。
 紙森は唇に指をあてて考えた。
 死んだ米原と同じ内容の夢を見て、同じ思考をして、同じ化物の姿を幻視している。
 これはもしかしたら……
 紙森の頭の中に、ひとつの病名が浮かんできた。
 感応性妄想性障害――すなわち、妄想などの精神疾患症状が周りの者にでんし、共有されてしまう障害のことである。
 米原が生前抱いていた妄想を聞かされていた梨香が、彼の突然の怪死という異常事態に刺激されて、同じような妄想を抱いてしまっているとは考えられないだろうか。
 ただ……
 感応性妄想性障害は通常、発端者と被感応者が密接な関係にあり、社会的に孤立している状況で発生することが多い。老人ホーム入居者の米原と、そのスタッフの梨香のあいだで妄想の共有が生じたと考えるのは、すこし違和感を覚えざるを得ない。
 分からない。
 いったい彼女の心の中で、いまなにが起こっているのだろうか。
 紙森は悩んだ末に、梨香が見ているという悪夢について深掘りしてみることにした。
「梨香さんが見ている洞窟の夢について、もうすこし詳しく教えてもらえますか?」
 紙森の問いかけに、梨香は躊躇ためらう素振りをみせた。夢のことについてはあまり口にしたくないのかもしれない、と紙森は思った。梨香はしばらくのあいだ口を閉ざしたままであったが、やがて沈黙に耐えかねたように、おずおずと夢について話し出した。
「わたしは舟に乗っているんです」
「舟……それはボートのような舟ですか?」
 紙森はカルテにメモを取りつつ、梨香に問いかけた。
「ボートというか、木でできた小さい舟です。それに乗って、はじめのうちは海を漂っています。しばらくすると島が見えてきて、その島の洞窟の中に入っていくんです」
 舟、海、島、洞窟……現代の精神医療で夢の内容を分析するのはナンセンスだが、それでもそこに何かしらの意味があるのではと考えたくなってしまう。
「毎晩その夢を見るんですか?」
「……はい。次の夜眠ると、前の日に見ていた夢の続きが始まります」
「洞窟の中には何があるんですか?」
「……べつに、何もありません。ずっと洞窟が続いているだけです」
 そう答える梨香の顔を見て、紙森はふと、彼女が何かを隠しているような印象を受けた。勘違いかもしれないが、もしかしたら夢の内容について、なにか秘密があるのかもしれない。気になった紙森は、それとなくその話題を掘り下げてみた。
「何もないどうくつがずっと続いているんですか?」
「……そうですけど」
 梨香がぶっきらぼうに答えた。やはり彼女はこの話題について何かを隠している。直感的にそう思った紙森は、さらに重ねて尋ねた。
「洞窟に終わりはないのでしょうか?」
「そんなのわたしが知るわけありません」
「じゃあ、想像で構いません。梨香さんは洞窟のいちばん奥には何があると思いますか?」
 そう問いかけると、梨香が思わぬ反発を見せた。
「そんなこと聞いてどうするんですか?」
 先ほどまでの消え入りそうな声とは打って変わって、みつくような声だった。
「聞いたところで、何もできないくせに」
 梨香のひようへんぶりに戸惑いつつも、紙森は動揺を顔には出さず、穏やかな声で彼女に語りかけた。
「梨香さん落ち着いて……夢のことを話したくないなら、話さなくていい。あなたが話してもいいかなって思うことだけ、教えてくれないかな?」
「なんのために?」と梨香が声を荒らげた。そして、自分自身の怒声で興奮したかのように、椅子を倒して立ち上がった。
「わたし、病気なんかじゃない。ここでいくら話したところで時間の無駄っ」
「梨香さん、落ち着いて」
 立ち上がった梨香は、興奮した動物のように肩を大きく上下させた。しかし、紙森が黙ったままじっとその目を見つめていると、次第に興奮が冷めてきたのか、泣き疲れた子供のように、がっくりとうなだれた。そして「もう、うんざり」と吐き捨てるように云った。
「お母さん、もう帰ろう。これ以上話しても仕方ないよ。わたし、病気なんかじゃないんだもん」
「梨香、そんなこと云って……」
「ねえ、お願い。わたし、もう疲れちゃった。家に帰りたいよ」
 梨香はそう云うと、ちらりと紙森の方を見て小さく頭を下げた。そして「急に大きい声出してすいません」と謝った。
「わたしが本当に心の病気なら、またお世話になります。でも、たぶん違うから、もう来ることはないと思います」
 梨香はそう云うと、母親が止めるのも聞かずに診察室を出て行ってしまった。
 ――ここで無理矢理引き留めても無駄だろう。
 紙森はそう判断し、彼女を追わないことにした。そして、何度も頭を下げる母親に、あきらめずにまた連れてきてほしいと伝えた。
「再診の際は、優先的に予約が取れるように調整しますから」
「すいません。ありがとうございます……娘は本当は優しい子なんです。本当にどうしちゃったのか……」
「大丈夫です。きっと一時的なものですよ」
 紙森は母親に、もし症状がひどくなったら、迷わず救急に連絡するように云った。母親は謝罪と感謝の言葉を交互に繰り返しながら、診察室を出て行った。
 と、そのとき。
 紙森は唐突に、梨香はもう病院を訪ねてこないだろうという直感を覚えた。
 それは、彼女が単に病院に来ないということではない。病院の中でも外でも、もう二度と会うことはできないだろうという確信めいたものを感じたのだ。
 わたしの中にも、母と同じ血が流れている。
 そのことをいやでも認めざるを得ないほど、その予感は強烈なものであった。



「さっきの梨香さんの話、こう云ったらなんですけど、ちょっと面白かったですね」
 午前の外来終了後、診察室でカルテ指導をしていると、関根がふと思い出したようにそう云った。
「あんまり、そういう云い方をするものじゃないよ」
 紙森は関根をたしなめた。しかし、そうは云ったものの、たしかに彼女の症状が興味深いものであることは認めざるを得なかった。
「関根くんなら、梨香さんの症状をどう考える?」
「えっ……そうですね」
 関根は講義で指名された学生のように慌ててカルテを見た。
「まだ情報不足なので諸々の検査は必要ですが、幻覚と妄想がみとめられますから、やはり統合失調症の陽性症状の可能性も考慮に入れるべきだと思います……あっ、でも発症してから日が浅いから、この場合は短期精神病性障害ってことになるんですか?」
「そうだね。その理解で合っているよ」
 精神疾患の診断基準を示すDSM‐Ⅴによれば、統合失調症と診断を下すには、すくなくとも以下のふたつの条件を満たす必要がある。

【条件1】①幻覚、②妄想、③まとまりのない会話、④異常行動、⑤陰性症状のうち、ふたつ以上がほとんど常に一ヶ月以上存在すること。
【条件2】前駆期の不安や慢性期の欠陥状態などを含め、何らかの精神障害が六ヶ月以上持続すること。

 この診断基準を時間的に満たしていないものについては、症状の開始から一ヶ月未満のものは「短期精神病性障害」(条件1を満たしていないもの)、そして一ヶ月以上六ヶ月未満のものは「統合失調症様障害」(条件1は満たしているが、条件2を満たしていないもの)と診断される。ちなみに、統合失調症様障害と診断された患者のうち、三分の二は完全な回復には至らず、六ヶ月を超えた時点で統合失調症と診断されるといわれている。
 紙森がこうした診断基準を改めて説明すると、関根は「なるほどですね」と分かったのか分かっていないのかあいまいな返事をした。そして「紙森先生はこの症例をどう診断されるのですか?」と逆に尋ねてきた。
「カルテに書くかどうかは別だけど」紙森は云った。「わたしはやっぱり、梨香さんの幻覚が幻視に限定されているところが気になるかな」
「では、統合失調症の可能性は低いと?」
「そこまでは云わないけどね。ただ、根拠はないけど、梨香さんは単なる統合失調症じゃなくて、その関連障害を検討した方がいい気がする」
「ええと、関連障害というと……妄想性障害とかですか?」
「そう。あとは感応性妄想性障害とかもね」
 紙森はそう云って、自分の見立てを関根に話した。
「彼女の発症のトリガーは、米原さんの死の可能性が高いと思う。米原さんの妄想や恐怖が、彼の異常な死によって現実味を帯びて、それが梨香さんにもでんしたんじゃないかって……もちろん、単なる想像だけどね」
 なるほど、と関根はうなずいた。
「梨香さん、また受診してくれますかね?」
「それは分からない」
 さきほど診察室で感じた不吉な予感を振り払うように、紙森は首を横に振った。
「来院してくれない患者さんは、わたしたちにはどうすることもできないから」



 それから三日後のことである。
 この日、紙森が午前の病棟業務を終えると、精神科部長のえきが声をかけてきた。
「紙森先生、いま大丈夫?」
 紙森は「大丈夫です」と答えながら、なにか厄介ごとかもしれない、と思った。どこか昆虫めいた神経質そうな佐伯の顔に、困惑したようなしわが浮かんでいたからだ。
 佐伯は紙森をナースステーションの隅へ連れて行き、誰かに聞かれるのを避けるように小声で云った。
「あのさ……先生が外来で診た、山崎さんって患者さんのこと覚えている?」
「山崎さんですか。ええ、覚えていますよ」
 紙森はすぐに、梨香のやつれた顔と、自分がもうすぐ死ぬだろうと云っていたことを思い出した。そして、佐伯の深刻そうな顔を見て、ふと厭な予感が胸をよぎった。
「あの……山崎さんがどうかされたんですか?」
「じつは昨日、彼女が亡くなっているのが見つかったんだ」
「えっ」紙森はがくぜんとした。「死因は何でしょうか?」
「自宅で急死したらしいけど、詳しいことはぼくも聞いてない」
「急死ですか……」
 紙森の頭の中に、彼女が消え入りそうな声で云った言葉がこだました。
 ――呪いの夢を見てしまったので、わたしはもうすぐ死ぬんです。
 紙森の背中に、ひやりと冷たい汗が流れた。
 妙に確信めいた物言い。諦めきったような面持ち……まさか……彼女の言葉は妄想ではなかったのだろうか?
 そんな不穏な想像を巡らせている紙森に、佐伯はさらに続けてこう云った。
「その件で、いま警察が話を聞きに来ているんだ」
「警察?」
「そう。彼女が三日前に受診したときの話を、念のため聞きたいんだって」

 紙森が開放病棟の病状説明室へ行くと、そこにはふたりの警察官が待っていた。
 ひとりは一〇〇キロを超えていそうな顔色の悪い巨漢で、もうひとりは目つきの悪いせた男であった。
「事件性はなさそうですので、あくまで形だけの調査ですよ」
 おおと名乗った巨漢刑事が、寿様のような笑い顔で云った。
「ご存じの通り、病院以外での死亡は異常死扱いになるんですが、まあ、珍しいわけではないですからね。参考までにお話をお聞かせいただければと……」
 紙森は個人情報に配慮しつつ、梨香が外来を受診したときの様子を話した。
 呪いの夢の話は、あらかじめ彼女の母親から聞いていたのだろう。刑事たちはとくに困惑する様子もなく淡々とメモを取っていた。そして、紙森が説明を終えると、大野が再び口を開いた。
「紙森先生、この患者さんはいわゆる統合失調症ってやつだったんですか?」
「もちろん、その可能性もあります。そういった確認のために、今後検査を行っていく予定だったのですが……」
 なるほど、とあいづちを打ちながら、刑事たちは顔を見合わせた。そして、くばせのうちに何かを互いに確認すると、大野が内緒話をするかのように、紙森の耳の近くに顔を寄せた。
「紙森先生、これはここだけの話ですがね」
 刑事の体から、いやな煙草の臭いがした。
「じつはこの山崎さん、死因がよく分からなかったんですよ」
「えっ」
 紙森の心の中に、不穏な予感が波のように広がった。梨香の死にはただでさえ不可解な点が多いのだ。それにくわえて死因不明となると……
 大野は人目を気にするようにあたりを見回して、さらにこう云った。
「お母さんが就寝中の急死だったようでしてね。うちとしては珍しく、解剖もしたんですけど……分かったのは、山崎さんの直接的な死因が呼吸困難によるものだってことくらいで、何がそれを引き起こしたのかまでは分からないんだそうです」
「そうですか……」
「ちなみに先生、素人考えで申し訳ないんですがね、山崎さんみたいに自分が呪われているって思い込んでいるせいで、本当に死んでしまうってことはありえますか?」
 刑事に問われて、紙森は彼らが来訪した理由に合点がいった。刑事たちはこのことを聞きたいがために、わざわざ紙森の下を訪ねてきたのだ。
「そうですね……ないとは云い切れません」紙森は云った。「刑事さんはプラセボ効果をご存じですか?」
 大野はうなずいた。「知っていますよ。偽物の薬でも、本物だと思って飲んだら効き目が出る――ってやつでしょう?」
「ええ、そうです。それとは逆に、思い込みのせいで悪い効き目が出ることを、ノセボ効果といいます。そのせいで人が死んだという話は聞いたことがありませんが、山崎さんの場合は極度の睡眠不足が続いていたようですし、体に悪影響が出たとしてもおかしくはないと思います」
 紙森の話を聞いた大野は、「なるほどですなあ」と、どこか裏のありそうな恵比寿顔で感心して見せた。
「しかしまあ、先生の前でする話じゃありませんが、世の中にはまだまだ医学で解明できないこともあるもんですなあ」
「そうですね」と紙森は同意した。
「とくに心や脳の病気は、いまだにほとんどブラックボックスです」
「でしょうなあ。もう、私なんかからすると、あれが本当に呪いの仕業って云ってくれた方が、まだ理解できますよ」
 大野は冗談か本気か分からない口ぶりで云うと、噓くさい笑顔を顔一面に浮かべた。

 いったいどうして梨香は死んでしまったのだろうか。
 睡眠不足による体力の低下。あるいは思い込みによる自己暗示。そうやって彼女の死に理屈をつけられないことはないのだろうが、もしかしたら本当に呪いが原因だったのではないか――そう思っている自分がいるのは否定できなかった。
 紙森は彼女の死を関根にも伝えたが、彼も同じ意見のようだった。
「なんだか、ぞっとする話っすね」と関根は云った。
「医者としてこんなこと云うべきじゃないんでしょうけど、俺は梨香さんの呪いがホンモノだったんじゃないかって、けっこう真剣に考えていますよ」
 それが本物の呪いか否かはともかくとして、紙森は彼女の死に何らかの秘密があるような気がしてならなかった。
 たぶん、あの刑事たちも同じようなことを感じていたんじゃないか、と紙森は思った。だってそうでもなければ、いくら異常死とはいえ、犯罪性のない遺体をわざわざ司法解剖にかけたりはしないだろう。
 それからしばらくのあいだ、梨香の死はのどに引っかかった魚の小骨のように、紙森の心をざわつかせ続けたが、かといっていつまでも彼女のことばかり考えているわけにもいかなかった。
 紙森たちには、ほかにも助けを待っている患者がいた。
 自傷の恐れのあるうつびよう患者……拒食症で体重三〇キロを切りそうな少女……酒のせいで大切なものをたくさん失ってしまったアルコール依存症患者……
 冷たい物言いにはなるが、死んだ患者より生きている患者に目を向けるのが、紙森たちの使命なのだ。
 そして、梨香の死から一週間が過ぎた。
 ふとした瞬間に彼女の死が頭をよぎることはあったものの、そのころになると、紙森も関根も、ほとんど梨香のことを口にしなくなっていた。
〈呪いの夢〉について語る二人目の人物が現れたのは、そんなときであった。



 リエゾン、という言葉がある。
 フランス語で「つながり」や「橋渡し」を意味する言葉である。
 ビジネスシーンでは「連携係」、フランス料理では「つなぎ」などの意味で用いられるが、こと医療現場においては、精神科と他科の「橋渡し」――具体的に云えば、他科の患者のメンタルヘルスについて、精神科医が助言を行うことを指す。
 そもそも、病院は非日常的な環境である。
 一日中ベッドの上から動けなかったり、麻酔をかけられたり、腹を切られて臓器をいじられたり、いやでも死を意識せざるを得なかったり……そんな環境で受けるストレスが並大抵のものでないことは、想像に難くないだろう。メンタルに何の問題もない人でも、抑うつ症状を呈することもある。眠れなくなることもある。不安になることもある。パニックを起こしたり、暴れたり、精神に変調をきたしたりすることもある。
 紙森ら精神科医の下には、そんな症状の相談が日々舞い込んでくるのである。

 その日、精神科にリエゾン依頼をしてきたのは、さえぐさという脳外科の医師だった。
 三枝の相談内容は、先日手術を受けたばかりの患者さんが、奇妙な悪夢を見るせいで不眠になっているというものだった。ここ数日ろくに眠れていないようで、体力もかなり消耗してしまっているらしい。
 悪夢による不眠――
 その話を聞いて、紙森の脳裏に忘れかけていた梨香の記憶がよみがえった。偶然に違いないのだが、奇妙な符合に胸がざわついた。
 紙森に同行する関根も同じことを思ったようだった。彼は唇の端にうっすらと笑みを浮かべながら、「これも、例の呪いだったらどうしますか?」と云ってきた。
「そう思いたくなる気持ちも分かるけど……」と紙森は云った。
「そんなこと、患者さんの前で云ったらだめだからね」
 関根はおどけた顔で「もちろん分かっていますよ」と答えた。

 午前の外来終了後に脳外病棟へ行くと、三枝医師はすでにナースステーションで待っていた。三枝は痩せぎすで背の高い四十代なかばの男だ。すこし気難しいところはあるものの、仕事は丁寧で患者からの受けも悪くない、砂琴病院脳外科のエースだった。三枝はステーション内のパソコンで患者の電子カルテを呼び出し、紙森たちに状況の説明をした。
「六〇七号室の患者さんで、せりざわさんという方だ。このあいだ水頭症の手術をして、そろそろ退院なんだが、最近うまく眠れないようなんだ」
 そういって、三枝は芹沢かずしげという患者について話してくれた。
 芹沢は十日前から脳外病棟に入院している七十歳の男性である。正常圧水頭症と診断され、一週間前に脳室内の髄液を排出させるV‐Pシャント手術を行ったばかりだ。術後は極めて良好で、シャント感染やへいそくなども認められないという。
「不眠の原因は悪夢らしい」
 三枝は困ったようにあごを触った。じょり、とり残しのひげが音を立てた。
「悪夢なんて誰でも多少は見るものだろ? だから、とりあえず様子を見ていたんだけど、どうも怖がり方がふつうじゃなくてね。ここのところ、夢のせいで毎晩悲鳴をあげるものだから、今日から個室に移ってもらったくらいだ」
「なるほど……もしかしたら、術後せん妄かもしれませんね」
 術後せん妄とは、手術後に起こる一時的な意識障害のことだ。つまり、手術のストレスや使用された薬剤の影響などにより、一種の「寝ぼけ」のような状態になるのである。記憶や見当識に障害を発現し、ひどいときだと周囲の人間に対して暴力をふるうことすらある。紙森の記憶が正しければ、悪夢も術後せん妄の症状のひとつに数えられるはずだった。
 紙森は患者の見る夢の内容について、詳しく尋ねてみることにした。
「芹沢さんはどんな夢を見るのでしょうか?」
「ああ、看護師のよしさんが聞き出した話だと、どうもどうくつの夢を見るらしい」
「洞窟――」
「そうだ。それも、海に面している洞窟だと云っていたな。ほら、沖縄とかにある青の洞窟みたいなやつだ」
 紙森は言葉を失った。いまこの瞬間の出来事こそ、悪夢なんじゃないかと思えた。
「ん、どうした? なにか気になるのか?」
 三枝がいぶかしげに紙森の顔をのぞきこんだ。
「いえ……じつは、ついこの前も同じような話を聞いたもので」
「同じような話?」
「先日うちの外来に来ていた患者さんが亡くなったんですが、その方も似たような夢を見ていたと云っていたものですから……」
「へえ、なんだか不思議な話だな」と三枝は驚いた顔で首を傾げた。
 紙森はちらりと関根の顔を見た。信じがたいものを目にしているかのように、彼はあんぐりと口を開け、目を大きく見開いていた。
 とにかく、いちど芹沢から詳しい話を聞いてみなければいけない。
 紙森は三枝と担当看護師の吉野に案内されて、芹沢の病室へと足を踏み入れた。
 ベッドに横たわる芹沢は、そうしんちようくの男性だった。手術後のため頭はていもうされており、糸のように細い目元には、笑いじわがくっきりと刻まれていた。
「芹沢さん、お加減はどうですか?」
 三枝が尋ねると、芹沢は「先生のおかげで、もうすっかり元気ですわ」とかん西さいなまりのある言葉で答えた。
「昨日頭から糸を抜いて、久方ぶりにシャワーを浴びたんですがね、ってのはやっぱりいいもんですな。こう、頭がしゃんとした気になる」
「それはよかったです」
「吉野さんにも、えらいよくしてもろうとります。吉野さん、うちの孫くらいの歳なのに、本当にしっかりされてはる」
「もう、そんなに褒めたってなにも出ませんよ」
 そんな和やかな会話を聞きながら、紙森は芹沢の様子を観察した。元気そうな言葉とは裏腹に、芹沢の目の下には濃いくまがある。頰もげっそりとこけていて、動きも緩慢で弱々しい。三枝が云うとおり、ここ数日眠れていないのだろう。
「芹沢さん、紹介しますね。こちら、昨日お話しした精神科の紙森先生です。最近どうして眠れないのか、ちょっと先生に診てもらいましょう」
 精神科という言葉に不安を感じているのか、芹沢はかすかに顔を曇らせた。しかしそれでも、「ご迷惑お掛けして、えらいすいませんな」と人懐っこい笑顔を浮かべた。
 紙森は簡単な自己紹介をした後、芹沢に早速具合を尋ねてみた。
「芹沢さんは、最近あまり眠れないそうですね」
「そうなんですわ」芹沢は渋面をつくった。「寝たいのはやまやまなんですが、寝てもすぐ起きてもうて……」
「なるほど、それは大変ですね」と紙森はうなずいた。
「三枝先生からうかがったのですが、毎晩厭な夢を見るそうですね」
 紙森の口から出た「夢」という単語に、芹沢は一瞬顔をこわばらせた。しかしすぐに自分を誤魔化そうとするかのように、たいしたことではないのだと笑って見せた。
「いやいやお恥ずかしい。こんなじじいにもなって夢を怖がるなんて……まったくガキじゃあるまいに」
 強がる言葉とは裏腹に、彼の笑顔はひどく強ばっていた。ひとみおびえたようにきょろきょろ動いているし、口元は無理に笑おうとしていびつにゆがんでいる。内心では強い不安を抱えているようであった。
「芹沢さん、悪夢はなにも恥ずかしいことじゃありませんよ。手術の後などは、みなさん不安になるものです」
 紙森は励ますように云った。
「口に出して話すだけでも、気持ちが楽になるかも知れません。すこしだけでもいいので、お話を聞かせてくれませんか?」
 芹沢は迷っているようだった。なにか云いたいことがあるのだけれど、それを云うべきか否か考えているのだろう。しばらくのあいだ、彼は視線を毛布の上に落として悩んでいたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……洞窟の夢を見るんですわ。舟に乗って、洞窟に入っていく夢……」
 そう云って芹沢は自分が見た夢について語りはじめた。
「はじめはね、暗い砂浜におったんです」と芹沢は云った。
 芹沢が云うには、そこはかがりびかれた夜の波打ち際で、彼はそこに泊められた小舟に乗って真っ暗な海へとぎ出すのだそうだ。
「その海は恐ろしい場所でしてな、遠くの沖合が赤く光っとったり、何か大きな生き物が舟の横っ腹に当たって大きく揺れたり……そういう不吉な海だったんですわ」
 そんな海で、彼の一日目の夢は終わる。
 芹沢は云う。「夢の中に黒い島が現れるんは、次の晩のことです」
「……その島に、例の洞窟があるんですか」
「そうです」と芹沢はうなずいた。
 彼の言葉によると、その島の岩壁には海に面して洞窟が口を開いており、彼の乗る舟は吸い込まれるようにして、その裂け目へと入っていくそうなのである。
「三日目は、ずっと洞窟の中です。真っ暗で、どこまでも続いて行く洞窟……」
「洞窟の中には何があるんですか?」
「分かりません。ただ、えらく怖い場所です。得体の知れんもんが動いとる気配がしたり、後ろから何かがついてくる水音が聞えたり……私はこの洞窟が入ったらあかん場所だと気づくんですが、逃げることもできんのです……」
 そう云うと、芹沢は胸の前で十字を切った。すこし意外だったが、彼はクリスチャンらしかった。
 芹沢の話を聞きながら、紙森は自分の指先から血の気が引いて行くのを感じていた。
 彼の見たという夢は、梨香の語った夢とうりふたつであった。海、舟、島、洞窟……その内容の細部に至るまでが梨香の見た夢と酷似していて、もはや偶然と呼ぶにはあまりにも不自然だった。
 いったい彼らの身に何が起きているというのだろうか。
 まさか本当に呪いの夢なのだろうか。
 気づくと、芹沢は恐怖を握りつぶそうとするかのように、ベッドシーツを固く握りしめていた。目をぎゅっと閉じた芹沢の額には、うっすらと汗が浮かんでいる。
「今晩もまたあの夢の続きを見ると思うと……もう、眠るのがいやなんですわ」
 芹沢はのど奥から息を絞り出すようにそうささやいた。
「芹沢さん、大丈夫。大丈夫だからね」
 吉野が芹沢の手を握った。芹沢はまるで幼児のように、その手をきつく握り返した。

「やはり術後せん妄か……あるいは睡眠障害の可能性が高いと思います」
 ナースステーションへ戻った紙森は、芹沢に対しての見立てを三枝に伝えた。
 原因はいくつか考えられる。手術による身体への負担、入院のストレス、使用している薬剤との相性。芹沢が高齢であることも、因子のひとつであるのは確実だろう。
 いずれの場合においても入院環境を整えることが重要であると、紙森は三枝にアドバイスした。使用する薬剤の見直しや、日光浴による睡眠かくせいのリズム安定化……また、とくにせん妄の場合は家族や友人との面会機会増加などが効果的なので、ぜひ検討してみてほしい――と。
 しかし、紙森はそうやって今後の治療指針を説明しながらも、心の奥底では、はたして自分の考えが本当に正しいのだろうかと疑っていた。
 もしも、これが本当に呪いのせいだったら――
 いったい芹沢はどうなってしまうのだろう。
 いや――仮にこれが「伝染性」の呪いだとしたら、その魔の手は芹沢のみにとどまらないかもしれない。紙森も関根も、脳外科の三枝も吉野看護師も……みなその呪いにばくしているのだから。
 紙森は恐れに駆られつつ、これ以上この忌まわしい現象が続かないことを祈った。



 しかし、信仰を持たない紙森の祈りが、神に聞き届けられるはずもなかった。
 その翌日の土曜日――休日当番で病棟に出勤していた紙森の下に、もう一度芹沢の診察をしてほしいとの依頼が入ったのである。
「じつは昨日の夜、突然興奮状態になったんだ」
 単身脳外病棟に駆けつけると、三枝は困ったように事情を説明した。
「昼間のうちは調子もよさそうだったんだけどね、夜中、急に飛び起きて叫んだかと思うと、点滴を引き抜いて暴れはじめたんだ。おじいちゃんとは思えないほど、すさまじい暴れっぷりだったらしくて、うちのナースがふたり怪我をしたよ」
「そこまでですか……」
「ああ、どうしようもなくて、ハロペリドールを使ったよ。うまいこと薬が効いて大人しくなったんだけどさ、でも、今朝目が覚めたら、ちょっと様子がおかしくて……」
 困惑した様子の三枝に促されて病室に入った紙森は、芹沢の姿を見て目を丸くした。芹沢の顔がひと晩ですっかりやつれて、別人のようになっていたからである。目は落ちくぼみ、肌の色は土気色で、頰がげっそりとこけて……しかもそれだけではない。彼はまるで石になってしまったかのように、じっと中空を見つめて微動だにしなかった。紙森たちが入室したことにも気づいていないようで、まばたきすらほとんどしていないように見えた。
「芹沢さん、お加減はいかがですか」
 紙森はベッドサイドに立って芹沢に呼びかけた。だが、しばらく待っても反応はなかった。
「芹沢さん、おはようございます。体の具合はどうですか?」
 紙森は再度呼びかけた。すると芹沢はそのときになってようやく言葉が届いたかのように、顔をゆっくりと紙森の方へ向けた。その動きはひどくぎこちなく、紙森はストップモーション映画を見ているような気分になった。
「ああ紙森先生ですか。おはようございます」
 昨晩暴れたときに叫んだせいだろうか、芹沢の声はがらがらにれていた。
「おはようございます、芹沢さん。お加減はどうですか?」
 紙森が問いかけると、ふたたび沈黙が訪れた。芹沢の顔はまっすぐ紙森の方へ向けられているのだが、紙森の質問に対して何の反応もない。その表情はうつろで、まるで能面のようであった。
「芹沢さん、聞えますか?」
 紙森はゆっくり尋ねた。すると、まるで国際電話で話しているようなテンポで、芹沢がうなずいた。
「……ええ、聞えとりますよ」
「芹沢さん、今日が何月何日か分かりますか?」
「……ええ、よく聞えとりますよ」
「芹沢さん――今日が、何日かって、聞いて、いるんですよ」
 紙森はもういちど、ゆっくりと言葉を区切りながら話しかけた。
「はいはい。分かっております。ちゃんと聞えとりますよ」
 ……意思の疎通ができなくなっている。
 紙森は三枝の方を見た。三枝は意味ありげにうなずいて見せた。
「だめなんだ」と三枝が云った。
「今朝起きたときから、ずっとこんな感じなんだ」
 三枝は困り果てたような表情だった。
「そうですか……」
 紙森はもう一度芹沢の顔を見た。その顔からは表情や感情といったものがすっかり抜け落ちてしまっていて、空虚なひとみは光の差さない深海のようにどこまでも黒かった。
「おそらく一時的なものとは思いますが、ハロペリドールが悪影響を及ぼした可能性もあります」
 芹沢の耳には入らないように、紙森は小声でそう云った。
 興奮状態だったので仕方がないとは思うが、せん妄の沈静化に薬剤を用いることはあまり推奨されない。それがかえってせん妄を悪化させてしまうからだ。
 当然そのことを理解していた三枝は、表情を曇らせた。
「やはり、よくなかったのか」
「対応が間違っていたというつもりはありません」紙森は慌てて付け加えた。「うちで診ていたとしても、薬か身体拘束しか選択肢はなかったと思います」
「そう云ってもらえるとありがたいよ」
 三枝はやるせなさそうな目で芹沢を見た。せっかく手術が成功して病気が治ったというのに、こんな状態になってしまったのだ。きっと悔しい思いもあるのだろう。
 三枝に同情しつつも、紙森は気になっていたことを尋ねてみた。
「芹沢さんはまだあの夢を見続けているのでしょうか?」
「ああ、どうくつの夢かい?」
 そういえば、というように三枝が云った。
「たぶん見ていたと思うよ。昨日の夜に飛び起きたのも、その夢を見たのが原因じゃないかな?」
「そうですか……」
「何か気になるのかい?」
「そうですね。芹沢さんが夢を見はじめたのが先週の火曜ということでしたから、四日が経ちますし……それだけ長いあいだ悪夢を見続けるとなると、何か原因があるのではないかと疑いたくなります」
 紙森がそうやって自分の見解を口にした、そのとき――
 ふたりの会話に割って入るかのように、ぽつり、と芹沢が云った。
「夢、見とります」
 えっ、と驚いて、紙森たちは芹沢の方を見た。
「いま、なんとおっしゃいましたか?」
「夢を見とります。まっくらな洞窟ですわ」
 芹沢はそう云うと、急に理性を取り戻したかのように、まっすぐ紙森の顔を見た。そして続けてこう云った。
「でも今日は、いちばん奥まで来たんです」
 紙森は思わず体を乗り出した。
「洞窟の奥? 洞窟のいちばん奥に着いたんですか?」
「ええ、いちばん奥です」
 芹沢の虚ろな顔に、かすかに感情の色が戻りはじめた。ぴくっとけいれんするように頰が震え、眼球が右へ左へ行ったり来たりした。芹沢は唇をほとんど動かさず、ぼそぼそとささやいた。
「洞窟の海は奥に行くほど浅くなっとって、最後は岸に上がれるようになっとりました。私は舟をその岸につけて、ごつごつした岩の上へのぼっていくんです」
「そこにはなにがあるんですか?」
「そこには……そこには……」
 芹沢が言葉に詰まった。
「人が……黒いのが……ぎょうさん……」
「黒い人がいるんですか?」
「せや、人がおる……けど、黒いのはちがう……あれは人とちゃう……絶対に……」
 紙森は思わずつばを飲み込んだ。芹沢の口ぶりから察するに、そこには「人」と「人とは違う黒いなにか」がいるということだろうか。
「あれは人やない……化けもんや……ありゃ、悪魔や……」
 芹沢の体ががたがたと震えはじめた。そこで紙森は、芹沢がひどくおびえていることに気づいた。虚ろな瞳の奥底に見え隠れしているのは、まがうかたなき恐怖の感情である。
 紙森はそこで、十日ほど前に外来を受診した梨香も、洞窟の最奥にあるものについて話したがらなかったのを思い出した。彼女が興奮して帰ってしまったのも、思えばその話題になったことがきっかけであった。
いやや、厭や……あれは悪魔や……恐ろしい……」
「大丈夫です芹沢さん。落ち着いてください。もう、夢のことは思い出さなくていいです」
 紙森は興奮しつつある芹沢を何とかなだめた。芹沢はまるで幼児のようにぶるぶると震えていたが、紙森の声がけにこたえるように、すこしずつ落ち着きを取り戻していった。
 芹沢の興奮を鎮めると、紙森たちは病室の外に出た。
 ナースステーションに戻った三枝は、思い詰めたような顔で紙森に云った。
「紙森先生、ぼくとしてもすごく残念なんだけど、もううちでは芹沢さんをどうすることもできないよ。週明けにでも、精神科への転科を申請させてもらおうと思う」
 そう云う三枝の顔は、唇を固く真一文字に結んで、ひどく悔しげであった。

 そして、その二日後の月曜日、三枝は正式に精神科への転科を申請した。
 精神科カンファレンスでも症状を検討した結果、三枝からの申請通り、芹沢の転科を受け入れることとなった。

 芹沢の状態に対し、精神科内では様々な意見が出た。
 せん妄ではなく、脳器質の異常が原因ではないか? なにかの感染症のせいではないか? 薬剤の使用が適切ではなかったのではないか?
 様々な角度から検査も行った。しかし、MRIやCTによる脳画像診断でも異常は発見できず、血液や髄液の検査でも問題はみとめられなかった。
 芹沢との意思疎通は相変わらず困難だった。口数はすくなく、いつも空虚な表情を浮かべていて、たまにしやべることがあっても内容は支離滅裂で意味をなさなかった。日を追うごとにその傾向は強くなってゆき、転科から数日こちらの問いかけに対して反応さえみせないこともしばしばだった。
 ただひとつ、夢の話題だけは違った。
 夢のことを尋ねると、芹沢はじようぜつになった。そのときだけは、ふだん意識の奥底に身を潜めている自我が、スポットライトがあたる舞台の上に出てくるかのようだった。
 それは、朝の回診中のことであった。関根をつれて芹沢の病室を訪れた紙森は、彼とこんな会話をした。
「芹沢さん、今日のお加減はどうですか?」
「…………」
「朝ご飯、あんまり食べなかったんですってね?」
「…………」
「昨日はよく眠れませんでしたか?」
「…………」
「また、怖い夢を見たんですか?」
 すると、芹沢は紙森の口にした「夢」という単語に反応したのか、何か云おうとしているかのように、唇をかすかに震わせた。
 紙森はかすことなく、芹沢が口を開くのを辛抱強く待った。
 芹沢は乾ききった唇を必死に動かして、かすれた声でこう云った。
「夢……黒いの……」
 紙森はベッドサイドに身をかがめて、芹沢の顔をのぞきこんだ。その黒い瞳の中には、はっきりと紙森の顔が映っていた。
「ああ、前おっしゃっていましたね、黒い化物の夢を見るって」
「……ちゃうかった」
「え?」
「化けもん……ちゃうかった……」
「違った? 黒いのは化物じゃなかったってことですか?」
 紙森の問いかけに、芹沢は大きくうなずいた。
「化けもんちゃうかった……悪魔ちゃうかった……あれはやった」
「カミサン……?」
 紙森ははじめ、芹沢の云う「カミサン」を「上さん」、つまり芹沢の奥さんのことを指しているのだと思った。そして、黒い化物と自分の妻とをどうやったら間違えるのかと不思議に思った。しかし続けて話すうち、すこしイントネーションが違うことに気がついた。
「カミサンって……もしかして神様のことですか」
「そう……神さん……」
 紙森は思わず関根と顔を見合わせた。
 それまで悪魔と呼んでいたものを、急に神様と呼びはじめるのは、なんだかひどくぼうとく的で、気味が悪かった。紙森は戸惑いつつも「どうしてそう思うんですか?」と尋ねてみた。すると関根はゆっくりと――しかしはっきりとした言葉でこう云った。
「ミサを……しとったんですわ」
「ミサ?」
 紙森は芹沢がクリスチャンだったことを思い出した。すると、彼の云う「神さん」とは、キリスト教的な神のことなのだろうか?
「そうですわ……ミサですわ……私も教会でよう歌いましたわ」
「歌う?」
「はい……知りませんか?……ほら……あめには栄え、み神にあれや……」
 ふいに、芹沢が歌を口ずさみはじめた。さんだろうか? どこかで聞いたことがある気もするメロディだった。紙森が困惑していると、関根が耳打ちするように云った。
「天には栄え――有名な讃美歌ですよ」
「どうしてそんなことを知っているの?」と紙森が小声で尋ねると、「中高がキリスト教系の学校だったので」と関根は答えた。それもまた意外であった。
 意思疎通が困難になっても、歌い慣れた讃美歌は忘れないものらしい。芹沢はかすれた声で讃美歌を最後までうたいきった。
 紙森は芹沢に尋ねてみた。
「なぜ、どうくつの中でミサをするのでしょう?」
 すると芹沢は、子供のような笑顔を紙森に向けた。
「待っとるんです」
「待っている? 何をです?」
「自分の番を待っとるんです」
「自分の番……? なんの順番ですか?」
 紙森は胸が不吉な予兆にざわめくのを感じた。それは、母や梨香の死を予感したときの胸騒ぎと同じ感覚であった。
 芹沢はにこにこと笑いながら答えた。
「私が待っているのは、をいただける順番ですわ」
「オンチ……それはいったい何ですか?」
「御血……ありがたい神さんの血のことですわ」
 そう云うと、芹沢はかっと目を見開いた。
「もうすぐですわ……もうすぐ、私の番ですわ……」

(気になる続きは、本書でお楽しみください)

作品紹介



書 名:夢詣
著 者:雨宮 酔
発売日:2025年10月24日

第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞読者賞受賞作!
その悪夢、見れば、死ぬ――
”順番”が来るまでに、解呪の鍵を探し出せ。

「もうすぐ私が御血をいただける順番です」
“死に至る夢”を見ると訴えていた女性と老人が突然死し、
老人の胃から人外の血液が発見された。
2人の患者の死後、精神科医・紙森千里にも悪夢は「感染」り、
謎の儀式に参列する夢を見る。

一方、都市伝説〈呪夢〉を追うオカルトライターの伊東壮太 は、
死亡した同業者のメモ「鍵は夢詣」からある孤島の奇妙な祭祀の存在を知り――。

書店員からの圧倒的支持を受けた、
第45回横溝正史ミステリ& ホラー大賞〈読者賞〉受賞作。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322507000496/
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